第四刀 登場! 極悪風紀委員

「花、とっても良い香りだね」

「頭が痛くてそれどころではない」

「マグロ君の好きそうな花を摘んできたよ。頭に飾ってあげるね」

「今そこはたんこぶがあるから、触らないでくれないかオトギ」

「はい、アブラナ」

「おい! なんかベトベトするぞこの植物!」

「ふふっ」


 ひと騒ぎのあと、中庭に引き返して茶番の続きを行っていた二人。オトギはその緩やかなやりとりが気に入ったのか、真昼の溢れんばかりの陽気に照らされながら、明るい笑顔を見せている。

 顔についた植物の油を拭いながら、マグロは先のことを振り返った。


「なんだったんだあのご老人は……美少年でもないのにあの怪腕、あの強さ。只物じゃない」

「あの人は賽河原ムネチカさん。この学園の元生徒で、つまり元美少年でもあるんだ。原因不明だけどまだ当時の力が残ってるんだって。この学園の七不思議の一つだよ」

「なるほど、よくわからんが美少年時代の特異体質だけは健在なのか。当時はさぞ素晴らしい美少年だったのだろうな」

「ん? マグロ君はあの人と知り合いじゃないの? 向こうは何か知っている風だったけど」

「あんな変な老人と知り合いなわけないだろう。今回斬りかかったのもただの事故だ。しかしいい案だと思ったんだがな……結局真の美少年でもなかったし……」

「あ、それだよ! そもそもなんでマグロ君は真の美少年、なんてものを探してるの。下心がないなら尚更疑問なんだけど」


 オトギの問いに、マグロは少しの間口を閉ざした。それは次の言葉を言うべきか、あるいは言わないでいるべきかと迷っているようだった。


「生徒会に用があってな。と直々に言葉を交わせないものかと思案していた」

「会長に!? た、確かに生徒会長は最強の美少年だけがなれる、つまり『真の美少年』の役職だけど……もしかしてまた戦おうとしてるの?」

「フッ、一度負けたのにすぐ挑む馬鹿が居るか。次に戦う時は準備を整えてからにするつもりだ。今回は質問をしたいだけなのだよ」

「た、ただの言伝なら僕が伝えようか? 一応生徒会の書記なんだけど、僕……」


 オトギは半ば申し訳なさそうにそれを告げた。昨日、保健室でも名乗った通り彼は確かに生徒会役員の一員だ。しかし、どこかその立場に自分は釣り合っていないのだと不安を混じらせた表情だった。


「何をおずおずと。書記など生徒会では下っ端も同然だろう。俺は直接奴の口から答えを聞きたいのだよ」

「下っ端って……! 生徒会はこれでも凄い組織なんだよ! 学園の最高権力で、役員は皆日本の大企業の子ども。加えてその一声は学校長すらもひれ伏す程なんだから!」

「君もその一人だと?」

「うぇ!? う、うん……まあ僕のところは小さい会社なんだけど……まあ下っ端の書記と言っても実は結構重役を任されてたり? なんていうかその、もにょもにょ……」


 追求に言葉を濁し、弱々しい空威張りで終ったオトギを見つめ、マグロは微笑みながら小さくため息をついた。


「なに、生徒会が恐ろしい連中だということは良く知っているとも。軽んじたりはしないさ。そうだな……会長に会う為には奴を支持する副会長たちが最も厄介だ」

「副会長が? どうして……」

「この学園特有の、美少年同士のいさかいを美しく解決する決闘儀式『グロッサム』。元は絶対権力者の生徒会長に対して頻発した下克上を、当時の学園運営陣が美少年らしく美化させる為に制定された裏ルールだが、副会長率いるはこれを行わずに歯向かう生徒を始末すると聞く」

「……!」

「つまり、生徒会長に届き得る牙を持つ者は徹底的に潰されるということだよ……あくまで噂程度だがな。裏生徒会は通常の生徒会とは全く別モノの組織らしいから、その正体も一切不明と聞く……」


 マグロは(完敗しつつも)生徒会長と刃を交えた。彼が脅威と見なされれば、裏生徒会なるものが影から彼のことを狙うのは必然と言える。もしそんなものが存在するのならば……。オトギはマグロの考え込む表情から、その将来を僅かに案じた。そんなリスクを了承してまで、一体彼はこの学園で何をしでかそうと言うのか。


