創造と破壊

第38話 赫目の訪問者

「エレン…大丈夫…?………っ‼︎」

 紅く染まる彼女の手を見て衣吹が硬直する。




 

 エレンはどす黒い血が付いた口を苦しそうに歪めて話す。


「魔力の強い人は…そう永くは生きられない。日々膨張していく魔力量に身体が耐えられなくなっていくから…」




———————空気を入れ過ぎた風船はいつか割れる。




「私も…いつか、そうなるんだろうけど……怖い…」



 衣吹は何も言わずに彼女の背中を支えさすった。






 絞り出すようにか細い声でエレンは言葉を続ける。


「私が生まれ故郷にいた時はね、担当医が居たんだ。チャロアイト先生……私はチャロ先生って呼んでたんだけど。

その人のおかげで魔力量をある程度制御出来てて、こういう発作も全く起きなかった。

けれど、もう居ない。ヴィルジールがふるさとを襲撃した時に先生は私たち姉妹を庇って………うっ」


ペチャ…ペチャ…と滴る血液。




「本当に優しい先生だった。私を生かすために深夜も研究してくれていた。大丈夫だからね、何も心配しなくていいからねって頭をよく撫でてくれた……」




 二人で暮らすには広いこの家で、エレンがもう戻らない思い出を懐古かいこし呟く声だけが静かに響いていた。




「お姉ちゃんにも先生にも助けられてばっかりだな……このまま何も出来ずに死ぬのかな……?」




 ちらっと衣吹の方を見やるも、見ていられないとばかりに目線を落としたままだった。



「醜い義妹でごめんね……」


 その日の夜はいつもよりもずっと長く感じた。









 その日から数日が経った。

 エレンは普段と同様、学校で授業を受けていた。

 あの日から、血を吐くような発作はかろうじて起きていない。


 四時間目まで終わり、やんちゃで元気が有り余っているクラスの男子生徒たちは昼ご飯を爆速で食べ、競うように我先われさきにと校庭用のボールの奪取に走り向かって行く。





 エレンが通う学校の教室の前には『話し合いスペース』と呼ばれるこじんまりとした空間がある。


 机や椅子は無いが、複数の教室から繋がっている、ちょっとしたホールのようなものだ。外で遊びたい男子や他のクラスに行きたい生徒はそこを通る必要があった。





 昼休み、教室内外で一段と騒ぎ声が大きく賑やかになる。

 エレンもぐいーと伸びをしながら何となく教室の外へ出た。





 その時だった。突然妙な胸騒ぎがして心臓が一つドクンと波打った。



————————何……?何だか嫌な予感がする……怖い、…怖い……




 彼女がその場にしゃがみ込もうとした時、誰かの視線が強く突き刺さっている気がした。



錆び付いた機械のようにギギギと目を前方に向ける。



彼女の前を複数の生徒が気にすることもなく通り過ぎる中、こちらを向いて黒いマントを身にまといたたずんでいる一人の男がいた。



その目は真紅色で、ヴァンパイア姿のエレンの目よりも深く濃く、まるで血のように赤黒かった。


耳より少し長い位置で切られた髪は毛先に向かって白から紫色にグラデーションになっている。


歳は高校生くらいの青年。




漆黒のマントを羽織り、首元から紫と赤の目の形の首飾りを垂らしていた。



瞳の瞳孔は猫のように縦長で、その瞳がエレンの姿をじっと捉えていた。



「ひっ……」



心臓が激しく脈打ち、全身が警鐘を鳴らしている。


これは危険だと解っているのに脚がすくんでピクリとも動いてくれない。


エレンの顔はみるみる青ざめていった。




彼の左のこめかみ辺りから黒いコウモリの羽のようなものが生えている。

その特徴的な羽は忘れることがなかった。


彼女はその男の子に見覚えがあった。



風雅ふうが…………」



「お前と会うのは8年振りだな、随分良い身なりしやがって……ムカつく」



風雅と呼ばれるその子は縦長の瞳孔で彼女を上から睨みつけた。






風雅はかつて彼女の故郷を襲いエレン姉妹を檻に閉じ込めた蛇男────ヴィルジールの息子だ。



ヴィルジール程の威圧は無いが、毒が染み込んだような紫色の髪とコウモリの羽のようなもの、それに深紅の目と鋭い牙は父親譲りの代物だとひと目で分かる。






ヴィルジールと重なる姿。

自然と呼吸が速くなっていく。




動けないエレンにずんずん近づく風雅。



彼の手にはいつの間にか死神のような、彼の高い背丈を少し上回るくらいの高さの大鎌が出現していた。

先が鋭く光る鎌のには拳サイズの小型ランタンがぶら提がっている。





「な、なんの用……?」


エレンも彼を睨みつける。




「光はもう継いでるのか」

「光……?継ぐ……?何のこと……?」


風雅の眉間にしわが寄る。



「は?光術だよ光術。継いでんのが姉じゃないならお前しかいねぇだろうが。

折角、光が滲んでる姉を問い詰めたのにしらばっくれやがってよ、殺しても全然大量の光の気配ねぇし、ハズレで殺し損だぜ」




"光"のワードにピンと来ないエレンだったが、『姉』という語彙が出た瞬間に形相が一変する。




「ちょ、ちょっと待って。『姉を殺した』って言った……?流行り病で亡くなったんじゃないの……?」



「流行り病ねぇ……。俺の父親から『光を継ぐ者』を自分ヴィルの元へ向かわせろという命令があって、光のオーラがするお前の姉が居るここへ俺が五年前に来た」



「五年前って……」



「お前の姉レオナを見つけたが、こちらへ来ることを拒否した。俺は街に毒の噴霧を撒き病を流行らせた。

がしかし、それでも動かなかった。

命の危険があれば動くと思って首を掻き切った。全く抵抗しないから逆に引いたよ」




エレンは頭が真っ白になった。


────お姉ちゃんは風雅に殺された……?







風雅の存在に周りの生徒も気付いてざわざわし始めた。





「何アイツ!頭にコウモリみたいな羽付いてるぞ!髪ボサボサで傷だらけで臭そう~~~!」と


一人の男子生徒がわざとらしく鼻をつまむ仕草をした。




風雅の縦長の瞳孔がそちらを向く。





瞬きひとつする間にその子の首が飛んだ。



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星降る夜空と夜明けの光 衣都葉雫 @itohazuku_

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