第17章 言葉に出来ない想いを

 他の三人は何が起きているのか分からず、後から「若ぁ!!一体何を乱心なさっとるんですか!!」と大声を上げて入ってきた弁慶も含め、恭一とアイテルしか知らない眠ったまま夢の中で閉じ込められた出来事を、恭一は説明した。


夢の中で、最後に夢の神も何か知らないものにアイテルは声を奪われたようだと説明すると、ジュドーが再びキレた様子で近くにあったハンマーを持った。


「オネイロイの神どもめ。悪戯にアイテル様まで巻き込みやがったせいか!!オネイロスに抗議を申し立てただけではやはり気が済まん!」


「待てよジュドー。神相手に抗議は、さっきやったんじゃなかったか?」


「ヤツではなくその下のガキどものせいだろ。引きずり出してみっっっちり再教育してくれる」


「神に謝罪させた挙げ句スパルタする気かよ。落ち着けって、多分そんなことしたってアイテルは戻らないだろ。それに、ここまでしたのはその神のせいではなさそうだ」


「だから言ってる!!よりによってエバの呪いがあるときにおちょくるような真似をしたから、アイテル様が全て背負うことになったんだ!!」


 怒り狂うジュドーをハルクマンが嗜めたが、彼の言う通り、この神殿の神々は本来この場所を統べるオネイロスとの盟約に基づき、夢に侵入して試練を与えるのだが、今回はエバの子宮が来訪したことにより、アイテルへの接待のつもりで夢に現れたようだ。


だがイレギュラーがあった。恭一の呪いだ。アイテルの力によって抑えられていた呪いの作用に気がつかなかった神は、そのまま夢を乗っ取られたのだとジュドーの見解は続く。本当は最後、究極の選択肢というのはなんだったのか、もはや知るよしもない。


「若…俺にはよく分からんのですが、寝てる間に、アイテル様と若は襲われてたって事ですか」


「そんな感じだよ」


「じゃあ、若も何かこう、体に違和感とかないんですか?アイテル様は声が出なくなって、若は…」


「さあ…。今のところ俺に普段と違うようなところはないよ」


恭一は質問に答えながら、黙って顔を伏せているアイテルの方を見つめる。呪いは彼女の声を奪った。自分が、何かを選択肢してしまったばかりに。

 いや、もう一方を選んでいたら、今こうして生きていることはなかった可能性がある。それよりはだいぶマシなのだろうと、恭一は気まずい気持ちにモヤモヤとさせられた。


「あの、元に戻す方法は、ないんですか?」


ミツキがそう発言すると、恭一の目に写っていたアイテルが、ビクッと肩を震わせた事に、恭一は気づいた。


「この呪いと同じように、アイテル様でも解くのが難しい何かをかけられた…何て事は」


「これ以上そういう厄介なもんが増えるのは御免だぜ」


「…いや、解き方は彼女に教えたって、夢の中で言ってたから、彼女知ってるんじゃない?」


恭一はアイテルの様子を気にしながらも呪いの言葉を思い出してそう答えると、アイテルは恭一からその話が出たことに、焦っているような表情と挙動を見せ、恭一は眉間にシワを寄せた。何か怪しい。なんだその慌て様はと。


「アイテル様?何か知っていらっしゃるのであれば、このジュドーにお教え願いますか?声を取り戻す方法があるのでしたらこのジュドーが取り戻してご覧にいれます」


「っ……っっ…!」


「?アイテル様?」


ジュドーが膝をつき、座っているアイテルに問いかけてもアイテルは顔を逸らして首を横に振る。何も答えたくない。その意思表示に、ジュドーは更に困った表情を見せた。


「アイテル様、お教え頂かなくては何も出来ません。あ、一つ方法はありますが。この神殿の神を半殺しにして吐かせるという方法が」


「執事長、そんな簡単に神を半殺しにしようとしないでください…」


「さっきオネイロスにもそんな勢いで迫って困惑させてたよな。マジでエバ以外雑魚って思ってんだろうな…」


「……」


アイテルは首を横に振り続け、ジュドーの肩に指で何かを書くと、ジュドーは怪訝な表情を見せて、アイテルを見る。


「ジュドーにもお教え出来ないとはどういう…」


「………」


「…教えてしまったら、意味がなくなってしまう?…では、いかが致しましょう?ジュドーに出来ますことは…」


「……」


アイテルはしばらくジュドーの手の平に指で文字を書き、やり取りをした後、ジュドーは立ち上がり、この場の全員にアイテルの言葉を伝えた。


「アイテル様いわく。このまま声が戻らないことに留まっていても仕方がない。昨晩、ジュドーとも話していたことではあるが、ソドムにいるという男の行方については、忠臣たる我々に任せる、と」


