第16.5章 失うものは、何か

__貴方は、国外追放されました。

貴方に残された選択肢を、選んでください。


「アイテルお嬢様、どうぞ、こちらへ」


何処へ連れていかれるのだろう。私は、何処から何処へ行くのだろう。

馬車に乗せられたアイテルに、この夢の中でも忠実なしもべであるジュドーが、止まった馬車の扉から手を差し伸べていたのを見て、彼女は、懐かしいと感じていた。


「…ジュドー。私、何処へ行くの?」


アイテルは一番古い記憶に残る、ジュドーに向けて言った台詞を言う。ジュドーが何も分からないアイテルを馬車で運び連れてきたのは、主人のいない玉座をずっと守り続けていたアクロポリス。


今回は違うのだろう。今は真王でも、ただのアイテルでもない。

王子に婚約破棄を宣言されるほどの悪逆の公爵令嬢。顔も知らぬ父親の失脚で、没落した家の娘。


とはいえ、一般のお貴族の家庭がこうなった場合、待つのは良くて他国の庶民階級に混じって暮らすか、親戚筋に引き取って貰うかの二択なのだろうが、アイテルは結構お気楽に構えていた。有能な自分の執事が、変わらない微笑みでアイテルに手を差し伸べていたからだ。


「ご心配なく、アイテルお嬢様。これからの事はこのジュドーにお任せを。今はただ…"お母上様"の元へ」


「……え?」


"お母上"

その言葉を聞いたアイテルは、酷く全身が震え上がった。自分には父がいない。ましてや母もいない。なのに母という言葉を聞いただけで、アイテルの中で広がる拒否反応を感じ取った。


A.屋敷で待つ母に会いに行く

B.会いたくないとジュドーに言う


「……………A」


何故嫌なのかは分からず、アイテルはとにかく選択肢を選ぶ。馬車から立ち上がり、足は勝手に屋敷の中へと歩いていた。


広い屋敷の廊下を歩きながら、彼女はいつかアクロポリスの廊下を歩いた時の事を思い出す。そして、そこで彼女に向けて言われた言葉の数々を思い出す。


『原初の子宮よ!!我らが次なる真王よ!!この者が、我らが待ちわびた次の真王となる!!』


『アトランティス王家の血もない小娘が王になるだと?大婆様もついに血迷われたか』


『こんな小娘に王座を渡してはならぬ!!』


『瞳が赤い…災厄の子じゃ。呪われたものが何故ここにおる!!』


『お前はエバでもなんでもなけりゃ、王になる資格もないくせに!!僕や兄ちゃん達の前に現れるな!!』


…今思えばこんな言葉、何も辛くなんてなかった。

冷めた思考がアイテルの脳裏を過る。ただ歩いているだけで影から目の前から言われた言葉が今、ここにきて蘇り、私を傷つけるのは何故なのだろうと。

これは悪夢か。夢の神は私に何を見せようと言うのか。苦しめるための、儀式か。彼女は、もう体も心も固まって通らない痛みを冷静に分析している。


A.このまま先へ進む

B.引き返す


窓から照らす月明かりに照らされた廊下の先、固く閉ざされた扉の向こう。Aの選択肢を選んだアイテルは冷たいノブを回した。


「…私が、眠ってた場所」


赤い瞳が映す先には、朽ちかけた石の台座があった。足音がこだまする暗闇の中を進み、その台座の前へ。いにしえの文字が刻まれた冷たい台座を触り、何者でもなかった自分はここで目覚め、ジュドーと出会ったことを思い出す。


貴方は、貴方のなくした記憶の先を知りたいですか?


A.はい

B.いいえ


「なくした記憶の、先を…?」


アイテルは選んだ。自らの過去を知る為の選択を。知らないのだから、知りたいと言うのは当然だろう。



「…A………っ!?」


しかしこの場合の選択は、間違っていたのかもしれない。


アイテルは暗闇の中から伸びてきた手に首を強く掴まれて、思い至った。足から地面が離れ、呼吸が浅くなってままならなくなった。


【愚かな娘よ。お前は何も知らぬまま、偶像となっておればよいものを】


「っあっ…ぅ…くっ…」


【無駄な事。その身の子宮は何も手出しさせぬ。たかが男一人にうつつをぬかしおって】


 アイテルがエバに助力を乞いたことも見抜き、その腕の主は容赦なく、暗闇から恐ろしいほどの憎悪と羨望を込めた赤い瞳を光らせ、アイテルに恐怖と苦しみを与える。自らと同じ目の色を持つ存在を、喉を潰されて声も出せないままアイテルは見ていた。



