第13話
二日後の日曜日、僕は懸垂兄さんのいる公園で松尾と待ち合わせ、近所の商店街にあるステーキ専門店で夕食をとった。そして、僕は松尾を連れて部屋に帰ってきた。
ケーブルテレビで放送されていた、懐かしいJポップのミュージックビデオが延々と流れる番組を観ながら、僕たちはスナック菓子とチーズをつまみに、三百五十ミリリットル入りの発泡酒を二本ずつ飲んだ。
キッチンで缶を片付け、トイレを済ませて戻ってくると、姿勢正しく座っていたはずの松尾がラグマットの上で横になっていた。気付く様子を見せなかったので、僕は極力音を立てないようにして腰を下ろし、テレビの音量を下げてから、松尾の顔を覗き込んだ。かなり忙しかったらしい仕事の疲れが溜まっていたところに、あまり強くないと言っていた酒の酔いが回ったせいなのか、松尾はすっかり眠りに落ちているようだった。微かに立てている寝息がよく聞こえるよう、テレビの電源を切ると、僕は松尾の方に身体を向けて横になった。しばらくその寝顔を眺めてから、僕が髪に触れようと手を伸ばしかけたところで、松尾がゆっくりと目を開けた。
「あっ、起きちゃったか」
引っ込めるのもおかしいと思ったので、僕はそのまま松尾の髪に触れた。
「すいません、寝ちゃってました」
「ううん」
僕は何でもないように首を振った。
「何か、すごく居心地がよくて……」
「ちょっと冴えない感じの大学生が住んでるような部屋なのに?」
「なのに、じゃなくて、だから、ですよ」
「それって、認めたことになるよね?」
「あぁ、そうですね。すいません」
「まぁ、本人が認めてるから、別にいいんだけど」
「でも、本当、絶妙な表現ですよね」
「終電に乗れなくて泊めてあげた人間から、そんなこと言われるとは思わなかったよ」
松尾が褒めるその絶妙な表現は、藤田が初めて僕の部屋に泊まったときに言ったものだった。
「布団で寝た方がいいよ」
松尾がまた目を閉じたので、僕はその頬をそっと叩いた。
「もう少し、こうしてたいです」
松尾は目を閉じたまま、頬に触れたままの僕の手をそっと握った。
「もう少し、こうしててくれませんか」
今度は開いた目で僕を見つめながら、松尾は握っている手に少し力を込めてきた。
「じゃあ、もう少しだけ」
「すいません。せっかく、濱本さんの部屋に来たのに、こんな状態で」
「そうだよ。せっかく、松尾君を初めて部屋に連れ込んだのに、先に寝ようとしてるんだから……なんてな」
僕が頬をつねると、松尾は目を細めた。
「今週は特に忙しかったんだから、今日はゆっくり休んでよ」
「すいません。お言葉に甘えます」
僕の手から離した手を伸ばし、松尾も僕の頬に触れてきた。唇を重ねるくらいなら、そんな考えが頭をよぎったのだけど、松尾の安らかな表情をこんなに間近で見つめていられる、それだけでも僕は十分に幸せだと思えるのだった。
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