第16章 夢を駆けて、選ぶもの

 アイテルは恭一を連れて、神殿の奥を目指そうとしたが、外から再び入った時には、自分達が元いた内部構造が置き換わっていた。まるで奥を目指すことを阻止しているかのように。


 バラバラになって何処が何処なのかも分からなくなってしまった事で、二人は完全に行き詰まってしまった。恭一は辺りを調べながら、頭の中の天使が相変わらず反応しないことに苛立っていた。


「困りましたね~。そもそも、私達はいつ閉じ込められてしまったのでしょう?」


「知ってたら悩んでないよ」


「お庭のベンチでうたた寝していた時、まだ食堂にジュドーがいたのは覚えているのですが」


「…寝てたの?」


「色々考えていましたらちょっと疲れてしまいまして。そんなに時間は経っていなかったと思います」


少し目をつぶっていただけだとアイテルは首をかしげていたが、言われてみれば恭一も眠って起きた時から既に様子が変だったかもしれないことを考えると、二人が眠ったタイミングで異変が発生したことが考えられた。


 そういえば前にも似たような事案があった事を思い出す。呪われたホテルに閉じ込められ、次元の狂った場所で何日も悪魔とその奴隷にされた者達相手との持久戦だった事を。

 そういった事から持久戦には馴れているが、アイテルはそうではない。次の異常が起こる前に、脱出しなければならないと恭一は思った。


「闇雲に探しても体力を奪われるだけだね。現象の原因を突き止めないことには」


「そうですが、その原因というのも分からないのでは…」


「元の場所には無かったもの。それを見つける。こういう現象にはだいたい、それがトリガーになっていたりするから」


「元の場所に無かったもの…?ここへはあまり来たことがないので、何があって何がなかったのやら…」


「そもそも、ここはどういう神殿なの?」


「ここは夢の神オネイロスの………あ」


夢の神オネイロス。そこまで言ってアイテルはこの現象の意味をようやく理解した。


「あぁ、私、どうすればいいのか分かってしまったかもしれません」


「どういう事?」


「話によると、ここでは…」


話し始めようとした瞬間、アイテルが立っていた横の壁から溶け出したように灰色の触手が彼女を包んだ。


「え?」


「!!アイテル!!」


 恭一が気づいて手を伸ばした時にはもう遅く、アイテルは壁に取り込まれた。壁を殴って呼び掛けてもびくともしない。まさか壁からいきなりあんなものが出てくるとは誰が想像出来ようか。



_「お前は姫を守るのが役目。それとも本能か?取り戻したいだろう??」


背後からの声に振り向き、恭一は、そこにあった壁から飛び出している芋虫のような生物の彫刻のようなものを目にする。


芋虫は三つの目玉を持っており、三つの歪な口を動かし、男の声を主体とした三つ違う声を発した。その気持ち悪さに、恭一は悪魔だと思い構え、睨み付けた。



_「我が名は夢の神オネイロスの子、イケロス。姫を返して欲しければ、選択しろ。究極の選択に挑戦するか、ここで永遠に目覚めないまま死ぬかだ」


ぎへへへと気持ちの悪い笑い声を発するその何かに、恭一は黙って最後まで聞いた後、口を開いて拳を握った。


「…この選択肢はない?俺にボコボコにされる前にアイテルを返すって選択肢」


__「……いやねーよ。TRPGやったことある?」


「何それ、知らない。次の問いかけで返さないなら容赦しないよ、悪魔が」


__「悪魔じゃねぇ!!神って言っただろ!!あと主導権握ろうとするんじゃねぇ!!…なんかやりづらい方引いたなぁ俺…」


「神?こんな醜いのが神なわけないでしょ。もっとマシな姿になって嘘ついてよね。頭悪いの?」


__「そしてなんかすっげぇムカつく!!神だよ!!オネイロスって立派な神の子供だよ!!見た目で判断するんじゃねぇ!!怖がらせようと思って一応この格好で出てきてんの!!分かる!?」


「あぁ、そう」


__「なんで平然としてんの。やっぱエイリアンみたいなのにしとけばよかったな…まぁ、いいか。で?姫取り戻したくない?」


「さっさと返せって言ってるんだけど」


__「嫌だね!!お前生意気だから特別ひでぇ悪夢に仕立ててやるよぉ!」


そう言ってニヤッと笑った瞬間、壁から再び触手が溢れるように溶け出し、恭一は振り払おうとするが、飲み込まれてしまう。

何処へ連れていかれたのかとずっと目を見開いて暗闇を見つめていると、突然投げ出された。


受け身を取って着地したが、視界には先ほどまでなかった赤い絨毯と太陽の光の明るさが窓から射し込む床が見えた。

顔を上げると、そこには、今時時代遅れというか、誰も着ないであろう甲冑姿の衛兵達と、自分の目の前には、偉そうに王冠など着けてふんぞり返っている…久しぶりに見る上司であり遠縁の親戚でもある男、ジュンフェイの姿に、目を疑った。


