第9話
秋山さんに聞いてもらおうと思っていた、松尾から告白された話をした流れで、僕は藤田に、自分が同性愛者であることを打ち明けた。
最初は驚いた様子を見せたものの、僕が予想していた通り、藤田はすぐに理解を示してくれた。しかし、僕が密かに期待していたような、藤田が自分もそうであることを打ち明ける、という展開にはならなかった。
「僕は……、付き合った方がいいんじゃないかなぁ、って思います」
しばらく二人の間に流れていた沈黙を破ると、藤田は二杯目のカルーアミルクに口を付けた。
「付き合った方がいい……」
僕は呟きながら、その言葉とその反対の言葉、どちらを待っていたのかを自分に問いかけた。
「松尾君は相当な覚悟で、濱本さんに告白したんだと思います」
「それは……、僕も思う」
「一年後には別れる、っていう大前提があるにもかかわらず、僕に相談するくらい迷ってるのは、その覚悟に報いたい、っていう気持ちがあるからなんですよね?」
「まぁ……」
「結婚することを知らされた今でも、松尾君のことを好きだ、っていう気持ちは変わらないんですよね?」
「変わらない……、いや、むしろ、募ってるような気がする」
「もう……、呆れるくらいに正直ですね」
藤田は目を細めると、残り三本になっていたフリッツをつまんだ。
「ひょっとして、他に好きな人、いるんですか?」
「えっ?」
「いるんだったら、松尾君と付き合うかどうか、っていうのとは別に、どっちと付き合うか、っていう迷いもありますよね」
「あぁ……」
僕もフリッツを口に入れると、答えるまでの時間稼ぎをしようと、必要以上にゆっくりと噛んだ。
「いるにはいるけど、松尾君と比べて迷うほどではない、ですか?」
藤田の言う通りで、秋山さんに話を聞いてもらおうとしていたときは、松尾と付き合うかどうか、そのことしか僕の頭にはなかったはずである。しかし、こうして二人だけの時間を過ごしているうちに、好きという気持ちが再燃してきた今の状況で、藤田から告白されたとしたら、僕はどちらと付き合うか迷うに違いない。
「当たってました?」
「そうだなぁ……、半分は当たってる」
「半分って……、何ですかそれ」
「本当、何なんだよな」
思わせ振りな言い方をするだけで、相手から告白してくれるのを待っている、そんな自分が情けなくなってきて、僕は自嘲するように笑った。
「濱本さんから聞いた話だけで判断していいのか、とは思うんですけど……、僕は、松尾君に誠意みたいなものを感じるんですよね」
「誠意……」
「結婚が決まっているにもかかわらず、相手の女性とは違う人、それも、男性と付き合おうとしている、そんな人間に誠意を感じるなんて、おかしな話なんですけど……」
「そうなんだよなぁ……。いくら相手が了承してくれてるからって、しようとしていることは、誠意とは真逆の行為なのに、僕は松尾君のことを、いいかげんな人間だって、どうしても思えなくてさぁ……」
「濱本さんの立場を考えてない言い方になるかもしれないですけど、僕は、松尾君の気持ちに、応えてあげてほしいです」
藤田が向けてきた眼差しは真剣で、僕はただ見つめ返すことしかできなかった。
「僕の意見は、そんな感じです」
決して短くはなかった、見つめ合った時間は何だったのかと思うくらい、藤田はけろりとした表情で言った。
「でも、最後に決めるのは、濱本さんですからね」
「そうだね。僕が決めないと」
僕は自分に言い聞かせるように頷いた。
「十一時になっちゃいましたね」
「もうそんな時間か」
「じゃあ、そろそろ……」
「帰りますか」
藤田に続いて、僕も残りのカルーアミルクを一気に飲み干した。
「食べちゃいますね」
「どうぞ」
最後のフリッツを口に放り込むと、藤田はテーブルの側面にかけてあった伝票ホルダーを手元に置き、店員に向かって手を上げた。
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