第12話 ようこそ、幻想の世界へ ~ 究明:2



「……なんだって?」



 先程の言葉を聞いたビアドさんは驚愕するでもなく、渋らせていた顔を更に歪ませて、怪訝そうに僕を睨みつけた。


 彼の気持ちはある程度察せられる。


 大方―――



『テメェみたいなぽっと出のガキが、何言ってやがんだ』



 といった所だろうが、残念ながら今回の事件はそう難しいものでもなんでもなく、物事を冷静に俯瞰で見ることが出来る広い視野とほんの少しの猜疑心があったなら、誰でも到達できてしまうようなお粗末なものだからだ。


 ……だから、ここからは僕も言葉を選ばない。



「まず一つ。ビアドさんにお聞きしますが……。貴方は今回の事件、誰が犯人だと思っていますか?」



 この質問はただの小手調べ―――一つの確認作業でしかないことだが、今のビアドさんの凝り固まり、停止してしまっている思考を動かすにはには必要な手順だ。

 


「……それが分からねぇからこうやって調査隊まで組んで調べてるんだろうが」



 僕からいきなり投げつけられたその質問に対して、彼が出したのは答えですらない、曖昧な誤魔化し。


 ―――だが、それでは駄目だ。



「では、犯人がどんな人物だと思いますか?」


「頭のイカれた恐ろしく腕の立つ異常者。……それ以外には考えられん」



 次に彼から出てきた返答はそれらしく聞こえるものだが、僕が求めているのはそうではない。



「いいえ、ビアドさん。その答えは正解でもなければ、貴方の答えでもないでしょう?自分の思いだけをもっと正確に、簡潔に、答えてください」


「ッじゃあなんだってんだ!犯人がどんな野郎かなんてどうでもいいだろうが!」


「―――そうですよ。ビアドさん」


「は、はァ!!?」



 再三に渡る僕のこの問に痺れを切らしたビアドさんは、僕に向かって食って掛かろうとしたが、その言葉こそが僕の求めていたモノであり、そして―――。



「今回の事件の犯人は誰でもいいんです。どんな人物なのか、犯行の動機はなんなのか……そんなものは、どうだっていいんですよ」



 ―――何故ならそれこそが、今回の事件の真相なのだから。



・・・



 僕のその発言は思いの外響き渡り、数瞬の後、驚愕と沈黙を混ぜ合わせたような空気がこの場に漂っていた。



「ちょ、ちょっと待てっ!?い、意味が良く、わ、分からねぇぞ!?」



 ……が、その空気を破ったのはやはりと言うべきかこの人であり、あまりの衝撃に呂律が回っておらず、詰まりながらようやく吐き出した。



「いいですか、ビアドさん。今回起こった一連の事件の自体、犯人からすれば目的を達成するための一つ手段でしかないんです」



 集団の中の殺人という行為はかなりリスクの大きい行動だ。


 しかもその中のたった一人だけを殺し、痕跡を残さないようにするなんてのは途方も無いぐらい手間が掛かるし、そもそも今回の犯人程の腕前があったなら、闇夜に乗じて村民全員を殺して回ることだって出来たはずで、そちらの方がいちいち痕跡がどうのと気にすることもない。


 そして発見に至るまで時間も掛かる上に、逃走も容易にできる……それに異常者の目的が殺しだとしたなら、どうして態々各地でたった一人だけを殺しているのか、という疑問も生まれてくるが……そもそも、この前提が良くない。


 ここまでの話でなんとなく「犯人は単独」で「殺すために犯行に及んでいる」と勝手に決めつけているフシがあり、そうだと思いこんでいるビアドさん……いいや、調査隊のメンバーはこの2つの先入観に囚われてしまっている。


 だから、些細な違和感にも感づくことが出来なかった。



「そもそも、おかしくありませんか?犯人は誰にも見つからないために、態々目立たない位置に住んでいる人間を狙っているのに、あんなに派手な殺し方をして、それでいて足跡や小火なんていう証拠を残している。犯人の目的がもし殺すことが目的なら矛盾しすぎでしょう」



 ただ殺すことが目的なら、たった一人だけをひっそりと殺すのではなく、村一つが何者かに全滅させられていた方が納得できる。


 それに今回の犯人にはそれだけの技量があるのだから、出来ないということはないはずだが、それをしていないということは、犯人の目的は殺人以外の別にあるということなのだろう。


