第4話 動けない


 どうしよう。どうしよう。


 ぐるぐると考えていたはずなのに、気がつくと普段と同じお出かけのしたくで娘をベビーカーに乗せ歩いていた。

 身に染みついた行動ってすごい。

 ここはどこだろう。ああ、スーパーに行く途中か。今日は特売だから買い物に行きたかったっけ。


 でもどうしてそんな。

 野垂れ死にたいんじゃなかったの。この子を捨てて。消えたいんじゃなかったの。

 なのに特売って。




 我に返って立ち止まると、今度は動けなくなった。何もない道端で。


 ベビーカーに座った娘はおとなしく周りを見ている。

 扱いにくい子じゃないと思う。ありがたい。これが癇癪持ちの病気持ちなら、私はどうなっていただろう。

 私は甘ったれた母親だから、子どもを殺したりしたかもしれない。



 大きな後ろ頭。ぷっくりした頬っぺ。

 やっぱり空豆の形だ。

 それに唇は富士山の形。


 このかわいい生き物は、誰かが育ててやって下さい。

 私じゃだめ。私じゃ幸せにしてやれない。


 だって私は野垂れ死にたい。




「わんわ!」


 娘が突然指さした。散歩する犬。

 え。


「わんわ! わんわ!」


 繰り返す。今、わんわん、て言ったの? 初めて喋ったの? すごい。



 でも、ママ、じゃないんだ。

 犬に負けたのか、私。ははは。


 ああだけど、パパ、じゃなくてよかった。そんなこと言われたら野垂れ死ねない。自分を殺す。本当に。



 娘が足をぴょこぴょこしてベビーカーの上ではねる。

 わんわんが言えて嬉しいんだね。すごいね。大きくなっていくんだね。

 ああ膝掛けが落ちた。拾わなきゃ。そう思ったのに動けない。


 犬の行った方を指さしながら、反りかえって私を見上げる。

 うん、そうだよ。あれがわんわん。そう言ってあげたいのに声が出ない。


 犬の行った方を指さしながら、ベビーカーから身を乗り出す。

 そうね。わんわんの方に行きたいね。犬を追ってあげたいのに歩けない。


 動かない私に焦れたのか、娘はベビーカーの中でドン、とひっくり返ってみせた。背もたれが軋んだと思うと、娘が泣き出す。

 あ、この子、今ので足をぶつけたわ。フロントガードにガツン、てやった。

 ああ痛いよね。さすってあげたい。




 でも私、もう動けない。






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