第24話

 毎年七月の二十四日と二十五日、近所の神社を中心に夏祭りが開催され、二十五日の夜には奉納花火の打ち上げが実施される。

 僕の部屋があるビルの向かいは、三階建ての個人宅が建っていたため、バルコニーから花火の一部を眺めることができた。しかし、今年早々、個人宅が取り壊され、五月の後半からマンションの建設が始まった。マンションは十階建てで、完成は来年の七月を予定していた。

 去年は、僕の部屋に来た藤田と花火を観てから、近くにある大衆居酒屋へ出かけたのだけど、案の定、祭りに来ていた客で混雑していて、落ち着いて飲み食いができなかった。

 そこで、今年は、諒馬も含めた三人で花火を観てから、そのまま僕の部屋で飲み会をすることにした。

 僕と藤田は仕事終わりに『たけのしろ』へ行き、藤田が頼んでおいてくれたオードブルを受け取った。そのまま僕の部屋へ移動し、二人で手早く飲み会の準備を済ませると、仕事を終えた諒馬がやって来た。

「じゃあ……」

 僕は隣に並んで立つ諒馬と向かい合って立つ藤田の顔を交互に見た。

「校正の進行管理でお世話になってる、藤田君」

「初めまして、藤田です」

「僕の髪を切ってくれている、スタイリストの松尾君。僕の、彼氏です」

 僕が最後に大切な一言を付け加えると、藤田は少し驚いたような表情を見せ、諒馬は僕にちらりと視線を向けた。

「あぁ、初めまして、松尾です」

「えっ、何か、戸惑ってますけど……」

「分かりやすいくらい、戸惑ってるな」

「いや、その、初めて言われたんで……」

「あぁ、初めてだったんだ」

「ずっと言いたいとは思ってたんだけど、そうやって紹介できるのって、藤田君しかいないからさぁ……」

「そうか、二人のことを知ってるのって、僕と甥っ子さんだけですもんね」

「それに、言わなかったら言わなかったで、肝心なことが抜けてるような……、とか言ってきそうな気もしたし」

「まさに、そんな感じのツッコミを入れようと思ってました」

「やっぱりな」

「さすがです」

「でも……、ありがとう」

「えっ?」

「いや、藤田君のおかげで、言うことができたから」

「あぁ……」

 納得するように頷いてから、藤田は目を伏せた。

「何か、濱本さんの『ありがとう』って、沁みるんですよね」

「えっ……?」

「そうですよね」

「そうだよね?」

「そう思います」

「そうか、やっぱり、松尾君には分かるんだなぁ……」

「藤田さんもそう思ってくれて、僕も嬉しいです」

「えっ、何か、急に二人で……」

 ふいに花火の轟音が響いてきて、僕の言葉は遮られた。

「あっ、始まりましたね」

「じゃあ、着替えますか」

 諒馬が少し弾んだ声で言うと、藤田が小さく手を叩いた。

「浴衣に着替えるために、花火を観る時間が短くなるのって、何か、本末転倒だよな」

「何言ってるんですか。花火を観る時間を長くするために、浴衣に着替えないことこそ、本末転倒じゃないですか」

「そうですよ」

「そうだよね?」

「そう思います」

「何か、すっかり意気投合しちゃってるな」

「そりゃあ、濱本さんの彼氏なんですから、意気投合しない方がおかしいですよ」

「濱本さんが、ここまで深い付き合いになれた友達はいないと思う、って言うくらいの人なんですから、意気投合しない方がおかしいですよ」

「えっ、そんなこと言ってたの?」

「言ってました」

「それ言うなよぉ……」

「あぁ、すいません。何か、嬉しくなって、つい言っちゃいました」

「せっかくなんで、濱本さんの口から……」

「言わないって。はい、着替えましょう」

 僕が手を叩いたのに合わせるように、連発花火が始まったため、僕たちは急かされるように、浴衣へと着替え始めた。

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