第5.5章 貴方を護り、我を救う

「アイテルは、貴方を見た時には既に呪いがあることを知っていたわ。その時に、彼女は、貴方にある処置を施した。それは、庭園でもしたものと同じことよ。増幅していく呪いの一端を彼女が代わりに受けた」


「どういう事?」


「進んでいく呪い侵食を、代わりに受けたのよ。だから、彼女の中にも…貴方と同じ呪いがある。貴方がそうして立って話し、理性を保っていられるのも、彼女が繋ぎ止めているから。そうでなければ、貴方は生きたまま呪いに操られて…後は分かるでしょう」


 アイテルと恭一は、そうして繋がっている状態。エバであるアイテルだからこそ出来る芸当だが、アイテルも無傷ではいられない。自分がそこにいたら、間違いなく止めていた方法だと、アミュダラは語る。


 頼んでもいないのに、自ら自分を犠牲にして助けようとするメリットのないことを、何故進んでやろうと思ったのか、恭一も理解に及ばなかった。



「エバにより産み出された呪い。強力な殺しの遺物。エバによるものは、エバであっても命取りになる」


「君達の話の流れからして、エバは無敵の存在ではないの?」


「エバは無敵であっても、器はそうではない。壊れればまた新たに器を用意するだけ。しかし、アイテルが死ぬような事があれば、この世界はまた混乱に陥る。…あの子もまた呪いに縛られた。貴方と共に、遺物を探す理由はある」


「彼女を護りながら探せと?それが、守護者をやれと言う理由?」


源氏みなもとうじ殿。貴方にはただの女子に見えても、この世界では違います。あの子の傍にいるには、それなりの地位が、必要となるのです。それを貴方に与え、彼女と共に遺物を探せるようにするため。…どうか、お引き受けください」


「…………」


「貴方なら守護者として申し分ない」


 アミュダラの願いに、恭一は庭で苦しみながら自分の手を握っていたアイテルの姿を思い出す。

 力のない細腕で、自分から苦しみを吸い、自分を助けようとした。理解は出来ない。だってそこまでする理由が、彼女のはないのだ。


この呪いのことに何かしら気づいたことがあるなら、触れないようにしておくことも出来たはず。何故それをしなかったのか。ただただ、危機管理能力のない女なのかと恭一は思った。



…でも、勇気ある決断だったとも思う。



「……返事は真王にするけど、いい?」


恭一はその場でアミュダラにはそう告げた。



_____



「君の盾になるつもりはない」


 恭一は、午後にアイテルの庭園に招かれ、身体の線が見える白のドレスと刺繍の施されたベールのマントを身に纏っている女王としての姿で、茶菓子が並べられたテーブルの椅子に座ったアイテルを目の前にし、立ったままそう伝えた。


アイテルはぽやっと赤い瞳を見開いて、恭一を見上げたまま彼の言葉を聞いていたが、傍で給仕をしていたジュドーが、明らかに不快な顔で恭一を睨むが、恭一は気にしなかった。



「まあ…恭一さん。わたくし、まだ何も言っておりませんけど」


「守護者にしたいって、君が言ったんだって?ならないから、そんなの」


「そんな、まだ何もお話してませんのに」


「守護者?……どういう事ですか?陛下」



 アイテルと恭一の会話に、守護者と聞いて怪訝な表情でジュドーが口を挟むと、アイテルはそれに答えた。


「恭一さんを私の守護者の任についてもらいましょうと、アミュダラと決めたのよ」


「!?な、何故その様なことを、このジュドーめに相談してくださらなかったのですか!?」


「絶対反対するでしょ?」


「当たり前です断固拒否でございます!こんな何処の馬の骨とも何考えてるのかも分からない余所者をお傍に置くなど!」


「指、差さないでくれる?」


ジュドーが恭一を指差して、恭一は嫌そうな顔をする。ダメです止めてくださいと懇願するも、アイテルはニコッと笑って答えた。


「嫌です。恭一さんがいいわ」


なんで。と、イラッとして言葉が出そうになった恭一と共に、煩くジュドーが止めに入った。


「何故ですか!!腕の立つ者でありましたら、腐るほどいっぱいおります!!今度私めが厳選し連れて参りますので、そちらからお選びください!!」


「ジュドー、私の決めた事には絶対従うって約束したわ…したじゃない…」


「うっ…ですが、しかし…」


「真王になってから随分経つけれど、私には、自由にお城を歩き回る事も出来なければ、守護者一人すら決める自由はないのね…」


「わ、分かりました!!出過ぎたことを致しました!!泣かないでくださいアイテル様!かしこまりました、守護者はこの男です!!」


「ねぇ、何も認めてないんだけどこっちは。拒否する権利はあるよね??」


 メソメソと泣き真似をするアイテルに弱ったジュドーの茶番を見せられてますます不機嫌モードになっていく恭一に、アイテルは涙を拭く素振りをして、悲しげな表情で恭一に向き直った。