「ああ、いつ俺の純潔の貞操が汚されてしまうのか、これからの学園生活が気が気でないぞ、オトギ!」

「はは……楽しそうだね」


 危機感があるのかないのか良く分からない、そんな心配ごとに胸を高鳴らせる美少年をよそに、中庭の花は風と共に小さく揺れて笑っている。その草花の元気な姿を見ては、「平和なものだ」とオトギは心を落ち着かせていた。すると――




「……!? オトギ、伏せろ!!」

「えっ、なに!?」


 その朗らかな空気を裂くようにして少年の叫び声が突如響いた。まだ何の異変も起きない内に、マグロががなり声で叫び出したのだった。

 驚いたオトギはその場にしゃがみ込んで周りを見渡したが、しばらくの間それを続けていても、一向に何かが起きる気配はない。

 状況を理解できないままいたずらに時間が過ぎていくのを耐えかねて、マグロに発言の意図を尋ねようとした、その時——


「犬上ィ……! ちょっと銃口向けただけじゃねェか、ビビりやがって」


 その声は頭上よりやってきた。とっさに顔を上げたマグロがその声の主を探す。


「屋上か。君……さてはずっと俺達を見ていたな? このド変態め、姿を現すんだな!」

「あァ!? 殺気を放つまで気付かなかったテメェが鈍感すぎるんだろうが。このタコが」

「あ、あの綺麗な七三分けは!」


 屋上に立つその人影は、日光に当たって煌めく『何か』を両の手に携えていた。左耳に銃弾の形をしたピアスをぶら下げながら、得意そうに自身の七三分けをその『何か』の先で整えると、今度はそれを二人に向けて言い放った。


「俺ァ二年、風紀委員会副委員長の狂間くるまミコトだ! テメーさっき用務員の賽河原さんに手ェ出してたよなぁ!? ありゃ一体どういう了見だァ!?」

「おい、オトギ。嘘ついてるぞアイツ。どう見ても風紀を乱す側だろうあの態度」

「マグロ君、そういうのは話を合わせてあげるのが優しさなんですよ。本人はけっこー大真面目っぽいですよ」

「オォイ! なにコソコソ失礼なこと言ってんだテメエらァ! ――そんなに信じられねえならこれを見ろ。これが風紀委員たる証だろうが……!」


 そういって狂間ミコトがガチャリ、と音を鳴らして主張したのは、両の手に握られた拳銃。

 中学生が握るには少々大きすぎるその銃は、鈍色に輝く金属の銃身がいかめしさを醸し出す。そしてその持ち手――グリップの側面にはビブリアント学園の校章、銀色の二対の薔薇が刻まれていた。


「あれは……ビブリアント銀章! 学園ナンバー2の風紀委員にのみ授けられるマークですよ、マグロ君!」

「本当に風紀委員なのか? 虚言癖は後々痛い目を見るからすぐに辞めた方がいいぞ」


 依然として態度を変えないマグロに対しとうとうしびれを切らした狂間ミコトは、二丁拳銃の銃口をその眉間に向ける。


「馬鹿にすんのも大概にしろよォ……このアホダラァ!」

「……速い!?」


 ドォン、と重々しい銃声と共に弾丸が放たれた。同時に発射されたその弾は明確に、そして迅速にマグロの額へと向かって行ったが――


「――だが、問題ない」

「なんだと!?」


 その柔肌に着弾する前に、マグロの刀が見事それを弾いた。脅威の膂力りょりょくと反射神経に驚きを隠せない彼を見て、マグロは嘲笑とも取れる笑みを浮かべてみせた。


「あァ……? この野郎、あったまキたぜ。学園の風紀を乱しただけじゃなくこの俺をコケにしやがってよォ……覚悟は出来てんだろうな?」

「その風紀を乱した件についてだが……生憎心当たりが無いんだ。賽河原氏への攻撃について言っているのなら誤解だぞ。あれは……その、同意の上だ」

「嘘つけェ! 即斬りかかってただろうが!」


 殺気を強めた狂間が、ついに屋根から飛び降りて中庭の芝生へと着地した。


「おお。近くで見ると存外可愛いじゃないか、ミコト君」

「チッ、犬上ィ……お前みたいな頭のおかしいワル美少年ガキをのさばらせると、生徒会長の身に何が起こるか分からねえ。あの方の安全の為にも、テメェにはここで死んで貰わなくちゃならねェんだよ」