「任せる?どういうことだ?」


皆を代表して追求したハルクマンに、ジュドーは続けた。


「お前達が知っての通り、ソドムにアイテル様が堂々と来訪されることは出来ない」


「あぁ、神も仏も知らねぇならず者が堂々と生きてるような国に、真王のアイテルが行くことはまずないな」


「その件については、俺達の誰かが代わりに調査に向かうことは決定していた。だがこういう事態になって、予定が少し狂ってしまった。…グリード領アプロディーテの饗宴きょうえんが迫っている。アイテル様が近くまで同行する事は出来ない」


「つまり、恭一はソドムに行くことは出来ねぇってことか」


恭一は遠征ついでにアイテルが公務で何件か国に立ち寄ることは聞いていたが、グリード領のアプロディーテ、その名の通り、芸術と豊穣の女神が統べる芸術の国だということは知っていても、響宴きょうえんの意味は知らない。ジュドーの説明では、二日後に開かれる国を挙げての女神に豊穣を願う祭り。それに原初の子宮であるアイテルが祭事を行うことで、今回は国中から多くの来賓が招かれるとのこと。


「アイテル様のご来訪を女神も心よりお待ちしている事だ。今更欠席なんてことになったら、女神の癇癪で国が滅ぶ」


「そんな大袈裟なことが起きるんですか??女神の、癇癪って…」


この中でも一番凡人である弁慶には変な話だと思うのも当然だが、これは冗談ではないことをジュドーは告げる。


「天気や海の機嫌が急に変わるのも神の気まぐれによるもの、という話もあながち嘘ではないぞ。特にオリンポスの神々は、寛容という言葉が飛んで戻ってきていないほど気が短い。つまり、神のくせにめんどくせぇんだ」


「…確かに。あちらの神話の話聞くと、かなり理不尽な理由でキレとるもんが多かったような…」


「だから毎年、女神の機嫌を損ねないよう盛大な祭りを開く。今回は四年に一度の饗宴祭。真王陛下の参加は必須だし、女神は楽しみにされているそうだ。そこに水を刺すようなことしてみろ。アイテル様でも止められんことが起こる」


もちろん、そのような場で呪いが暴走するようなことが起こればたまったもんじゃないリスクもあるが、先方にも事情は説明し、祈り柱と警備も十分に配慮させる手筈を整えているとジュドーは語る。


「で?どうするの?」


「ここからソドムに行く者とアプロディーテに行く者で分ける。ソドムでは習晃累シーコウルイの捜索を任せる。アプロディーテでは祭りの間アイテル様の警護と、遺物の情報収集だ。ちょうど各国から人も集まることだしな。何か異変が起こっていないかの話も集まることだろう」


「となると、俺とミツキはソドム行きか。ジュドーと恭一はアイテルから離れるわけにいかないだろ?後は弁慶をどっちにつけるかだ」


「お、俺ですか?」


「連れて行けばいいんじゃない?」


ハルクマンの話に恭一はあっさり弁慶を連れて行けばいいと進言する。


「礼法の伴う場じゃ無粋な事しか出来ないだろうし、現場の方が色々役に立つから、連れて行けばいい。煩いけど、それなりの事はできるよ」


「わ、若ぁ…」


「俺らは別にいいけどよ、お前だって、王侯貴族相手のパーティーで馴染めそうな感じ全然ないけど大丈夫かよ?」


真王の護衛としている以上、パーティー会場に入って世間話とか、場合によってはダンスに付き合ったりしなきゃならねぇんだぞ⁇とハルクマンが言うと、演技でもニコニコと紳士淑女の会談に交じる恭一をその場全員が全くもって想像できず、視線が集まるが、恭一の横の弁慶が自信満々に答えた。


「大丈夫です‼︎こう見えて若は、源氏みなもとうじ家の跡取りとして、一通りの作法を嗜んでおられ、そういう場でも超絶自然に紳士的な振る舞いでおられます‼︎」


「「…超絶…自然に…紳士的…⁉︎」」


この場全員の心は、この時一つであった。

アイテルは声すら出ないながらも、何それぜひ見たい!という願望が顔に出ていた。一方、恭一は相変わらずのしかめっ面、人に媚びることなど一切しないと言った顔だが、ジュドーはあからさまに、こいつが?信じられんと言った表情で咳払いした。


「…どうであれ、ハルクマンよりはビジュアル的にもマシか」


「ッチ、知ってら」


「た、確か、源氏様のお家は由緒正しきお家だと伺ってました。心得がおありとなると安心ですね!」


「いいか?ああいうパーティーの場ではな、しつこくされても笑ってニコニコしてるんだぞ?口開いて女泣かせたりしたら大変なんだからな」


「そうだな…確かに。お前は壁際に立って照明のふりをしていればいいんじゃないか?」


「…バカにしてる?」


特にハルクマンとジュドーの言い草にはすごくイラっときた恭一だったが、話は進む。


「では決まりだな。今回の編成はこれで、後は護衛部隊の編成と…」


「…!」


「はい?アイテル様」


次の話に移ろうとしたジュドーをアイテルが引き止めるように服の袖を引っ張る。彼の関心を引いたアイテルはジュドーの手に指で文字を書く。何か伝えてる彼女に、やがてジュドーはどんっと音を立てて床に膝をつく。