今世こんせの真王アイテル。駒の分際で、与えてやった自らの宿命も立場を忘れ、その身に我が穢れを……ならぬ愚行を働いた。よってお前は罰を受ける。さあ、我が自ら提示してやろう。選択肢を。この愚行に対する、代償を】



_____



_「ゲヘヘ…恭一様ぁ、もう魔王城まで進むとはすげぇやんすね。そこに痺れるっ憧れる~!」


恭一は助けてくれるであろう仲間を断り、選択肢はほぼ流し読みのゴリ押しソロプレイで魔王城という最終局面に最速たどり着いた事により、夢の神イケロスはもはや恭一を人ではなく、狂気と戦の神か何かだと思い、ゲスい程媚を売っていた。

それを無視して進んでいた恭一だが、そもそもこんな遊びみたいな事に付き合っている自分がバカらしいとうんざりしていたが、アイテルが捕まっているだろう魔王城についた事で、ひとまずようやく終わりが見えた、早く帰りたいと思う。


「あれが魔王城とか言うやつ?あそこで最後の選択肢を選んだら、解放してくれるんだったよね?」


__「えぇえぇ!もちろんでございます!恭一様なら余裕でやんすよ!ゲヘヘ…!」


「嘘だったら、ただじゃおかないからね」


__「嫌だなぁ、俺も神ですぜ?嘘なんかつくわけないじゃないですか」


ここまで来るのに色々倒しはしたが、恭一はとにかく、アイテルを連れて早く帰りたい一心だった。魔王城の内部に正面から堂々と侵入する道を選び、時々罠が発動してはそれを避けていき、細かい道順を選択によって選んで進む。


__「…むむ?」


「…?」


__「な~んか変だな…」


「変なのは最初からだよね」


__「いやぁ、なんか、作ったものと若干違うような気がしてんで…。それにしても、恭一様、一回も死なずにここまでくるたぁ驚きですぜ!結構難しく作ったんだけどなぁ…」


そのイケロスの言葉にため息をついて、意味もない言葉だと無視して先に進んだ。


「…アイテルは何処にいるの」


_「言ったでしょう、アイテル様は謂わば最後の景品ですよ。あ、景品って言ったのは内緒にしといてくだせぇ。偉大なる者を景品って言ったら、叱られちまう」


「見たところ、アイテルには敬意を払っているようだけど、神の間でも敬うような存在なの?」


_「原初の子宮は、俺達神々の母である方だ。人間は皆それを忘れているだけだ。恭一様だってそうだ。元は、あの方からお生まれになったんだ」


「産んで貰った覚えはないよ」


_「この星に産まれた者はみんなそうだ。恭一様も母から産まれたが、その母も母から産まれた。魂は生きている限り、肉体が死んでも母が受け止めて、また産んでくださる。その連鎖の生命の原点が、子宮と呼ばれる者だ。だから皆敬う。誰も母を傷つけられない。天使も、悪魔も。傷つけるのは、愚かな人間と、深淵の闇から産まれた穢れしものだけ」


 天使も悪魔も、母に手を出すことはない。

九龍城砦の深淵で、グェイはアイテルを怖がって逃げていた事を思い出す。


 そのエバがいるのに、魔物がアイテルの馬車を襲ったことに、恭一はやはりいささかの疑念が沸いた。アイテルが言っていたように、あれは誰かが操ったのだろう。口外されていないはずの真王の情報を知る者がいる。



 ここにいるのも、その何者かの仕業で、神が操られてる可能性はないかと推察したが、この後の選択肢が、異変を知らせる。



__この先へ踏み込む覚悟はありますか?


魔王のいる大きな扉の前で、その選択は現れた。


覚悟?ここまでの茶番劇、急に重々しい事を聞いてくるものだと、恭一は一蹴した。


__「…えっ、嘘だ……こんなの、聞いてない…」


「?何?」


__「ひっ……おい……駄目だ。俺は、この先には…」


夢の神が自分の作った夢の先を見て、異様に怯え始め、恭一は扉の先に何が待っているのかを感じ取ろうとしたが、何も感じなかった。なにしてんの?とギョロギョロと目玉を泳がせてドロドロの汗をかくイケロスは、身を縮こませた。ただただ怯えて、何も答えなかった為、恭一は自身の直感が及ばない、何かがある。


