錬金しない錬金術

「ミリアムよ。それで如何様になったか」


 約束の期日になりフィオーネ王女の部屋に伺う、ひざを折って頭を下げたミリアムは白い布に包まれたものを差し出した。


「この包みにお開けになってくださいませ」


 王女が包みを受け取り、白い布を取り払うと金塊がでてきた。無論王女から渡されたものとは刻まれた品番が異なる金塊だ。

 株の公開後、一般販売したは債権者たちの評判と追加の買い注文により飛ぶように売れてみごとに株が売り切れてしまった。ミリアムの想定通り、同等の金額を手にしたのだ。


「ふむ確かに預けていた金が増えたな」


 あまり驚きがない? 王女の反応は薄かった。ウィジャマが錬金術で金を増やしてみせた時には高揚していた感情が見受けられなかった。こんなものかと言いたげに、期待したものより低い言い方だ。

 目の前で金を出した方が視覚的なインパクトと錬金術師の腕前を見れるというのはあるけど、この人の目的は赤字の家の財務状況の改善。出した金が一月で二倍に増えて帰ってくるとあればミリアムの方法が優位なのは確かのはず。

 それに、不利に陥っているはずのウィジャマの目が死んでないのも気になった。



「陛下恐れながら、この者たちは嘘をついております。この者は錬金術を使わず市井の者どもから集めた金銭で金を買っただけにすぎませぬ」


 ウィジャマが突如王女に向けて、ミリアムたちが金を増やした種明かしを説明し始めた。

 それに対して王女は驚愕の様子も見せない。もしかしてとミリアムは気づいた。


 王女と結託している。


「まずいぞミリアム。さすがの俺でも陛下の御前では庇いきれん」 

「……それでも私の錬金術の方が優秀よ」


 ヴァールが焦りの色を浮かべ、形勢不利のまま、ウィジャマが王女に対して熱弁を振るう。王女はそれに意見も反論もせずただじっと主張を聞いているだけに徹していた。


「なにより錬金術を使わず、あろうことか他人の金で増やして見せたなどと借金を重ねる。これは錬金術ではなく詐術。こやつの二つ名の通り『悪女の錬金術師』同じ錬金術師としてお恥ずかしい限り。即刻、こやつの首を討ち刎ねましょうぞ!」


 カチリと金属がこすれる小さな音がミリアムの隣で響いた。隣で跪いていたヴァールの眉間が割れるほどに寄り、剣の鍔をかけていた。すでに剣の中身が見えていた。


「で、気になったことがある。私が預けた金はどこにある」

「株に換えました。会社を立ち上げるための証拠として株にと」


 王女の株券を取り出すと、ウィジャマはフンと鼻息を吹きかけると株券を叩き落とした。


「この紙切れごときにか? 金貨でも金でもなく? そんな商人たちだけが使う紙切れごときに変えるなど愚の骨頂! この反逆者は陛下を愚弄しております。いいですか、金とは唯一無二にして、不変の物質。ゆえに価値があり、通貨として用いられるのだ。それをこんな脆弱で燃やせばチリと化す物体にして、大事な金を失うなど、錬金術師ではなく泥棒と変わりない!」


 地べたに散らばった株券を一生懸命拾い集める。幸いどれも傷一つついていない。だがミリアムの尊厳はズタズタであった。番頭や債権者たちに頭を下げて、いかに利益が出るかを説明した一ケ月が詐欺であるはずがない。これは信頼の積み重ねで生まれたもの。


「可能性を否定しない錬金術師の金科玉条をお忘れですか」

「なに?」

「この株券、預けたの金より一・五倍の価値があります」


 ミリアムが放った数字の言葉に全員が目の色が変わった。


「今回発行した株券ですが、金貨一枚から買える手頃さと私の錬金術で作った製品の期待感から完売御礼状態で、最初の価格から一・五倍、つまり金貨一・五枚です。株が欲しい人は今も絶えず、休みが明けたらおそらくですが、もっと上がります。先ほど述べましたが、これは陛下から預かった金で換えたもの、所有権は陛下です。発行数七百株の内の一五〇株、同出資会社であるジョン・フィーネ商会と同等の筆頭株主です。ついでに陛下の借金の債権者たちも手形の一部を交換して株に換えて、借金の額が少しだけですが減っております。もし疑うのであれば、銀行や取引所にこれを持っていけば、お金に返って来ますよ。元の金塊より一・五倍程度の価格で」


 ミリアムが必死に完売を目指したのは、現金を集めるだけでなく、株の価格を初期価格から吊り上げるため。価格が二倍になれば、金との交換で得た王女の株も二倍。つまり金が二倍になるのと同等になる。

 材料費も輸送費もない、業績と信頼さえあれば二倍にも、それ以上の価格になることだって望めるのがこの錬金術の恐ろしいところであるのだ。


「ウィジャマ殿、先ほどのことは事故ということでよろしいですね。この株券は陛下の所有物であるのですからな」


 ゆっくりと立ち上がったヴァールが、ウィジャマをけん制するようにミリアムのそばに立つ。完全に形成が逆転されたウィジャマは目の前の株券に目配せをして、今度はうろたえていた。

 そして後ろにいた王女がゆっくりとミリアムに向かって歩くと、持っていた株券と手を包むように手を取った。


「謝罪をさせてほしいミリアム。これまでの無礼を詫びさせてくれ。其方は協会に首を垂れる金勘定ができぬ錬金術師とは違う。無から金を錬成した至高の錬金術師だ」


 先程まで威圧的な態度だった王女が豹変したかのように恭しくミリアムを前に首を垂れた。ウィジャマにはもう眼中に、いや存在すら忘れてしまったようで彼が幾度か声をかけても、全く反応しなかった。

 ついにウィジャマは自分が用済みと悟り、肩を落とすとひっそりと誰からも見送られることもなく部屋を後にした。


「そなたのスキームは見事としか言いようがない。だが言葉の詫びだけでは済ませてはいかんな。なにか希望はあるか」


 これを好機と見るや、ヴァールが王者の前に接近してついにあのことを進言した。


「陛下、であれば彼女をお付きの錬金術師としてお雇いいただきたく存じます」

「それは、そなたとミリアムとの口約束か? 私の命令も相談もなく口約束をするなど、ずいぶん偉くなったものだなヴァール」


 王女の氷のような視線がヴァールに突き刺さされると、ヴァールの手が踏みつけられ、ミリアムは背筋が凍った。

 この王女の苛烈ぶりは散々味わっていたが、進言するに至るまでもこんなに恐ろしいの。


 王女が踏みつける足を左右擦り、痛みを蓄積させる。だがヴァールは顔一つ変えず、再びミリアムを雇うように進言する。


「私めが出過ぎた真似をしたのは受け入れます。ですがミリアムの錬金術の腕と、金を集める術は他の錬金術師に引けを取りません。どうかご検討いただきたく」

「その程度のことを認めぬと言わぬと思ったのか。ええ、認めましょう。。ヴァールも引き続き頼むぞ」


 王女が踏み続けていた足を退けると、代わりにミリアムの手を取った。


「ただし、一つだけ条件がある。これは筆頭株主としての命令であることを頭に入れなさい」

「は、はい」

「立ち上げた会社の社長の地位を私に譲りなさい。それが雇う条件よ」

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悪女の錬金術師ミリアムは、錬金術を使わず金を増やす。 チクチクネズミ @tikutikumouse

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