メガネに、手入れを怠っているボサッとした黒髪と伸ばしっぱなしの無精髭、スーツ姿でないことを覗けば、完全に見た目はジュンフェイそのものだ。



「勇者恭一。姫を取り戻しに魔王城へ行ってくれるか。いつもながら、君には期待しているよ」


「…………………………………………」


 恭一は色々突っ込みたいところは山ほどあったが、それ以前に、親戚がパーティーショップで集めてきたかのような似合ってもいないコスプレをして、口ではいつも自分に仕事を頼んでくる時と同じ言葉を平然と吐いてきたので、これが自分の血統の一部かと思うとただただ冷たい視線を向けるしかなかった。ある意味、地獄である。


「…勇者恭一。なんとか言ったらどうなんだい?」


「恥を知れ」


「えっ?」


__「はいはい恭一殿、ここでこの夢のルールを説明してやるからよく聞いて進めろ」


「…ルール?」


これは何かの嫌がらせじゃなくてか?と言いたくなったが、現れた芋虫の存在と、ジュンフェイの姿を遮るように開かれた分厚い本が現れる。そこには、今の出来事のあらましが書いてあったが、その下に、四択の行動や返事についての記載がある。



__「お前にはその本に書かれてある選択肢を一つ、選んでこの夢物語を進めて貰う。戦闘になった場合は勿論お前の実力で対処は出来るが、戦闘や選択を謝って死んだ場合、三度復活出来るが、それ以上は復活出来ずに死ぬ。単純だろう?当然死ねば、姫は取り戻せない」


「…これ、何の意味があるの?遊んでる時間ないんだけど」


__「死ぬ可能性があるのに遊びとは舐めた人間だな!!安心しろ、最後、お前には究極の選択をしてもらう。俺達の神殿に入った者には必ず、受けて貰う御約束だ」


「究極の選択?」


__「たどり着いた時に分かることだ。楽しみだなぁー。そこで余裕ぶっこいていられるもんかよぉ」


ギャヒヒヒと、また神らしからぬ酷く耳障りな笑い声を上げる。

ジュンフェイの姿には痛々しいものがあるが、要するに、自分は今夢の神に捕まり、このふざけたことを終わらせれば、アイテルと一緒に現実に帰ることが出来ることを理解した恭一は、不本意ながらも、目の前の本のページに向き直った。


"貴方は、魔王に連れ去られたアイテル姫の救出を、国王ジュンフェイより勅令を受けた。貴方の返答は?"


A.必ずや姫を取り戻し、魔王を撃ち取ってみせると決心し旅立つ

B.豪華な報酬を得る為に頑張ると息巻いて旅立つ

C.姫との結婚を思い描いてウハウハしながら旅立つ

D.興味がないので自分で行けばと王様に言う



「………D」


__「はぁ!?」


「…なんだと。姫を取り戻しに行かないと申すか!!さては国家反逆者だな!!ならばここで死刑に処す!!」


 明らかに選んだら即物語が終わるであろう選択肢をすぐに選んだ恭一に、夢の神も思わず驚愕する。案の定、ジュンフェイ扮した王は周りの衛兵達に恭一を処すよう命じ、開始一分も立たずに死亡フラグを立てた。


__「お、お前…マジで?今、AからC選んどきゃ先に進むって分かるぐれぇ簡単だったよね!?なんでそれ選んだ!?え!?」


「…へぇ。そう。だって、Dが一番近かったから」


恭一は腕を鳴らす。じわじわと右手の呪いが恭一の感情と共に熱を帯びた。


「戦闘は実力行使だったね。なら、別に問題ない」


__「え?…え?」


 困惑する夢の神を前に、恭一はこれから始まるであろう戦闘の気配に胸を踊らせた。例え死亡フラグであろうと、前に進むためなら、へし折って行ったらいいだけの話だと、いつもながらぶれない意志を見せる。


 向けられた両側の槍の切っ先を掴み、思い切り反対方向に引っ張ってよろけた二人の衛兵の体を素早く説き伏せた後、残りの兵士を落ちた槍を拾って攻撃を避けながら、乱れのない棒術で鎧に守られた体を打ちつける。


もやっとしていたストレスを吐き出すかのように、阿鼻叫喚の中で暴れた恭一は最後、王の座る王座の背もたれと顔スレスレに目掛け槍を投げて突き刺した。


 広間に、兵士達の倒れた体が転がる。その中に一人、物足りないと言わんばかりの恭一の憂いげな姿があった。


夢の神は、間違って戦いの神でも引きずり込んだのではなかろうかと疑ったが、この夢の世界では恭一のあらゆる能力が封じられ、身体能力とそれでは抑えられない呪いの力のみであることが今の戦闘を通して恭一は理解した。



「…そうか。実力を見せるためにわざと挑発したということだね?勇者恭一よ」


ジュンフェイの声に、恭一は再び王の方を向く。やはり見れば見るほど痛々しいジュンフェイの姿だったが、その呼び掛けも、反応も、何処か観察しているような目と表情も、本物そっくりであった。