「どうして嫌なのですか?私は、別に、恭一さんを盾代わりにするつもりで守護者にと望んだわけではないのですよ?」


「理由は知ってるけど、俺は人の下についてあれこれやる為にこの世界に来てる訳じゃないから」


「私を護るのが嫌だと?」


「……そこまで言ってないけど。守護者って、言われるのが嫌」


「どういう理由だそれは」


 恭一の理由にジュドーは眉を潜めて突っ込んだが、恭一は知らない他人の為に命をかけることはしないし、目的以外のメリットのない面倒なことはしたくないとこの続きを語った。


その理由を聞いたアイテルは、少し考えた後、恭一にこう返した。


「知らないのであれば、知っていったらよろしいのでは?」


単純にそう答えたアイテルは、また微笑んで、恭一に自分の隣の席を勧めた。



「知らないものはそのままにしていたら知らないままですわ。私は、恭一さんの事を知りたいです。まずは、そこから始めるのはどうでしょう?」


「…俺の事が知りたい?なんで?」


「何となくです。どうぞお掛けになって」


 アイテルの勧めるまま、恭一はアイテルの隣の椅子に渋々腰掛ける。

どんな心持ちで座っていればいいか分からなかったが、ジュドーの淹れた飲み物が手元に運ばれ、アイテルがそれを口にする。ジャスミンティーの香りのする透明な色の紅茶だった。


 喉が渇いていたのもあって恭一も口をつけたが、甘いわけではないスッキリとした味わいが口の中に広がり、飲みやすく美味しいものだった。


「ジュドーの淹れたお茶はどうですか?とても美味しいでしょう?」


「ありがとうございます」


「…態度は悪いけど、お茶を淹れる腕はいいね」


「一言余計ですね」


「それで恭一さんは、普段どんなお仕事をされていらしたの?」


 アイテルからいきなり答えようのない質問を吹っ掛けられ、ジュドーと恭一は固まる。恭一は表情を一切変えなかったが、唯一知るジュドーは小さく首を横に振った。正直に答えるなよ、と。


「…それ聞いてどうするの?」


「知りたいだけですわ」


「……………警察」


 恭一が本来の自分の仕事に一番近いと思ったものを捻りだし、警察とアイテルに伝えたが、ここでは警察と言う言葉は馴染みがないらしく、警察とはなんですの?と聞き返してくる彼女に、治安を維持する仕事だと伝えると、彼女は「市衛兵しえいへいのようなお仕事ですのね!ご立派だわ」と納得した。


「なんだかその方面のお仕事だと言う気がしてましたの。とても身のこなしが軽やかでお強かったですから!どちらで学ばれまして?」


「家」


「お家でですか?まぁ武人のご家系なのね」



 武人ではない。元の先祖が旧公家の華族だった。今でも大きな家と土地と道楽のためにやってるような会社を持つ地主だ。その跡取り息子として育てられ、武芸もその一環だったとまで言おうとしたが、そこまで教える義理はないと口を閉じた。

何せ、家の話題は恭一にとって頭痛の種になる話だからだ。



「武芸が出来る方はいいですわね。私も嗜みたいと思っていましたけど、ジュドーが認めてくれなくて」


「陛下がその様なことをする必要はございません。怪我をされては大変です」


「戦時中は、一人だけまともに戦うことも出来なくて辛かったわ」


「最近戦争でもしたの?」


「3年前まではそうでした。私が真王になる前からありましたが、とても…大変な時代で」


 戦争経験者には見えないアイテルだが、その表情からとても辛いものであったことは読み取れた。


「亡くなった人は数えきれない程でした。亡くなった方の遺体を燃やしたり、埋めるところを何度も見ました。中には、思い出すのも辛いものも」


「…そう」


「私も、大事な仲間を何人も亡くしました。これは二度と繰り返してはならないものと考え、今も努力していますが、歴史は繰り返されるものです。いずれまた始まる時は来るのでしょう?」


