第32話
洋食屋からの帰り道、僕と諒馬は総合公園に寄った。
公園内をぶらぶらと歩き回って、疲れたらその辺のベンチに座って休憩する、くらいのつもりでいた。しかし、あまりにもいい天気だったので、諒馬の提案でバドミントンをすることになり、近くにあったディスカウントショップで用具一式と汗拭き用のタオルを買った。
徐々にラリーが続くようになり、うっすらと汗をかき始めた頃、おばあちゃんと散歩中と思われる小さな兄弟の視線を感じたので、諒馬が声をかけたところ、手をつないで僕たちの方へやって来た。
おばあちゃんの話によると、兄弟は小学一年生の双子で、二卵性ということだった。そのせいか、外見はそれほど似てはおらず、眼鏡をかけた兄の謙也君はしっかり者、膝に絆創膏を貼った弟の優斗君はやんちゃ坊主、という印象だった。組分けは、僕と謙也君の顔を交互に見ながら、優斗君が「眼鏡同士」と嬉しそうに言ってきたこともあって、僕と謙也君、諒馬と優斗君に決まった。
バドミントンをすること自体は何度かあったものの、僕たちが使っていたラケットは、小学一年生の兄弟には少し長かったため、シャトルを打つところから苦労することになった。それでも、負けた方が夕食をおごるという罰を避けるべく、僕と諒馬がそれぞれ個別で熱心に教えた甲斐もあって、シャトルを相手が打てる範囲まで飛ばせるようになり、最後には兄弟でラリーを十二回続けることができた。兄弟がはちきれんばかりの笑顔で喜び合う姿を見て、僕も諒馬も心から嬉しいと思い、えも言われぬ達成感を覚えた。
おばあちゃんと兄弟が帰るのを見送ってから、僕と諒馬は夕食のおごりを賭けた試合をし、昼食代を出していた僕が接戦を制した。
試合が終わると、売店スペースの自動販売機でスポーツドリンクを買い、ケヤキの並木道沿いにあるベンチで休憩することにした。
並んで腰を下ろした僕たちは、示し合わせたように、同時にキャップを開け、スポーツドリンクを流し込んだ。
「あぁ、美味い」
「染み込んできますね」
「そうだな。まさしく、染み込んでくる、って感じがする」
その気持ちよさに少し顎を上げて目を閉じると、汗をかいた諒馬の体臭とTシャツに残る洗濯洗剤の香りが混ざったにおいが、僕の鼻をくすぐった。
「楽しかったですね」
「楽しかったな」
「謙也君と優斗君、めちゃくちゃかわいかったですね」
「かわい過ぎだったなぁ……」
「貴史さんが謙也君に教えてる姿、見てて微笑ましかったです」
「僕も、諒馬が優斗君に教えてる姿、いいよなぁ、って思いながら見てたよ」
「優斗君、貴史さんのこと、パパよりパパっぽく見える、って言ってましたよ」
「えっ、そんなこと言ってたの?」
「眼鏡同士だから」
「えっ、それが理由?」
「子どもって、正直ですよねぇ……」
「そうまとめるか」
諒馬がそうしたのを見て、僕もペットボトルを口へ運んだ。
「個別練習をしてるとき、優斗君に年齢を聞かれたんですよ」
「あぁ、そうなんだ」
「貴史さんは聞かれませんでした?」
「謙也君とはそういう話にならなかったな。教えるのに手一杯だったし」
「何歳に見えるか知りたかったんで、逆に質問して、当ててもらうことにしたんですよ」
「あぁ、何歳に見える? ってやつね」
「優斗君、何歳って言ったと思います?」
「それも質問するのかよ」
「何歳に見える? っていう質問に、何歳に見える、って答えたか、っていう質問です」
「何だかなぁ……」
呆れたように言いながら、僕は当てるつもりで考えを巡らせた。
「諒馬の見た目って、年相応なんじゃないかな、って思うんだよ。それで、優斗君は、正直に思ったことを言うとしたら……。あっ」
「えっ?」
「一つ、聞いていい?」
「ヒントですか?」
「仕事のことは聞かれた?」
「それは、年齢の質問の後で聞かれました」
