第4話 パラダイム・シフト~資産を増やすのではなく維持するために

 2019年11月、私は文教堂株を売り払い、同時に株の本質について理解した。


 その頃、私の手元には余剰資金が結構あった。結婚後に妻の意見を入れてはじめた積立定期は11年間×12か月分も貯まっていた。


 また、両親の老後の面倒を見るのと遺産相続に備えて、両親が建て直した家に同居することになったので、それまで住んでいたマンションを売却することにもなっていた。


 だから、株投資を再開するための資金はあったのだ。


 だが、家庭の事情と世界の変化が、それをさせなかった。


 2020年1月、コロナ禍が本格化する直前に、妻のがんが発見された。ひとつひとつの癌は小さかったものの、既に転移していてステージ4。手術による治療は不可能で、抗癌剤治療を行うしかなかった。抗癌剤の費用は高額医療保険があるため上限は毎月8万円程度で済むが、いつまで続くか分からない状況で手元余剰資金を投資に回すことはできない。


 何より、妻の癌治療への付き添いや、妻ができなくなった家事を代わりに行うために、投資のことなどを考える余裕が無くなってしまったのである。


 そして、コロナ禍が世界を襲った。


 それまでの好景気は失速した。サプライチェーンは寸断され、経済活動は停滞した。


 それでもコロナ禍への対応が進むにつれて、再び経済活動は活発化し、株価も再上昇の気配を見せていた。


 そんな中で、2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。天然ガスと穀物の値段が急上昇し、経済は再び大打撃を受ける。


 そして、世界中で資源不足によるインフレが進んでいる。日本は今はまだインフレの進行が遅いが、それでも長きにわたったデフレ時代は終わりを告げた。


 デフレ時代の終わりとは何を意味するのか。貯金の無価値化である。デフレ時代だったら、現金はずっと貯金していても価値を減じなかった。今日の物価は昨日と同じで、明日の物価は今日と同じだった。5kg2000円の米は、1年後でも2000円だった。10万円で米を250kg買えるなら、1年貯金しておいて1年後になっても、やはり10万円で米を250kg買えたのだ。


 だが、これからは違う。今日は10万円で250kg買えたとしても1年後には200kgしか買えないかもしれない。もしかしたら150kgしか買えないかもしれない。そんな時代に「貯金」しておくことは、むざむざ資産を減らすのと同じことだ。


 パラダイム・シフト。これまでの常識は既に変わってしまったのだ。


 残念ながら、この先の見通せない時代においては、2010年代の10年間のように日経平均連動ETFを買ったとしても右肩上がりになるとは限らない。


 しかし、それでも何もしないで貯金しているだけでは、むざむざ資産を減らすだけなのである。それがインフレ時代というものなのだ。


 そのことが分かりながら、私には何もできなかった。仕事と妻の看護を両立させながら日々を送るので精一杯だった。


 だが、2022年11月3日、私の最愛の妻は2年10か月の闘病の果てに天に召された。病状の悪化に伴って、彼女の看護のための休職を私が職場に申請した矢先のことだった。まだ、あと1か月くらいは……と私は思っていたのだが、彼女は常に言っていた「あなたに迷惑かけたくないよ」という言葉を実践するかのように、あっけなく逝ってしまった。


 葬儀や銀行預金の相続、ひとり親支援の申請……まだ納骨も四十九日の法要も終わってはいない。


 だが、手元余剰資金はフリーになった。今、この時に動かなければ、資産を守ることはできない。彼女の残してくれた子供たちを守るためにも、私は投資を始めることにした。


 正直言って、今の状況では、これから先も株は値下がりする可能性は高いと思っている。少なくとも、あと2~3年は株価が急落することや、世界恐慌すら起こり得ると考えている。