 であればその目的は何なのか、ということになるが……それももう、ここまでで答えは出ている。



「―――これはアピールなんですよ。これまでの犯行全て、ね」



 過去の事件と、その後起きた事件……それらからも分かる通り、犯人の目的の一つは自分の起こした犯行を誇示することだ。


 だけれど今回の犯人はわざわざ目立たないようにした上で、演出でもするように残虐な方法で人を殺し、一貫性のない犯行と行動を繰り返していた。


 無意味なほどに破壊された死体、殺人直後の不可解な行動、現場に必ず残されていた足跡、そして発見されやすくするための小火などの、共通して現場に残されていた証拠たち……。


 殺人という観点から見れば、これらの行動は全てが異常であり、意味不明だが、「目立つこと」という理由ならば全て一本に繋がる。


 これらの行為はあくまでも影の中に潜む犯人の残虐性、異常性……そんな印象を植え付けるために行われたただの演出に過ぎない。


 そして―――。



「……これら全て、今回の事件の犯人が『同一犯』であり『単独犯』である、と思い込ませるためのミスリードなんですよ」



 ここまで残されていた証拠と痕跡は、全て『同じ』で『単独』であることを示すものだった。


 そして1件目の事件の噂が拡散しきる前に、人の多い『ロワット』で更に印象強い事件を起こすことで、「前の事件と今回の事件、同じヤツが起こした」と言う先入観を植え付けた。


 それは調査隊を欺くため―――ではない。















 …………………………領民に、だ。



「過度に不安を煽るような不気味で恐ろしい犯行。まるで作り話にでも出てくるような都合のいい程に残虐で異常な殺人鬼。……そりゃあ、噂が広まるのも早い」



 犯人がこのティーツァ領で目立つように犯行を犯したのは、そうして領民の不安を煽り、恐怖を助長させ、混乱を普及させるためだ。


 広範囲で犯行に及べば自ずとその話題は尾ひれの付いた噂となり、そうして更に拡散した噂は憶測からありもしない実話を作り出す。



 そうなればもう、殺人などしなくとも勝手に自壊する。



「……つまり犯人の目的はティーツァ領民の信用を失墜させ、暴動を起こすこと、ですよ」



 そうして僕が一通り喋り終わった時、この場は再び沈黙が支配した。


 知らずの内に、この場に残っていた少ない探索者たちすらも僕の話に聞き入り、呆然とした様子でこちらを見ていた。


 それは彼らだけでなく、この場に居た全員が例外無く、そうだった。


 先ほどとは異なり数瞬なんて刹那の時間ではなく、それは1分近く誰も言葉を発することはなかったのは驚愕からなのか、それとも混乱からなのか……それはわからないが、調査団の面々は共通して、苦虫を噛み潰したような険しい表情を浮かべていた。


 

「……じゃ、じゃあ。それじゃあ、ヤツは―――ヤツら・・・は一体どうしてそんな事を?いや、そもそもどうやって―――ッ!?」



 彼らにとって永遠にも思えるようなその沈黙を破ったのはまたこの人ビアドであり、随分と久々に発したようにも思える彼の叫び声は、無念に嘆くように投槍気味に発せられたが、彼が口にできたのはそこまでで、ハッとしたように急いで口を噤んだ。


