第12話
休みは、僕が基本土日祝、松尾が月曜日と第二・第三火曜日。仕事が終わる時間は、僕が入稿状況によって午後六時から午後十時の間、松尾が予約状況によって午後七時から午後九時の間。
そんなわけで、僕と松尾は付き合うようになったものの、ゆっくりと会う時間をなかなか作ることができなかった。
ゴールデンウィークの連休が始まる前日の金曜日、僕は藤田と『たけのしろ』でランチを食べることになった。
「ゴールデンウィーク、帰るんですよね?」
「帰るよ。一日からだけど」
「えっ、一日からって、まさか……」
やって来たエレベーターには誰も乗っておらず、同じ階から乗り込むのも僕と藤田の二人だけだった。
「今度の日曜……、松尾君が部屋に来る」
「ついに、来ますか」
「ついに、来ます」
「松尾君が日曜に来るってことは、泊まりですよね?」
「まぁ、そうだね」
「濱本さんから誘ったんですか?」
「いや、松尾君から言ってきた」
「松尾君に言わせたんですか?」
「いや、僕の方から、誘おうかなぁ、とは思ってたんだけど……」
「そんなの、後からだったら、何とでも言えますよ」
「いや、本当だって」
「本当かなぁ……?」
藤田が意地悪そうな目を向けてきたところで、エレベーターが一階に到着した。扉が開くと、藤田と同じ会社の女性従業員が三人待っていて、その中に佐藤の姿もあった。藤田は真顔になったのだけど、佐藤はにこやかな表情で挨拶をしてから、エレベーターに乗り込んだ。
「あぁ……、もう、本当、タイミング悪い」
外に出ると、藤田はぼやくように言った。
「五人目、ですか」
「五人目、です」
「今回は、特に早かったなぁ……」
「最短記録更新です」
「やっぱり、そうなるのか」
藤田が佐藤からの誘いを断って僕と飲みに行った週の金曜日、藤田は佐藤からの告白も断った。それが原因なのだろう、翌週になると、佐藤は突然の退職を申し出て、今日が最終勤務日となっていた。
「だから、振られて仕事辞めるくらいなら、告白しないでほしいです」
「藤田君がそう嘆くのも含めて、一連の流れになっちゃってるよな」
「今回で最後にしたいんで、これからは、故郷にいる幼なじみと遠距離恋愛中、ってことにします」
「ついに、ですか」
「ついに、です。ゴールデンウィークに帰省するんで、そのときに再会した、ってことにすれば、別に不自然じゃないと思いますし」
「ゴールデンウィークに帰省するのって、珍しいよね」
「そうですね。しかも、今回は一週間です」
「へぇ……。何か、向こうでイベントでもあるの?」
「いや、今のところは、何も予定は入れてないです。まぁ、地元の友達と会うくらいは、あると思いますけど。でも、今回は、実家に帰る、っていうのが、一番の目的なんで」
「当たり前のことな気がするんだけど、藤田君がそう言うと、何か、斬新なことのように思えてくる」
「何が斬新なんですか。元はと言えば、濱本さんの影響ですからね」
「えっ、僕の影響なの?」
「日数にしたら、の話ですよ」
「あぁ……」
親が元気でいてくれる期間をあと二十年だとする。盆と正月、ゴールデンウィークに五日ずつ、年に十五日帰ったとしたら、親と一緒に過ごせる日数は三百日になる。期間なら二十年あるけど、日数にしたら、一年にも満たない。
そんなたとえ話を、僕は藤田に聞かせたことがあった。
「二年前だっけ?」
「そうですね」
「憶えてたんだ」
「そりゃそうですよ。まぁ、聞いたときは、そんな考え方もあるよなぁ、って思ったくらいなんですけど……」
言葉を止めた藤田は視線を少し下に向け、何か考え込んでいるように見えた。
「期間を長くするのって、親の寿命が関わってくるわけですから、僕がどうこうできる問題じゃないんですけど、日数を増やすのだったら、僕が帰ればいいわけですから、そう難しくないことだと思うんですよ」
「まぁ、そうだね」
「そういうことです」
「何だよそれ」
藤田がそういう考え方であることを知り、何だか嬉しくなった僕は、隣から軽く肩をぶつけた。
「ちょっと、何ですか」
「いや、何か……、ねぇ?」
「ねぇ、って言われても……。何か、すごいにやにやしてるし」
「そんなことないよ」
「あぁ、気持ちはもう、日曜の夜に行っちゃってるんですね」
「そんなことないって」
「いや、そこは行ってないと、逆におかしいですよ」
「いや、少なくとも、今は行ってなかった」
「そう言った途端に、今は過去になってますからね」
「まぁ、今は意識してるから、そんなことないとは言わないけど」
藤田と目が合うと、僕はあからさまに、にやにやと笑ってみせた。
「ついに、来ますか」
「ついに、来ます」
「ついに、プラトニックラブも、終わっちゃうんですね……」
「何で、藤田君がしみじみ言うんだよ」
「終わることになって初めて、その、尊さみたいなものを、ひしひしと感じてるわけですよ」
「あんなに、焚き付けるようなこと言ってたくせに」
「大切なものは、失ってからじゃないと、その大切さに気付けない、って言うじゃないですか」
「何か、さっきから、言ってることが、妙に詩的なんだけど」
「渡りますか」
藤田が見つめる先で、歩行者信号が青の点滅を始めていた。
「やっぱり、二分くらい待たされるの?」
僕が言い終わらないうちに、藤田は駆け出した。
「昼休みの二分は貴重ですからね」
「まぁ、そうだけど……」
やはり、振り切るように走っていく藤田の背中を、僕は全速力で追いかけていき、この前とは反対側から、僕たちはそのまま一気に横断歩道を渡った。
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