 だから、私は投資に回せる余剰資金のうち三分の一で貴金属を買った。金とプラチナだ。平時においては資産価値の上昇率は低い。だが、インフレ時代には、物価に連動して値上がりしていく。安定した資産保持のためには、貴金属が良いのだ。購入先1社に限定するのではなく、2社に分散して、さらに金とプラチナに分けたのは危機管理のためだ。


 更に三分の一で、今度はアメリカ株を買った。安定度ということでは、むしろアメリカ株の方が急落して恐慌になる恐れはある。だが、一度急落して以降の回復力ということでは日本株よりもアメリカ株の方が上だろうと思ったのだ。2~3年はガタガタに下がっても、そのあと10年で回復するだろうと見込んだのだ。ただ、正直、今の円安から円高に戻っての為替差損の可能性はあるかもしれないと思っている。


 買ったのはGAFAMのうち、アップルとアマゾンとマイクロソフト。アップルのiPhoneというスマホブランドやiTunesが10年で滅亡するとは考えにくい。同じくWindowsパソコンとOfficeも簡単には滅びないだろう。アマゾンのネット通販もしかり。20年、30年の未来なら次のパラダイム・シフトによって滅びる可能性があるが、この2~3年の危機と向こう10年程度なら乗り切れると見込んだのだ。


 最後の三分の一は、日本の株や、ETFに回した。日経平均連動ETFのほかに、食品上場株連動ETFやエネルギー関連上場株連動ETFも買った。日本の株では、トヨタ自動車、三菱UFJフィナンシャル、KDDI、バンダイナムコ、旭化成、そして他ならぬKADOKAWAを買ってみた。あと、NISAでソニーグループ、積立投資で任天堂のミニ株も買っている。


 これらはもう、ひとつめの基準では日本を代表する企業を選んだ。こいつらが滅んだら、もう日本経済自体が滅んでるも同然だろうという企業ばかりである。その状況だったら現金で持っていたって紙切れ同然になっているだろう。それこそ『北斗の拳』の第1話冒頭の「今じゃケツ拭く紙にもなりゃしねえってのによぉ!」の世界である。


 あとは、自分になじみのある企業を選んでみた。旭化成は今住んでいる親の家をヘーベルハウスで建てたからである。大水害の中で唯一流れ残った頑丈さが示す安全感と安心感は危機の時代にこそ強いと信じている。KDDIは、私のスマホも家庭電話もauだからである。ちなみにメインのインターネット証券会社もauカブコム証券だったりする。なお、auカブコム証券はMUFGグループで、私の貯金のメインバンクである三菱UFJ銀行(=三菱UFJフィナンシャル)の子会社だったりする。こいつらは、日本を代表する企業であると同時に身近な存在でもあるのだ。


 バンダイナムコとKADOKAWAは、それこそ身近な存在として選んでみた。どっちも滅びてもらっては困る。そして、今までの粘り腰とエンタメ業界内での占有率から、簡単に滅びることはないと見込んでの投資である。ただ、何分エンタメ業界自体が水物で流行り廃りが激しいので、最悪こいつらでは大損こく可能性もあるとは思っている。


 任天堂で積立投資しているのは、それこそ初めての株投資での唯一の成功例だったことから縁起をかついだだけである。


 さて、これらに投資してみた結果として、今は損している。それこそ十万円単位で値下がりしている。2008年のあの時だったら、大慌てで即座に損切りして手じまいしていただろう。


 だが、私はもう知っている。投資とは1か月や2か月で結果が出るものではないのだ。結果は5年後、10年後に出る。


 それまでは、前と同じように株主優待でも楽しみながら、ゆっくりと待つつもりだ。それこそKADOKAWAの株主優待で「子会社電子書籍ストア マンガ・雑誌読み放題カード四ヶ月分」でも頂いて、楽しんでみるとするかな。


 

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株で大失敗したと思って11年……実は大儲けしてた件 ~もう無理だけど簡単に株取引で儲けられる方法に今更気づいてしまった(泣)~ 結城藍人 @aito-yu-ki

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