 仮にも彼は調査隊の纏め役としてこれまで指揮をとってきた人間だ。


 そんな彼がこの場で僕に答えを求めてはいけない。


 もし、ここでそれをしてしまえば、これまで彼らが積み上げてきたもの全てを放棄することと同義であるからだ。


 だが、この場の総意はそうではない。


 故に―――。



「……続けます」



 僕は静かにその続きを話し始めた。



・・・



 ここまでで犯人の目的は透けたが、肝心の犯人の姿はまだ掴めていない……が、それもこれまでの証拠や状況から考えれば自ずと見えてくる。



「―――まず、一つは各事件現場との距離。先程、ビアドさんは馬や徒歩でも間に合う距離だと言ってましたが……この2つはどちらもありえません」



 馬ならば馬が踏みしめた蹄や蹄鉄の跡があるはずで、痕跡をうまく隠したとしても、これほど広範囲で犯行をしていたのなら絶対どこかでボロが出る。


 それは徒歩でも同じことが言えるが……この2つの移動手段がありえないと言い切れる根拠は他にもある。


 馬の排泄物や、野営の痕跡など、見つかっていなければおかしいモノも現状見つかって居ない点もそうだろう。


 となれば、魔法という選択肢しか残っていないが―――。



「問題は〈転移〉の魔法ですが……これもまずありえない」



 この〈転移〉の魔法というのは相当高位の魔法であり、かなり高位の魔法使いでも使えないような代物だ。


 勿論、それを今回の犯人が使えた可能性はゼロではないし、『転移石』なんていうだれでも〈転移〉の魔法が一度だけ使える石もあるので、それを使ったと言えばそれらしい答えになるかも知れない。


 だが、魔法というのは足跡以上に痕跡が残りやすい。


 何故なら魔法が行使された後には「魔素」が残るからだ。


 この魔素というのは非常に残留しやすく、小さな魔法を使っただけでも3日から1週間はそこに残り続ける。


 当然これは規模の大きい魔法になるほど、多量の魔素が周囲に残ることになるため、もしどうあれ魔法を使っていれば分かるはずだし、何よりも〈転移〉の魔法には「目印」が必要であり、それすら見つかっていないとなるとこの可能性も潰える。



「じゃあどうやって痕跡一つ残さずにそこから次の現場へと行けたのか、ということですが―――」


「―――複数犯なら移動する必要なんかない……ッ!奴ら俺達がいる中で隠れてやがったんだ……チクショウッ!!!」



 犯人が逃走した痕跡がなかったのは、そこから動いていなかったからだ。


 調査隊がいる中で犯人は何食わぬ顔でそこに居た、ということになる。


 彼らからしてみれば、おちょくられているようにしか思えないその事実に、ビアドさんは僕の言葉を待たず、苛立ちと無念を顕にしながら机に握った拳を叩きつけた。



「……いや、待て。複数犯といえど元からそこに潜みでもしない限り、やっぱり移動した痕跡は残っていないとおかしいだろう。それに、足跡のことはどうなんだ。複数犯なら足跡はそれぞれ違うはずだろう」



 怒りの感情を吐き出して、ある程度冷静になれたらしいビアドさんが指摘したことは正しい……だが。



「足跡なんて、履き替えれば同じものを付けられますし、意味なんてありませんよ。だけど、痕跡は残っていないとおかしい。寧ろ、大人数であったならもっと、何かしらボロが出ていてもおかしくない」



 だが今回の事件が衝動的に引き起こされたものでないと分かった今、足跡なんてどうにでも出来るだろうが、移動の痕跡についてはここまで綺麗さっぱり、痕跡一つ見つからないのはおかしい。



「だから、犯人たちは痕跡が残っていても疑われることのないモノ……馬車を使ったんですよ」



 馬車ならば人目についても疑われることはなく、どれほど大人数だろうが確実に各地へ移動できる。

 


「い、いや、ち、ちょっと待て!馬車なんてもっとわかりやすいし、そもそも馬車の名簿も確認している!それは―――」



 ビアドさんの言う通り馬車には利用する際には、利用者名簿に自分の名前を記入して利用するため、たとえ偽名を使っていても不審な利用者がいれば分かるはずだ。


「い、いや……!?ま、まさか―――ッ!!?」


 だが、彼も全てを言い切る前に気が付いたのだろう。


 その……真実に。



「……そう。犯人が使った馬車は、調査隊の馬車・・・・・・ですよ」



 殺人鬼が出没しているこの時期に誰にも怪しまれること無くティーツァ領の各地へ移動でき、調査隊という立場で自分の存在を欺くことが出来る、これ以上ない絶好の隠れ蓑。



「なんたって犯人は、調査隊の中に紛れ込んでいるんですから……ねぇ!黒尽くめの傭兵さん?」



 そうして声を張り上げ、締めくくるようにそう言い放つと―――。



「―――ッチ」



 開け放されていた玄関から、はっきりと聞こえる程大きな舌打ちとともに、あの黒尽くめのフードの男がゆっくりと姿を表した。

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幻想世界の逸般人 ~TRPG風な世界に転生した廃人プレイヤーはハッピーエンドを駆け抜ける~ 戸口 トロ @toro_toro_106

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