「なあ、風紀を取り締まるのならば戦い以外にしないか? 今日はどこも美少年が多すぎる。戦えば他の生徒にも危害が及んでしまうぞ」

「何生温いこといってやがる。ここは超人美少年が集まるビブリアント学園だぜ? 仮に弾が当たってもすげ~痛ぇだけさ、死にはしねェ。それに、他人を心配する余裕なんかあんのかよ?」


 問いに対し、マグロは自慢のボブカットヘアーをさらりと流す。よく手入れされ、フルーティな香りが揉み込まれたその頭髪は、そよぐだけで一体の空気を弛緩させた。


「あるから言っているのだがなぁ……」

「コ、コイツ……っ!?」


 満を持したマグロの挑発にとうとう我慢の限界が来たのか。狂間ミコトは鈍色の二丁拳銃を突き出して、マグロ目掛けて即座に、そして何発も撃ち放った。がむしゃらに放たれたかに見えた弾丸たちはその粗暴さに反して極めて正確である。まるで全ての弾丸が、マグロの眉間へと吸い寄せられていくように。

 負けじと弾きにいったマグロだったが、数発の弾丸がその身を掠め、激痛に唇を噛み締めてしまう。


「くッ! 連発されると捌くのが大変だな……!」

「まだまだァ!」

『しかもコイツ、いくらなんでも射撃が正確過ぎる……!』


 マグロは迫りくる弾丸の嵐に、瞬き一つせず立ち向かった。対美少年用に強化されたその弾丸は通常のそれよりも硬く、重い。なので刀で弾くごとに体力を奪う。刀から絶え間なく伝わる衝撃に手先が痺れてきた頃。とうとう刀身そのものに大きなヒビが入った。


「キタ! そこだァ!」

「ぐおッ!?」


 パキンッ!


 ヒビの入った箇所が的確に撃ち抜かれ、刀身は粉々に砕けてしまった。獲物を失ったマグロは、手持無沙汰になりながらも次に迫る一発を強く警戒した。


「さァどうするよ? このまま死ぬか、あァ!?」

「まずい、マグロ君!」

「君は下がってるんだ、オトギ。ここから先は力ある美少年の戦い。近くに居ると大怪我をしてしま――」

「頑張って~!」

「――って遠っ!?」


 マグロの心配も空しく、オトギは既に中庭から遠く離れ、建物の窓からエールを送っていた。


「よそ見すんなよなァ……?」

「しまっ……!」

「『死に至る愛別の弾丸ラヴ・ポイント・ショット』ォ!!」


 狂間が叫んだおかげで、マグロは幸いにも咄嗟の反応が可能だった。異能により刀を生成、そしてそれを即座に握り、彼が狙ってくるであろう眉間に力強く据え置く。それは決して急所を外さないという彼の腕前を信用しての命がけの行為だった。しかし――


「……ぐあァッ!!」

「マグロ君!」

「――ハハッ!」


 マグロの思惑は全て読まれていた。狂間の放った弾丸は刀により真っ二つに裂かれたが、それらがそのまま見当違いの方向に散ることはなく——切り裂かれて別れたそれぞれの弾丸が、今度はマグロの双眸に向かって直進したのだ。

 意表を突かれたマグロはその攻撃を防ぐ術がなかった。あえなく後、マグロは目から多量の出血をおこして刀を手放す。そして、その場で天を仰ぐように倒れてしまった。


「フン、少し本気を出すとすぐこれだ……あっけねえぜ、風紀委員の仕事っていうのもよォ」


 狂間が片方だけ銃を構え、マグロの肺を狙う。その胸部は、まだ小さく呼吸を続けているため小刻みに揺れている。狂間はゆっくりと引き金に指をかけ、少し間を開けると、一呼吸ののちに覚悟を決めた。


「――それじゃあ死ね、犬上マグロ」


 ドォンッ!

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