第三刀 始業式までにすべき三つのこと

「始業式までにすべき三つのことがある」

「な、なに? 急に声高らかに語りだして」

「今日一日でそれをやってしまおう。展開は早ければ早いほど良いからな!」

「だから、何の話?」


 ビブリアント学園、新一年生達の住まう寮の一室で、相部屋の犬上マグロと三宝界オトギは朝から言葉を交わしていた。

 マグロはオトギの質問には答えず、彼の手を引いて再び高らかに叫ぶ。


「まずは学園を見て回るぞ、オトギ!」

「わわっ!」


 始業式は明日。束の間の余暇の一日を、二人は眼を輝かせて始めたのだった。



 ここビブリアント学園は、都心部の中央に位置する『美少年だけが通う中学校』。

 ここでは始業式までの三日間、寮暮らしの生徒たちが学園について少しでも理解を深めようと、その小さな靴音を可愛く鳴らしては学園中を歩き回っている。

 犬上マグロと三宝界オトギも例に漏れず、その美を存分に振りまきながら学園を駆け巡った。


「フランス、パリのヴェルサイユ宮殿の鏡の間を思わせる回廊。その大きさや装飾には思わず目を見張る時計塔。様式を重んじながらも最新機能を兼ね備えた大型食堂。そして春の陽気を一身に浴びることのできる大きな中庭。やはり良いな、ビブリアント学園!」

「やはり? 前にも来たことがあるの?」

「ン、ゴホン! 少し下見に来たことがあるだけだ」

「ふうん……?」


 そうして一通り学園中を回った後、二人は中庭に落ち着いてティータイムと洒落こんだ。陶器の心地よい音以外は、春の風と、草花の擦れ合いと、美少年の談笑だけが中庭に満ちていた。


「まだ見ていない所もあるが、とりあえずお気に入りの場所は決まった。この中庭が素晴らしい。特に花が綺麗だな、オトギよ。匂いが少し強いのが気掛かりだが……」

「そうだね、マグロ君。でも、今日は午後に雨が降るらしいから、きっとその後にはいい塩梅になってると思うよ……ふふ」


「すげえ、あの二人……」

「美少年だ、美少年がすぎるぞ……!」

「おい、誰か声かけろよ!」


 クールビューティのマグロ、ゆるふわ可愛いオトギ。相反しながらも親和性の高い眉目秀麗の最たる二人が草花と共に広げるその空間は、まるで会話さえも美しいものと周囲を錯覚させていた。

 中庭では遠慮がちに彼らを取り囲んで、既に十数人の人だかり、いや『美少年だかり』が形成されている。

 マグロはその光景を見て薄いピンクの口元を歪ませると、不敵にニヤニヤと笑いだした。


「ま、マグロ君? 表情がキモいよ……?」

「言うなオトギよ。こんなに沢山の美少年に囲まれれば、多少顔が歪んでしまうのも無理はないだろう。――しかし、この中庭を選んで正解だった! 美少年が一望できるぞ!」

「言ってることもキモいね……念のために言っておくけど、このビブリアント学園では不純同性交遊は禁止だからね?」

「案ずるな。なにも下心があってこんなことをしているのではない。全ては始業式までにすべきことその二、『を見つける』為なのだよ」

「真の美少年?」

「そうだ!」


 マグロは突如その気になり、威圧的に仁王のごとく立ち上がった。その佇まいはさながら入学式の時のようで、麗らかな空気に騙されていた美少年だかりでは、途端にどよめきが席巻する。


「ちょっと、はしたないよ! 皆ビックリしてるじゃないか! まるで入学式の時みたいな殺気を放って――」

「そうだろうな。あれだけのことをしたのだ。学園中でさぞ話題になっていることだろう。加えて目の前の絶世の美少年がその人だと分かれば、かように驚くのも無理はない。特に新一年たちは物凄い慌てようだ。そんなに俺が美しかったのか?」

「ちょっと自画自賛が入っているのが癪だね……」

「だがさっきも言ったように、俺は真の美少年を探しに来た。見ろ、如何に美少年と言えども驚き動揺すればその美しさにほころびが出る。取り繕った外面の美は、臆病な内面の発露によって崩れるのだ。つまり、真の美しさは見た目ではない。その内側にこそ在る。俺の姿を見て、その凶悪さを理解して、それでもなお動かなかった者こそが――」


 マグロは中庭をぐるりと一望した後、たった一人だけ異色の気配を放つ人物を捉えた。左手に刀を生成し、それを抜き取って構える。


「真の美少年だ! 見つけたぞォ!」

「ちょ、マグロ君!?」

「喰らえ、犬上真黒が奥義を――」


 庭の土を抉る勢いで蹴りだすと、マグロはその存在に向かって飛びかかった。ソレは脅威が眼前に迫りながらも、一切揺れず、そして逃げようともしない。近づけば近づくほど、マグロの期待は徐々に跳ね上がった。しかし――


 キィンッ、と鋼鉄の弾かれる音がマグロの耳をつんざいた。


「なんだと!?」

「犬上マグロ……生徒会長だけでなくこのワシにも刃を向けるのか……ほっほっほ」

「ま、マグロ君! 君が今斬りかかったのは美少年じゃなくて――」


 背後でオトギが叫んでいた。彼の言う通り、マグロの眼前に立ちその刃を余裕そうに受け止めたのは、瑞々しくうら若い美少年などではなかった。柳のように曲がった腰に、年季を思わせるしわがれた手元。岩のように刻まれた皺の数々が、かえって厳かな表情を作り出す。それはおよそこのビブリアント学園には似つかわしくない、『ただの老人』であった。


「用務員の賽河原さいがわらさんだよ!」

「なっ……こんなただのジジイが俺の攻撃を!?」

「隙ありィィアア!」


 賽河原はマグロの刃を受け止めていた鋼鉄モップから手を放し、高々と拳を持ち上げた。そうして陽の光を帯びたその拳骨は、一呼吸分溜めてから、そのまま彼の頭頂に向かって勢いよく振り下ろされた。


「『ジジイメテオ』ッ!!」

「ぐおッ!?」


 今度はとても鈍い、骨同士のぶつかる音が響いた。技名の冠されたその一撃を喰らったマグロは、声を上げることも出来ずにその場で身もだえることとなった。不意打ちとは言え、マグロは生徒会長獅子王スバルに目前まで迫った男だ。その彼が拳の一振りで地に伏されていた状況に、オトギは驚きを隠せなかった。


「噂の『ジジイメテオ』、まさかここまでだなんて……」

「オトギ君」

「ひゃ、ひゃい!」

「ほっほっほ、そう怖がらなくてよい。この馬鹿にもう一度校則を覚えさせてやってくれんかの。次誰かに問答無用で喧嘩を吹っ掛ければ、今度こそ退学必至じゃと」

「はい、十分注意しておきます、すいません……!」

「しかし、こんな可愛い子に謝らせるなど、相変わらず駄目な美少年じゃな。マグロは……」

「……? 賽河原さん、それって――」

「オトギ君よ。この馬鹿をよろしく頼むぞい!」


 意味深な言葉を残したかと思えば、賽河原は掃除道具を担ぎ直して早々にその場から去った。唖然とするオトギだったが、一方のマグロは赤子のようにうずくまり、たんこぶを押さえてその場に倒れたままだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る