「な…なぜ…なぜですか?アイテル様‼︎」


「…」


「ジュドーめの采配に、何かご不満があってのことでございましょうか⁉︎どういうご意向で⁉︎」


アイテルは首を振る。ジュドーはアイテルに言われていることで、傷つき、狼狽えているようだ。その様子に、周りはどんなやりとりをしているのかと見守るしかなかった。


「そ、そんな!お考え直しください!!第一、このジュドーめがいなくて、どうするのですか⁉︎お声もないと言うのにこの仕打ち!納得がいきません‼︎」


「……」


「え?いや、ミツキにはまだ荷が重すぎます。いや、それでは…」


「?僕?」


「なーんか、展開変わりそうな予感がするなぁ…?」


ジュドーとアイテルのやり取りは続く。ジュドーが嫌がり続けるのを見て、アイテルはやれやれと言った感じで指で長く言葉を書き連ねる。…やがて、指で形作った言葉に、徐々に顔色が明るく、恍惚の表情を浮かべ始める。


「…なんと…ありがたきお言葉を……であればこのジュドーに何も言うことはありません…。必ずや期待にお応えいたします」


「なんか丸め込まれたな」


「年々執事長をご納得させる術が、早くなっていきますね」


「お前達、よく聞け。アイテル様のご意向により、編成に変更が生じる」


その話だったのかと恭一と弁慶は思う。

立ち上がったジュドーは振り向き、変わらない笑みを浮かべるアイテルをバックに告げた。


「ミツキ、お前は今回、アイテル様と共に行け。祭事と晩餐会の進行のサポートを任せる」


「…えっ」


「俺が代わりにソドムに行く。後でみっちり仕込んでやるから全部覚えろ。わかったな⁇」


「えっ⁉︎ちょっ、ちょっと待ってください‼︎僕がですか!?どうして執事長と…」


「お前も長くアイテル様にお仕えしてきた。陛下もその忠誠心を汲み、今回の公務のサポートは任せたいそうだ。まぁ勿論、不安は多いに残る。失敗されても困るから源氏みなもとうじにも、客のリストや当日のスケジュールを共有させる。二人でなんとかやれ。特にお前は、陛下のご期待に応えるよう期待をかけて脅している」


「結局圧力かけて脅しているんですよねそれ!?」


「ったりめーだろ。失敗してみろ、殺すぞ。俺は女神より導線どうかせんが短いからな」



神よりも寛容という文字を辞書から追い出して灰にして無くしたようなジュドーの無茶振りとも言える脅しに、ミツキは顔が青ざめて今にも吐きそうだ。これには、ハルクマンも弁慶も、気の毒そうにミツキを見つめるしかなかった。


 恭一は、アイテルがどうしてジュドーを切り離すような采配を取った意味が分からず、彼女の方を見つめていた。どう考えても、政治的なものが絡む場ではジュドーのような有能な男がいた方がなにかと好都合だ。ミツキは駄目というわけではないが、経験が足りないのは明らかだ。半歩の過ちで、アイテルの顔に泥を塗りかねない場面も出てくる。


これは重労働になりそうだと、恭一は今から覚悟を決めた。


「弁慶。向こうに行ったら随時状況報告」


「はい」


「対象の確保を最優先。君一人で倒そうとは思わないこと。危険を感じたらすぐに退避。いいね?」


「対象が、ソドムにいると思いますか?」


「パーティーの場に現れる可能性も否定できない。上流階級の人間が参加するような社交場だからね。アイテルがいるとなると皆来るだろう。俺も出来る限り探ってみる。時間がないからね」


「はい。何か分かったら、作った無線ですぐに連絡をいれます。もしかしたら、電波は悪いかもしれませんが」


「悪くならないように調整しておいて」



恭一は弁慶とひっそり打ち合わせを進めていると、ふとアイテルの方から視線を感じ取り、目が合った。弁慶との会話を耳と口だけでこなしながら、目はアイテルの方を向く。


アイテルは何を考えているのだろうか。あれだけおしゃべりだったのに、黙ってみれば見えなくて、別の苛立ちを恭一は覚えていた。どう転んでも、アイテルには何故かイライラさせられる、と。


一体何故、声を取り戻す方法を教えようとはしないのだろうか。アイテルがずっと黙秘し続けている理由を、後に彼は知ることになる。



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