「上でも、至る所で起きてる事だから。人間が存在してる以上、全てが平和に、円満にはいかない」


「…えぇ、そう思いますわ」


恭一の言葉にアイテルは辛そうな表情ながらも頷いた後、でもと続きを言った。



「次が始まるまでの期間は、いくらでも伸ばせるでしょう?次に起こる時は、私が体験した以上の事が起こらないように、努力するつもりです」


「君の言う努力って?」


例えば、演説の力だけで人が兵器を使う事を止めるとか?そんな単純な話に思っているのかと恭一は思っていたが、アイテルの答えはまた違うものだった。



「言葉だけ怒りを静め、憎しみを捨てろと言うのは簡単ですね。でもそれだけで人の心は動かせません。止めることは出来ないでしょう。かつてのアトランティス人も、何度の警告に従わず、滅ぼされるまで、兵器を捨てようとはしなかった」


人は、愚かなものだと。


アイテルの口からそう出てくるのは、恭一にとって意外だった。理想だけを悠長に追い求めているお嬢様だと、思っていたから。



「でもせめて、今の私達の経験を語り、次もそのまた次も、何が悲しいことで、何が良い行いであるのかを判断出来る方々が増えたら…防げることは増えるでしょう?きっと」


「…それは、エバの言葉?それとも君の?」


「両方ですわ」



 そして微笑んだアイテルは、暗いお話はこれくらいにしましょうと言うと、また恭一の事に対しての質問をし始めた。

 好きな食べ物はあるのか、普段は何をして過ごすのとか、他愛のない話を恭一は答えられる範囲で答える。この時間になんの意味が?と考えることもあったが、アイテルがほんの一瞬語った戦争についての答えに、この世界での事と、彼女に対する印象と興味が少しだけ変わっていた。


無償で、自分に危険があると承知で他人を助けたという事も踏まえて。



「では、イカちゃんが襲った船に、恭一さんは乗っていらしたの?まぁ…ごめんなさい。あの子、普段はおとなしくてとても良いイカちゃんなのよ」


「イカちゃんって何。そう呼べるサイズじゃなかったんだけど」


 時折、天然な所も目立つが、お茶を飲み終える頃には、一国の女王としての姿を垣間見える事が出来た。



「アイテル様、そろそろ次のご予定のお時間です」


「そう。残念だわ、もっとお話していたかったです」


ようやくこの世間話も終わったと恭一は席を立つ。


「ねぇ、最後に聞いてもいい?君の止まらない質問攻めのせいで、聞くに聞けなかったけど」


「はい?」


「俺を守護者にする気、まだあるの?」


「なってくださいます?」


 期待に満ちた目で、アイテルは恭一を見る。傍にいるジュドーは嫌そうな顔をしているものの黙って事の成り行きを見守っている。


恭一は沈黙の後、アイテルに告げた。


「条件がある」


その一言に、アイテルはきょとんとした顔で答えた。


「条件ですか?お給料ならいっぱい差し上げます」


「お金の話はどうでもいい。まず大前提として、君の身辺を守る代わりに、俺の呪いを解くために全力尽くして」


「おい貴様ぁ!!アイテル様に向かって何を上から目線でっ…」


「お黙りなさいジュドー!条件聞こえません!!」


「はっ…失礼しました」


恭一の物言いに激昂し掛けたジュドーを諌め、アイテルは再び、指を折って待つ彼の言葉に耳を傾けた。



「俺は、人の下にはつかないし、支配されるのも嫌いだから。身辺の警護以外の仕事は一切致さない」


「はい」


「行動の制限を解除。まぁ、呪いの事もあるから、せめて城内部での行動は許可して」


「えぇ、それはもちろんです。そうでなければ警護のしようがないでしょうし」


「呪いが解けたら、君と俺との契約は解除。俺は元いた世界と場所に帰る。いいね?」


「…それだけですか?」


「それだけだけど」


「もっといっぱいあるのかと思いました」


「これ以上増やしていいなら、増やすけどどうするの?これでも最低限の妥当な要求をしてるけど」


「まっ!意地悪ですのね」


条件ごとに指を折って指し示す恭一に、笑って許すように、アイテルは頷いた。



「いいですわ、そのご条件で。貴方の呪いが解けるように、私も全力尽くしましょう」



アイテルは何故か満足したかのように、朗らかに笑っていた。


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