第9話 月が踊る夜

 あれは私が小学生の頃。


 夜、私と兄は祖父に連れられて、町内の神社に来ていた。地元では年に何度か、夜に町内の住民が神社に集まってお参りをする。その行事に、祖父はよく私たちを連れて行ってくれた。


 私たちはお参りそっちのけで、集まった町内の子どもたちと遊んでいた。普段は家にいるはずの夜に、外へ出て友だちと遊べる。日常とは違う雰囲気の中、私たちは神社の周りではしゃぎ回っていた。


 ただ、その日は得体の知れない出来事が起こったのだ。


 空を見ると、晴天の中に満月が浮かんでいたのを覚えている。


 すると突然、その満月がふたつに分かれた。分かれたほうの満月が、夜空をくるくると回る。さらに満月は分身するようにいくつにも分かれ、夜空を駆け巡る。まるで踊っているようだ。


 子どもたちは、夜空で起こる奇妙な天体ショーに興奮していた。「UFOだ!」とか言って、はしゃいでいた気がする。


 ただ、私はその踊る満月を見ていると、なんだか怖くなってきた。結局、祖父に連れられて早めに家路についたのを記憶している。家に帰る途中も、頭上を見ると、満月が空の上を動き回っていた。まるで追いかけてくるように思えて、私は泣きながら祖父に手を引かれて帰った。


 それにしても、あの踊る月はなんだったのか、今でもよくわからない。


 兄に聞いてみると、あの夜の出来事を覚えていた。しかし兄は、動いていた満月はひとつだけだったと言っていた。私も兄も幼かったから、記憶に齟齬そごがあるかもしれない。


 ただ、踊る満月を見たのは確かだ。兄は最後まで満月を見ていたそうだが、いつのまにか消えていなくなっていたという。


 けれども、ひとつ疑問がある。あの時、私や兄を含めて子どもたちは踊る満月を見て騒いでいたのに、大人たちはまったく関心を示さなかったことだ。


 祖父を含め大人たちはいつも通り神社でお参りをしていた。頭上では奇妙な出来事が起こっているというのに、空を見る大人はおらず、写真を撮る人もいなかった。まるで見えていなかったようだった。


 もしかしたら、子どもたちを驚かすために、だれかが空に月を映したのだろうか。


 けれども、目にした踊る満月は、本物の満月と瓜二つの姿をしていた。サーチライトのようなものを使ったとしても、夜空にあんなくっきりとした月を映し出すことができただろうか。そもそも、田舎で子どもたちを驚かすためだけに、そんな大がかりなドッキリをするだろうか。


 もしかしたら、私たち子どもは集団幻覚を見たのだろうか。あるいは本当にUFOだったのか。それとも、他の、得体の知れないナニカだったのか。


 ほんとに、あの月はなんだったんだろう……。




   『ホラー嫌いなオカルト好き』  終

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ホラー嫌いなオカルト好き 宮草はつか @miyakusa

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