この先で、何かが自分を待っている。


A .先へ進む

B.引き返す


「…先に進む」


恭一の選択により、扉は開かれた。彼の全身に熱気が降りかかり、この先にあった世界が、恭一の前に現れる。…焼け野原、黒い空、赤く残った残火。

歩みを進めるごとに、分かり始める。この世界がどこであるのかを。酷く懐かしくも、燻るほどに記憶の根を焦がしている。鼻に薫る死臭も灰の匂いも、そのまま、あの時のよう。



ーーこの先だ。この先に、あの者がいる。


肌も空気が熱を帯びて焼き付ける。夜明けなど二度と訪れないのではないかと思ったあの在りし日。自分の目の前で、数多の命を塵にしたたった一人の人物。


恭一は瓦礫の塵を踏み締め、あの後ろ姿へと近づいた。

肩の先まで伸びた髪、炎の光に照らされて赤く染まる。うなじ、耳のピアス、振り向くその目は、赤い瞳。白目が黒く染まった人の姿をした化物。


【また会ったな、人の子よ】


その姿を見て、息を飲む恭一。

彼女は、アイテルだった。髪は短いが、おそらく昔の彼女なのだろう。長い足で小躍りし、おどけて、自分をおちょくっている。



…嘘だ。これははったりだ。自分が子供の頃にすでに成人している姿だったのだから、彼女であるはずがない。まさに悪魔の所業だと、恭一は目の前の存在を睨み付けた。


【何を動揺している?…この姿が、そんなに信じられぬか?】


 …これは、右手に宿っている呪いだ。アイテルの姿を借りて、自分をからかっているに過ぎない。恭一が看破したのも、このアイテルは見抜いているのだろう。不敵に彼女は笑って恭一を眺めていた。


「…彼女は何処にいる」


【目の前にいるであろう。あぁ、かつてのではなく、今のであったか】


「これ以上遊びに付き合うつもりはない。返してもらう」


【そう焦るでない…ゲームの続きをしようではないか。場合によっては返してやらんでもない】


くるっと背を向けたその者は、赤く炎の燃える遠くの景色に手を広げ、火の粉のまう空を見上げた後、暗い影を宿して、恭一に質問を投げかけた。



【お前、アイテルが好きか?】



A.好き

B.嫌い


提示された二択しかない選択肢。恭一は、今までさほど考える必要もなく答えられていた質問と違い、この二択にどうしても、答えられることなく黙秘を続けた。その答えを待った後、しばらくして、今回は特別に見逃してやる。そう言ってこの質問を代わりにと投げた。


【アイテルがお前の記憶の彼方にあるこの惨劇を起こした犯人だったとしたら、お前はどうする?】


A.一瞬の死をもって償わせる

B.生きたまま苦しみを与えて生かし続ける


【さぁ、どちらの方法がお好みかね?】


「これは、何の意味がある?」


【選択を与えているのは私だ。お前ではない。答えなくば、アイテルの耳を引きちぎって、それだけ持って帰ってもよい】


「…」


 もしも、アイテルあの時の赤目だったとしたらの仮定の話。恭一は頭の中をぐるぐると歩かされてる気分になった。考えれば考えるほど、あり得ない。

人を救うのが使命だのと言うあのアイテルにこんなことができるはずがない。出来たとしても…自分はもしかしたら、どちらも選ぶことがないのかもしれない。では、どうするというのか?

