売り渡し債権回収します

 口ひげの債権者に案内されるように酒場を出るが、ヴァールはいまだに怒っていたままだった。


「まったくなんであそこの人間にに売り渡すのか」

「やばいの」

「城下の裏にいる頭領に売ったそうだ。裏の人間は荒くれ者がうろついている危険地帯、そこをまとめている頭領に手形を売り渡されるとなったら徒党を組んで借金の取り立てに来るやもしれん」


 話を聞いただけで背筋が凍りかけた。もしミリアムが借金の手形の話を持ち出さなければ、いつか頭領たちが王女の邸宅に押しかけて危害を加えられる可能性があった。それが発覚で来たのは僥倖なのだが、肝心の手形を取り戻せるほどの金がない。借金の総額は金貨八百枚、それが八等分に分けられているため一人百枚分、それすべてを株に渡すことはできない。


 城下町の裏に入ると、今までの光景と明らかに異なる薄暗い空間で覆われいる。建物の壁は毒々しい落書きで埋め尽くされており、すれ違う人々も商人とは異なるギラついた目をしている。


「ミリアムはここで待っててくれ。俺たちで手形を取り戻せるか交渉してくる」

「うん。ヴァールも気を付けてね」

「頭領は金の話なら手を出さないから安心してくれ」


 口ひげの債権者がそういうと「お前が原因だろ」とヴァールがにらみつける。


「この辺は入口とはいえ、危険な奴がうろついているから安易に引っかかるなよ」


 そうしてヴァールたちは薄暗い空間に消えるように裏路地に入っていった。

 ヴァールたちの姿が見えなくなると、丸刈りに切れ込みが入った男がミリアムに近寄ってきた。


「なああんた頭領に用事があるのか」


 だがミリアムは無視した。


「手形のことでお困りなら、頭領が金がありさえすれば手形を渡すって言ってたぞ」

「いったい誰から話を聞いたのですか」


 懐からダガーナイフを取り出して、丸刈りの男に見せつけるように二回刃を空に切る。


「女が剣を持っているからって、調子乗るんじゃねえ!」


 丸刈りの男も対抗するようにナイフを取り出すと、一気にミリアムに詰め寄る。男のナイフがダガーナイフの刃に一回当てると、次の時には柄の部分を押し当てて弾き飛ばした。

 護身用にと持っていたが、刃物をまともに扱っていない力量の差が出てしまった。落ちてしまったダガーナイフを拾おうと駆けようとするが、ミリアムの腕を男が捕まえた。


「こい、」

「離して!」


 引き離そうと力を籠めるが、裏路地の人間と研究ばかりの人間とでは力の差は歴然である。

 突然、男の腕が空に飛んだ。腕が切れているわけではない、ヴァールが男の腕を蹴飛ばしたのだ。


「ミリアムに触れるな!」

「なんだ、てめえ」


 ヴァールが剣を抜き、男の持っていたナイフを二回切りつけると、意趣返しとばかりに地面にたたき落とした。一気に形勢不利になった男が壁際にもたれかかり、顔が青ざめ始めた。


「どこの誰に命令された」

「言うもんか」

「しらばっくれるというなら」


 ヴァールが剣を上段に構えて、切りつける態勢になる。「やめろ」とズシリと重い声を伴った刺青が入ったスキンヘッドの大男が裏路地から現れた。


「と、頭領。こいつら頭領を狙って」

「下がれ雑魚。こいつは俺の取引相手だ」

「ひ、ひぃ。頭領! すんません!」


 丸刈りの男は蛇に睨まれた蛙のように腰くだけになって、そそくさと逃げてしまった。


「想像はつくが、ウィジャマが寄こした刺客だな。酒場から聞かれていたらしい」

「どうしても妨害したいらしいみたいね」

「感動の再開のところ悪いが、お嬢ちゃんが手形がほしいという社長さんかい」


 ようやく手形の保有者である頭領に向き合うとその大きさに気圧される。ヴァールも背の高い人であるが、隆々とした全身の筋肉と厳つい顔が相まって威圧感が尋常ではなかった。

 ミリアムは恐れる様子をひた隠して、手形の話に入った。


「は、はい。それで手形を渡してほしいのですが」

「代わりになんだ。何をくれる」

「……渡せるものは、私が今度設立する株券しかないです。それも全部ではなく一部しか」

「その程度でか。話にならん」


 やっぱり、そうだよね。全部ならともかく一部しかもらえないんじゃあ。


「まあまあ、持っているだけでいつ返ってくるかわからないものより、利益が増える株券の方が魅力的ですよ頭領」

「ならお前が買えばいいじゃないか」

「え、えーっと。この間売った手前それは」


 口ひげの債権者が間に割って入ったが、頭領の正論に何も言い返せずすごすごと下がってしまった。


「あの、私たちは対等に商売をしたいのです。借金も貸した方に力があるわけじゃありません。貸した側は借主を信用して、お金を渡している。無理やり金を回収する行為は貸主の信用が下がります」

「つまりは、なんだ。借金の取り立てに来るなということか?」

「簡単に言えば、そうです」


 商売は常に対等、番頭の教えを信じ、適切な金利で相手が返してくれるとお金を貸していた。商売とは信用があってこそ、信用があるから株も借金もできる。


 じっと頭領が、ミリアム見つめる。また嫌な時間が始まると覚悟したが、意外とその時間は短かった。


「ハナからそんなつもりはねえよ。わざわざ王女様のところに取り立てに行くような命知らずじゃあねえ。」

「あ、ありがとうございます」


 疲労が気が抜けてしまったのか地面に倒れかけた、がヴァールがミリアムを受け止めてくれた。

 あれ? ヴァールって、こんなに肉がついていたっけ。そういえば私を助けに来てくれた時も、剣を振るう腕が早くなっていた。そうか、ヴァール昔と違うんだ。


「あの~、頭領と会わせた私の分は?」


 ひょっこりと現れた口ひげの債権者が、指を自分に向けた。


「頭領さんから手形を買い戻してからにしてください」

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