第17話

 帰省五日目の午後、僕は高校三年生になる甥の光輝と自転車で買い物に出かけた。

 母に頼まれた夕食の材料をスーパーで買い終えると、光輝は同じ敷地内にある洋服の大型量販店で買い物をしている学校の友達に会いに行った。そんなに時間はかからないと言っていたので、僕はフードコートでアイスコーヒーを飲みながら、光輝が戻ってくるのを待つことにした。

「濱本君」

 ふいに名前を呼ばれて顔を向けると、長内が笑みを浮かべながら歩いてきた。

「買い物?」

「あぁ、甥っ子と買い出し」

「甥っ子さんは?」

「友達に会いに行ってる。そろそろ戻ってくると思うんだけど」

「あぁ、そうなんだ」

「長内さんは?」

「弟たちを駅まで送る途中で、おみやげを買うのに寄ったの。そろそろ出なきゃいけないんだけど」

「あぁ、そうなんだ」

「濱本君、携帯のアドレス教えてもらっていい?」

「あぁ……、いいよ」

 長内につられるように、僕もスマートフォンを手に取った。

「じゃあ、私から送るね」

「あぁ、はい」

「明日、帰るんだよね?」

「うん、明日」

 帰る前に会えないか、なんて話を持ちかけてきたら、そんな考えが頭をよぎり、僕は少し緊張を覚えた。

「じゃあ……、送るよ」

「はい」

 ほんの一瞬ためらってから、僕はプロフィール送信のボタンをタップした。

「誰か、友達とは会った?」

「いや、会ってない」

「この年になると、なかなか会えないよね。こっちがよくても、向こうが結婚して子どもがいるとなると、やっぱり、遠慮するところはあるし」

「まぁ、そうだよね」

 今のやり取りだけで、僕は長内が独身であることを悟り、長内も僕が独身であることを察しただろうと思った。

「濱本君」

 長内が改めて僕の名前を口に出したとき、長内のことを呼ぶ子どもの親しげな声が耳に入ってきた。長内が柔らかい声で返事をした先には、長内の弟夫婦が二人の子どもと手をつないで立っていて、僕は腰を上げてから、弟夫婦と会釈を交わした。

「あっ、結構ぎりぎりになっちゃった」

 腕時計に目をやってから、長内は少し慌てたように言った。

「遅れたら洒落になんないよ」

「じゃあ……、またね」

「じゃあ」

 僕は小さく手を上げた長内に頷き返した。

 長内が弟家族のもとに行くと、二人の子どもが手を振ってきたので、僕は笑顔で手を振り返し、弟夫婦と再び会釈を交わした。そして、長内と弟家族の姿が見えなくなるまで、僕はその場で立ち尽くしていた。

「今の人って、元カノ?」

 椅子に座り直し、ほっと息をついたところで、いきなり光輝の声が聞こえてきて、僕はどきりとした。

「いるなら言ってくれよぉ……」

「言っちゃったら、おどかせられないし」

 光輝はいたずらっぽく笑うと、隣のテーブル席から僕の真向かいの席に移ってきた。

「いつからいたの?」

「元カノが、貴兄ちゃんの名前を呼んだら、向こうにいた家族連れの子どもたちが、元カノのことを呼んだ、ってあたりから」

「元カノじゃないって」

「じゃあ、コレカノ?」

「コレカノ?」

「これから彼女になる予定の人」

「あぁ……。過去形だけじゃなくて、未来形もあるのか」

「きれいな人だね」

「あぁ、まぁ……、高校のとき、学校で一番人気があったくらいだし」

「じゃあ、さすがに結婚してるか」

「いや、それが、してなさそうなんだよな」

「えっ、そうなの?」

「はっきりとは、聞いてないけどな」

「じゃあ、コレカノさんは……」

「コレカノじゃないから。長内さん」

「長内さんは、貴兄ちゃんがまだ独身だってこと、知ってるの?」

「分かってると思う。はっきりとは、聞かれてないけどな」

「はっきりしないもの同士だなぁ……」

 光輝の言う通りだったので、僕は言葉を返さずに、すっかり薄くなっていたアイスコーヒーをストローですすった。

「あっ、何か飲む?」

「あぁ……、いいや。刺身とひき肉があるから、早く帰らないと」

「あぁ、そうだよな」

 アイスコーヒーを一気に飲み干すと、僕は光輝とスーパーのビニール袋を一つずつ手に提げ、フードコートをあとにした。

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