黙った恭一が搾り出した選択は、これだった。


「B」


【…ほう…そうか。それを選んだか】


生きたまま苦しめる。それを選択した恭一に、アイテルの姿をした赤目の者は、なんと残酷な男だと笑う。


【やはりな。愛ゆえに人は人を苦しめるものよ。どうせなら一瞬で終わらせた方が早く済むという事も見えずに。それでもできるだけ、傍に留めておきたいと願うのだろうな。…そういう事なら、それを与えることにしよう】


「っ!何をする気だい。今の質問は…」


【"究極の選択"だ。お前は今それを選んだ】


手を後ろに組み、再び背中を見せたその者は、熱風を帯びた風に袖を揺らす。恭一は今の選択肢で一体、何をするつもりだと問い詰めたが、背を向けたままその者は告げた。


【私の憎しみも消えなかった。いつまで経っても、何があっても、変わることがなく、酷く長い苦しみだった。…お前にその苦しみが分かるか。同じ怒りを、身に秘めていると言うのに】


その言葉は恨めしく、呪いである自らを蔑んでいるかのようで恭一に語りかけた。


「…知らない。少なくとも俺は、他の誰とも一緒にされるものは何もない」


【そうであろう。だからこそ、その無知は恥となり、罪となる。それが今から、私が与えるお前への報い】


その者の手が宙の風を切った。

暗闇の中から恭一の足元に引っ張り出される。腰の辺りまで伸びた黒い髪、青いペンダントをつけた本物のアイテルが倒れこみ、恭一は反射的に彼女に駆け寄った。


「アイテル」


「っ……ぅ…」


「…?アイテル…?」


顔を上げたアイテルは、口を金魚のようにパクパクと動かし何かを伝えようとしているが、声が出ず、恭一の胸を叩いたり自分の喉を擦ったりするばかりであった。その様子に、アイテルが何かされたことに気づき、彼女の肩を掴みながら何をしたのかと、赤目の者を睨み付けるが、その者はふと静かな笑みを浮かべて、彼にこう告げた。


【安堵せよ。それを解く方法は教えてある。せいぜい、己の選んだ苦しみを味わせてやるがよい】


「どう言うことだいっ…いい加減にっ…」


恭一は言葉を言い終わる前に、強い何らかの干渉によって、意識は朦朧とする。やがて逆らえないほどの眠気に襲われると、そのまま闇へと堕された。



__「おい恭一、起きろ!おいっ!」


強く肩を揺さぶられ、恭一は目を開けると、ハルクマンの顔が見えた。なんだか焦った様子のハルクマンは恭一の目が開いたのをみると、ホッとしたように剥き出していた牙を口の中に閉じた。


「ふーっ…良かった。このまま起きないんじゃねぇかと思ったぞ」


「……どう、いう意味?」


「お前、2日も起きなかったんだぜ。しかもアイテルまで、庭で居眠りしたまま起きなくなってよ。まさかここに祀られてる夢の神の仕業じゃねーかってぶちギレたジュドーが神の御所の扉ぶっ壊してなんかやってたら、アイテルが…」


そこまで説明されて、寝すぎて頭が再起動に時間がかかることもなくすぐに恭一は飛び起きた。


「何処にいる??アイテルは」


「あ?何処って、あいつの部屋だけど…っておい!!恭一!!」


 恭一はシャツも乱れたもののまま、部屋から急いでアイテルの部屋を目指した。途中で弁慶とすれ違うも、無視する。確か部屋は一番奥の方だと聞いていた事を思い出し、向かった先でミツキの姿を見つけ、彼を捕まえてアイテルの部屋に案内させた。



「げ、源氏様!!今はまだ入らないでください!アイテル様は今御加減が…」


「知ってる」


「恭一!!ちょっと待てって!!何慌ててんだよ!!」



 二人を押し退け、アイテルの部屋の扉を開ける。自分の部屋よりも広く、整った調度品がある部屋の奥に、彼女はいた。

傍らにいた執事が恭一に気がつき、青筋を立てて向かってくる彼の行く手を阻んだ。



「てめぇ、何勝手に入ってきてやがる?無作法にも程があるぞ糞カラス」


「どいて。邪魔なんだけど」


「邪魔は貴様だ!!ここはてめぇがのこのこ突っ込んできていい部屋じゃ…」


ジュドーが実力行使で追い出そうとした背中にアイテルが手を触れて、ジュドーの動きがピタッと止まる。

アイテルはジュドーの背中に指で何か書くと、ジュドーが困ったような顔をしつつも、最後は渋々、恭一から手を離した。


「…アイテル様が、言葉を話せなくなった原因を知っているらしいな?」


ジュドーが上から恭一を睨み付ける。アイテルはただ困ったような顔をして、ごきげんようと言わんばかりに小さく手を振りながら恭一を見た。恭一はやっぱりかと険しい顔を見せて、彼女を見つめるしかなかった。


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