第11話

 翌日、僕は松尾に電話をかけ、夜から会う約束をした。

 仕事場からそのまま向かった、待ち合わせ場所の公園に着くと、先に来ていた松尾がベンチに座っていた。

「松尾君」

「あぁ、濱本さん。こんばんは」

 松尾は立ち上がり、小さく頭を下げた。

「こんばんは。待ちました?」

「あぁ、十分くらいですかね」

「すいません、寒いのに」

「いえいえ、僕が早く来ちゃっただけで、まだ三分前ですし」

「とりあえず、座りますか」

「あぁ、そうですね」

 松尾と並んで腰を下ろし、ふうっと息をつくと、高い鉄棒で懸垂を続けている半袖シャツ姿の男性に目が留まった。

「僕が来たときには、もう始めてました」

「あぁ、そうなんだ」

「さっき、犬を連れて散歩してる女の人が通りかかったんですけど、犬が鉄棒のところに走ってって、結構激しく吠えてたんですよ。でも、全く動じることなく続けてました」

「すごいなぁ……。でも、女の人は焦ってたんじゃない?」

「それが、女の人も、全く動じることなく、鉄棒のところにゆっくり歩いてって、何か喋ってました」

「あぁ、お互いに知ってる人だったのか」

「みたいですね。その様子を見てたら、緊張してたのが、ちょっとほぐれました」

「あぁ……」

「濱本さんが隣に座ってから、ぶり返しちゃってますけど」

 僕の顔をちらりと見てから、松尾は視線を自分の足元に向けた。

「これ以上、緊張してる時間を続けたくないから、もう言っちゃいます」

「あぁ、はい」

 松尾は座っている姿勢を正し、気持ち僕の方に身体を向けた。

「松尾君」

 松尾の目を見つめたまま、僕は続けた。

「僕と、付き合ってください」

 僕が言い終わると、男性は懸垂を終了したようで、砂の上に着地する音が耳に入ってきた。

「はい」

 少し間があって答えてからも、松尾の唇は微かに震えているように見えた。

「よかったぁ……」

 心底からそう思ってくれているような松尾の声を聞いて、僕は頬が緩むのを抑えられなかった。

「断られたらどうしよう、っていうのも勿論あったんですけど……、濱本さんが、もう髪を切りに来てくれないんじゃないか、って考えたら、すごく不安で……、本当、不安でしょうがなかったです」

 僕はうんうんと頷いた。

「すいません。ほっとしたら、何か……」

 松尾は顔を伏せると、目を拭いながら鼻をすすった。その仕種が愛おしくて、僕は松尾を抱き締めたい衝動に駆られた。

「松尾君」

 僕の声に松尾が顔を上げるやいなや、僕は松尾を抱き締めた。突然のことで驚いたせいだろう、松尾の身体が強張っているのが分かった。

「僕は、松尾君のことが、好きです」

 僕が耳元で囁くと、松尾は背中に腕を回してきた。

「僕も、濱本さんのことが、好きです」

 松尾の涙声を聞いて、僕は目頭が熱くなってくるのを感じた。そして、自分には松尾を抱き締める正当な理由がある、その喜びを噛み締めた。

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