第15話

 帰省した初日というのは、移動の疲れと夕食の満腹感で、すぐに眠れてしまうものなのに、僕は布団に入ってからもなかなか寝付けなかった。つけたままのラジオからは、全国の気象情報が流れていて、もうすぐ午前零時のニュースが始まろうとしていた。

 松尾の声がどうしても聞きたくなって、僕は枕元に置いてあるスマートフォンを手に取った。松尾の番号を表示させると、ちょうど聞こえてきた時報に合わせて、発信ボタンをタップした。

「もしもし」

「あっ」

「えっ?」

「いや、そんなすぐに出るとは思わなかったから……」

「あぁ、枕元に置いてたんで」

「あっ、寝てた?」

「いや、これから寝るところです」

「ごめん、こんな時間に」

「いえ、どうしたんですか?」

「あぁ、いや……、松尾君の声が聞きたくなったから」

「そう言ってくれるのは、すごく嬉しいんですけど……、確実に、何かありましたね?」

「あぁ、はい、ありました」

「見合い話ですか?」

「その通りです。今回は、具体的に相手を提示してきた」

「えっ、そうなんですか?」

「一つ下の従兄妹が働いてた職場の人なんだけど、僕より一つ年上なんだよ」

「濱本さんより年上ですか……。それで、会うんですか?」

「いや、断ってもらう。やっぱり、年齢のこともあって、親もそこまで乗り気じゃなかったみたいだし」

「じゃあ、とりあえずは、ほっと一安心、でいいんですかね?」

「まぁ、そうなんだけど……」

「動揺してます?」

「動揺してるし……、何か、自分が情けなくなってきて……」

「情けなく、ですか?」

「結婚は言うまでもないんだけど、女性と恋愛すること自体に、恐怖に近いような不安を感じてる自分が、すごく情けない人間に思えて仕方ないんだよ」

「それは、だって、濱本さんは、恋愛対象が男性なんですから、不安に感じるのは仕方ないじゃないですか」

「そうなんだけど……、それは仕方ないことなんだけど……、それを言い訳にして、人間として大切なことから逃げてる、そんな、罪悪感みたいなものが、頭から離れなくなるんだよ」

「気安く言うつもりはないんですけど、それは、僕にもよく分かります」

「松尾君はすごいよ。腹を括ったわけなんだから」

「そんな、大袈裟ですよ」

「いや、僕にしたら、それくらいの覚悟だと思うんだ」

「僕の場合は、たまたま、そうなる条件が重なっただけで……」

「僕がもし、松尾君と同じような状況に置かれたら、って考えるんだけど……、正直、腹を括る自信はない」

「そればっかりは、実際にそういう状況にならないと、分からないことだと思います」

「まぁ、それはそうだろうけど……」

「案外、すんなりと腹を括るかもしれないじゃないですか。これだって、仮定の話にすぎないですけど」

「そうだな。どっちも、仮定の話にすぎないんだよな」

「濱本さんが考えてることを否定するつもりは全然ないですけど、自分を責め過ぎることだけはしてほしくないです」

「分かった。ごめんね、寝る前に、こんな話になっちゃって」

「いや、そんな……。でも、なかなか重い内容の話でしたね」

「ちょっと声を聞けたら、ってくらいのつもりだったんだけど、声を聞いたら、話を聞いてもらいたい、って欲が出ちゃったよ」

「そんな欲だったら、全然構いませんから」

「話を聞いてもらったら、だいぶ気持ちが楽になったよ」

「それなら、よかったです」

「ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます」

「えっ、何で?」

「寝る前に、声を聞かせてくれて」

「あぁ……」

「やっぱり、好きな声です」

「もう、どんだけ好きなんだよ」

「おかげで、よく眠れそうです」

「明日……、もう、今日になってるけど、今日も仕事だから、よく眠ってください」

「はい、そうします」

「じゃあ、本当にありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい」

 松尾の言葉を聞き終わると、二人で決めている約束事に従って、すぐにスマートフォンを耳から離し、そのまま終話ボタンをタップした。そして、専用のフォルダを開いて画面に表示させた、松尾の寝顔をじっくりと眺めてから、僕は目を閉じた。

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