「じゃあ、学生だと思って答えてる可能性もあるよな」
「平日の昼下がりに、公園でバドミントンですからね」
「でも、連れが僕だからなぁ……。学生同士とは思わないか」
「めちゃくちゃ考えますねぇ……」
「せっかくだからさぁ、当てたいんだよ」
「優斗君は、えっとねぇ、だけ言って、すぱっと当てましたよ」
「えっ?」
「あっ……」
僕が思わず顔を向けると、諒馬の表情がみるみる固まり、とんぼがその鼻先をかすめて飛んでいった。
「びっくりしたぁ……」
「とんぼもだけど……、諒馬のちょんぼにびっくりだよ」
「あっ、韻踏んでるじゃないですか」
「まぁ、それはさておこうか」
「いやぁ……、すぱっと言いましたよ、って言うはずだったんですけど……」
「二十六歳」
「正解です」
諒馬が分かりやすいくらいに沈んだ口調で言ったので、僕はにやにや笑いを抑えることができなかった。
「では、次の問題です」
「えっ、次?」
呆気にとられた僕に、諒馬はにやりとしてみせた。
「僕の年齢を見事に当てた優斗君ですが、貴史さんのことは、何歳に見えると答えたでしょう」
「えっ、僕のも聞いたの?」
「ある意味、自分のより興味があったんで。ちなみに、僕より上です」
「ヒントになってないから。えっと、僕が何歳に見えるか……」
僕は腕を組み、小さく唸り声を発した。
「優斗君、貴史さんの年齢も、すぱっと……答えましたよ」
諒馬はあからさまに最後だけはっきりと発音した。
「じゃあ……、三十六歳」
「ほぉ……」
「どういうリアクションだよ」
「どうして、その年齢に?」
「二十六歳の諒馬と付き合ってるんだから、若々しくいなきゃなぁ、っていう思いはあって、僕なりに気を遣ってるつもりだけど、実際の年齢は四十五歳だし……、その中間で、三十六歳」
「切り捨てて三十五歳にしないところが、貴史さんらしいですね」
「そんなところに、らしさを感じるか」
「正解は……、三十三歳です」
「えっ、三十三?」
「はい」
「本当に?」
「嘘ついてどうするんですか」
「まぁ、そうだけど……」
「ちなみに、三十六歳は、謙也君と優斗君のパパの年齢です」
「あぁ、そうなんだ」
「本当の年齢を教えたら、さすがに驚いてましたよ」
「まぁ、三十三歳と思ってくれてたんなら、驚くのかな」
「パパの方がずっとおじさんだと思う、って言ってました」
「会ってないけど、何か、パパに申し訳ないなぁ……」
「二人のパパがおじさんというよりは、貴史さんが若々しいんだと思います」
「多分、二人のパパは年相応なんだよ」
「そうでしょうね」
「若く見えるのって、嬉しいんだけど、年齢にふさわしい人生経験を積めてないのが、外見に出てしまってるんじゃないかなぁ、って思ったりもするんだよ」
横目でちらりと見ると、諒馬は真面目な表情で耳を傾けているようだったので、僕は続けた。
「結婚して、小学一年生になる子どもが二人いる、これだけで、謙也君と優斗君のパパとは、人生経験で圧倒的な差があるんだから、見た目の年齢は逆転してもおかしくないのかもしれない。正直、三十三歳だとしても、その年齢に見合った人生経験ができてるとは思えないんだよな。諒馬だって、二十六歳なのに、家業を継いで、結婚するっていう、人生においては大きな決断をしてるわけだし」
「それは、そうですけど……」
「でも、あれだよ、自分の人生が実のない、つまらないものだと思ってるわけじゃないから。大抵の人がするような人生経験はできてないけど、逆に言えば、大抵の人はしないような人生経験ができてる、ってことだから」
僕はペットボトルを左手に持ち替え、右手を諒馬の空いている左手へと伸ばした。
「その一番大きいのが、諒馬との……恋」
「えっ……?」
僕は右手で諒馬の左手をそっと掴むと、二人の間に移動させ、ゆっくりと指を組み合わせるようにした。