アメリカを留学先に選んだのは、親戚のこの男がいたからだ。本家から恭一を匿い、大学が終わった後の就職先も彼が推薦した。

一緒に仕事をしないかと誘われた時と、同じだと思い出す。



『教授に聞いたよ。君は偏屈だが、優秀だってね。さすがは、本家の跡取り息子。恭十郎さんと雅子みやこさんの教育の賜物だ』


『…あの人達が教育してくれたわけじゃない』


『そうだった。君の類いまれな、実力だったね』


『触るな、撫でるな』


『機嫌を治して一つどうだろう?飛び級試験受けて最速で卒業させる代わりに、退屈にならない、いい仕事してみないかい?』



「その実力を見込んで、もう一度頼みたい。姫を、救ってくれないか?」



恭一の前に再び本が現れる。相変わらず物怖じしない、ただ興味があればしたたかに誘いを続ける気味の悪い男だと思いながら、ページをみる。


_A.引き受ける。

_B.断る。



「…A」


「そうか。なら良かった。では早速、連れていくパーティーを選びたまえ」


A.王国選りすぐりのパーティーを選ぶ

B.美女ばかりの酒池肉林パーティーを選ぶ

C.犬、猿、キジの異種パーティーを選ぶ

D.断る


「D。いらない」


「ソロで行くつもりか!?なんと大胆な!!」


__「そ、即答だと…なんだあの人間!!聞いてないぞー!!」




____




その頃、アイテルも恭一と同じく、夢の神が作り上げた夢物語の世界で、同じ選択肢を迫られていたのであった。


「アイテル公爵令嬢!!君との婚約を破棄する!!」


父の公爵の失脚により、舞踏会にて貴方は王子との婚約破棄を宣言され、及び国外追放となりました。


A.婚約破棄を受け入れ、国外追放される。

B.婚約破棄の正当性がないと主張する

C.テーブルのナイフをとって王子を刺す

D.無視してケーキを食べ続ける



「まあ。公衆の面前で国家に関わる婚約の破棄を宣言なされるなんて、大胆な方ですのね…私、何かしたかしら」


_「アイテル様。これは、貴方様にとってはただの余興にございますので、好きなものをお選びいただければと」


 アイテルにとってはよく知りもしない男から突然婚約破棄などと言われて、どう反応したらいいのか分からない所を、恭一に現れた神と同じ芋虫のような形ながらも、慎ましやかな女性的な声の夢の神より指南を受けていた。


しかし、アイテルは全く理解できてはおらず、まるで本当に自分に起きてることのように考えていた。



「んー…そうですね。分かりました。私、一般のご生活というものに少々憧れておりましたの!だからA!そちらの女性とお幸せになってくださいませ!」


「!?……ちょっとは、対抗しようとは、なさらないのか?アイテル公爵令嬢」


「王子様!?何揺らいでるの!?」


「あら、だって私何か婚約破棄される様なことをしてしまったのでしょう?なら仕方ありませんわ。死刑にならないだけよしとします!」


それと、ここで自分がごねたりしようものなら、後から知ったジュドーがこの何処かも分からない国をぶっ潰しかねない事も想定した上での選択肢だった。ここが、夢の世界であったとしても。



「それでは皆様ごきげんよう!うふふ、これで晴れて独身の一般ご庶民ですわ!追放されるのが楽しみ!」


 小躍りしながらパーティー会場を出たアイテルの様子を見て、公衆の面前で恥を掻かされた挙げ句、地位を剥奪されて国外追放されるのにあそこまで喜んでいられる人を見たのは初めてかもしれない、と夢の神は思った。



「よく分かりませんけど、悪役のご令嬢様のお役?も、意外に楽しいですわね!」


__「申し訳ございません。偉大なる母たる貴方様に、悪役という役目をつけるようなご無礼を。後に然るべき罰は、覚悟の上にございます」


「あら、一般のお貴族の方の生活も垣間見れてとても興味深いですわ。初めて学校というものにも通えましたし!まるで違う人生に転生でもしたみたいで楽しいわぁ」


__「ご満足いただき、光栄でございます。父神も喜ばれる事でしょう」


「でもどうして、私達を閉じ込めて、このような事を?」


__「それはまだ申し上げることは出来ません。ですが、我々はある契約に基づき、エバである貴方様にもこの試練にご参加いただかなくてはいけなかったのです。何とぞ、寛大なお心によりご容赦ください」


夢の神の言葉に、アイテルは何かを考えるような表情で黙って聞いていたが、まあせっかくだからこの状況を楽しむことにしようと、呑気に考えた。



「…恭一さん、大丈夫かしら」


 突然夢の神に連れてこられたものだから、恭一もびっくりして今頃探し回ってくれているのだろうかと思うが、彼の場合、なんだか冷静に知らん顔して出口を探していそうだと考えた。


「私…そんなに鬱陶しかったのかしら。…ヘモンステフは、愛嬌よく振る舞った方が良いって言ってたから、頑張ったのに…」


もういない義姉の言葉をふと思い出して、ほうきを抱くようにして握りながら物思いに耽っていると、次の選択肢を示す本が目の前に現れた。


「…ん?これは…」


恭一に比べれば生易しいストーリーを歩んできたが、ここでの選択肢で足が止まり、アイテルは次はこれと言う言葉を見出だすには難しいものがあった。


ここで、この夢の行く先を知ることになる。


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