第31話
十月の第三火曜日、請負契約を結んでいる会社が創立記念日で休業だったため、僕も休みとなった。
前日は仕事が終わった後にそのまま行った諒馬の部屋に泊まり、その日は少し遅めに起きてから、散歩がてら昼食に出かけることになった。
駅一つ分の距離をのんびりと歩いていき、午後一時を回ったところで、オフィス街にある小さな洋食屋に入った。日替わりランチを平らげ、食後のコーヒーを飲み終えると、諒馬が手洗いに立った。ほどなく、背後のテーブル席にいたスーツ姿の男性二人組がレジへと向かったのだけど、そのうちの一人が戻ってきたので、財布を開こうとしていた僕は顔を上げた。
「あっ、やっぱり、濱本君だよね?」
目を疑った僕の表情から、間違いないと確信したのだろう、その男性は僕の名前を口に出した。
「えっ……、栗山君?」
僕が名前を口に出すと、その男性は表情を明るくした。
「久し振りだなぁ」
「本当、久し振りだね」
「成人式のとき以来?」
「あぁ……、そうなるのか」
「こっちに住んでるの?」
「そう。栗山君も?」
「いや、俺は出張中」
「あぁ、そうなんだ」
「今年の春に、実家に戻ったんだよ」
しゃがみ込んだ栗山は、テーブルに置いた名刺の裏に、胸ポケットから出したペンを走らせ始めた。
「えっ、そうなの?」
「せっかく再会できたんだから、もっと話してたいところだけど、今ちょっと時間なくてさぁ……」
言い終わるのに合わせて、栗山は手に取った名刺を僕に差し出した。
「裏に携帯の番号書いたから」
「あぁ、ありがとう。僕、名刺持ってないんだよね」
「あぁ、いいよ。後で電話してくれたら」
「あぁ……、分かった」
「じゃあ、行くよ。ごめんね、何かバタバタしちゃって」
「ううん、いいって」
「じゃあ、また」
「あぁ、また」
お互いに手を上げてから、栗山は早足で歩いていき、会計を済ませて待っていた連れの男性と外へ出ていった。そして、ドアベルの余韻が残っている間に、諒馬が戻ってきた。
「名刺……ですか?」
「えっ? あぁ……」
栗山との再会という、思いもよらない出来事に呆然としていて、僕は名刺の存在を忘れかけていた。
「お店のですか?」
「いや、後ろの席にいた……」
「えっ、後ろの席?」
今は誰もいないその席に目をやってから、諒馬は少し首を傾げた。
「二人組のサラリーマン、でしたよね?」
「そのうちの一人がさぁ……、栗山君だったんだよ」
「えっ?」
「栗山君」
僕がもう一度名前を言うと、諒馬は目を見開いた。
「栗山君って、貴史さんが高校のときに……だった、栗山さんですか?」
「そう」
「へぇ……。こんなこと、あるんですね」
「あるんだな」
諒馬は驚きの表情を浮かべ、僕は戸惑いを隠すように顔を伏せた。
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