「貴史さん……」
「でも、恥ずかしいから……」
僕はペットボトルをベンチに置き、首にかけていたタオルをつないだ手にかぶせた。
「逆に目立ちません?」
「そうかなぁ……?」
「不自然ですもん」
「通り過ぎてく人は、そこまで見ないだろ」
「じゃあ、タオルで隠す必要ないじゃないですか」
「でも、そこはさぁ……」
何だか照れ臭くなってきて、僕は目を伏せた。
「優斗君に見つかったら、確実にタオル取られますよ」
「あぁ、そうだな」
「謙也君だったら、タオルの下で何をしてるのかを察して、気付かなかいふりをする」
「小学一年生で、そこまで察するか」
僕たちは微笑み合ってから、しばらく言葉を交わさずに、それぞれの思いにふけった。僕はバドミントンをしていた光景を頭に浮かべ、僕と諒馬、そして、謙也君と優斗君の四人で幸せな家庭を築けたら、なんて妄想を膨らませた。
「子ども、欲しいなぁ、って思っちゃいました」
「思っちゃうよなぁ……」
諒馬に同調して呟いてはみたものの、叶う見込みがほとんどない願望だと分かっているので、すぐに僕は何だか寂しい気持ちになってしまう。
「諒馬は……、考えてるんだよね?」
「あぁ、まぁ……、そうですね」
「急に歯切れが悪くなったな」
「やっぱり、不安なんで。子どもを作る、っていうことは……」
「そうだよな」
諒馬が言いにくそうだったので、僕はあえて言葉を遮った。
「何か、想像つかないんですよね。結婚する相手とはいえ、女性とそういう行為をする、っていうのが」
「諒馬なら大丈夫だよ、って言ってあげたいんだけどさぁ……、僕には経験のないことだから、簡単に言うことじゃないよな、って思うところもあるし」
諒馬は複雑な面持ちで微かに頷いた。
「でも、諒馬には、さっきの優斗君と一緒だったときみたいに、自分の子どもと楽しそうに遊んでる、そんな未来が待っていてくれたらなぁ、って思うよ」
「そんな未来かぁ……」
「諒馬がパパだなんて、その子どもは幸せだろうな。何だったら、代わりになりたいくらいだし」
「生まれ変わるんですか?」
「でも、生まれ変わるんだったら、人生を一度終わらせないといけないよな」
「まぁ、そうですね」
「息子になっても……、諒馬のこと、好きになっちゃうのかな」
「あぁ……。じゃあ、僕は息子に恋をしてしまうことになるんですね」
「そうなったら、諒馬の方が年上か」
「逆パターンですね」
そこで会話が途切れると、お互いにちらりとやった目が合って、どちらからともなく笑い出した。
「何の話してるんですか」
「僕は息子に恋をしてしまう、とか言ってるし」
「そもそも、貴史さんが、僕の子どもになりたい、とか言うからですよ」
諒馬が肩を軽くぶつけてきたのだけど、肌に触れた裸の腕がひんやりとしていた。
「ちょっと寒くなってきたな」
「そうですね」
「離すよ」
「はい」
タオルの下でつないでいた手をそっと離してから、僕たちはそれぞれ肩に羽織っていたスウェットパーカーを着た。
「風邪ひかないようにしないとな」
「風邪もそうですけど、筋肉痛が怖いです」
「右腕の筋肉痛は避けられないな」
「二人とも、大切な商売道具ですからね」
「そうだよなぁ……」
僕は二の腕を左右交互に掴んでみた。やはり、気持ち右の方が張っているようだった。
「じゃあ、ぼちぼち帰りますか」
「そうですね」
僕も手を伸ばそうとしたのだけど、諒馬の方が先にバドミントンの用具一式が入ったバッグの取っ手を掴んだ。
「持っていきますね」
「じゃあ、よろしく」
僕たちはベンチから立ち上がると、頭上に枝葉を広げるケヤキ見上げながら、のんびりと並木道を歩いていった。
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