まーちゃん、怖い夢みるね(汗



だが、そこから私の体が朽ち果てるまで、私の意識はそこにあるのだった。


死体であるはずの私は、体が死後硬直するのも、自分が汚物を垂れ流すのも、感じていた。


耐えきれない臭いを発する体。炬燵に入ったまま、春になっても誰も見つけてくれない。


蛆が集り、訳の分からない虫たちに食い荒らされ、見るも無残な状態だ。


部屋には成虫になった蠅が飛び交う。




夏が近づくある日。


「あのですね、異臭がするし、四六時中テレビがついているみたいだし、気味が悪いんです。あの部屋」


「あそこは確か、真澄っていうおばさんが住んでいましたよね」


「そうなんです。あのおばさん、何を言ってもムスッとしているから声を掛けづらくて」


「ちょっとあの部屋見てきてくれませんか」




そんなやり取りが市営住宅のまとめ役の男性と住人との間であった。


まとめ役男性は、私の担当をしてくれている社会福祉士と一緒に、私の部屋のドアを開ける。




一斉に大量の蠅やらが部屋から飛び出した。


その先にあったのは、それは人間だったのかと問いたくなるような汚い、気持ちの悪い物体だ。




私がそれなのだ。




「真澄さん」


社会福祉士はそう呟いて、すぐさま吐き気を催しハンカチで鼻を覆った。


まとめ役男性がまとめる。


「ああ、やっぱり。こういう出来事に出会うのは初めてではないのですが。孤独死ってやつですね。この国の偉い人達は、弱者を切り捨てている。あの、利益だけ追求している偉い人達に、この状況を自分の目で見てもらいたいものです」




そこで私の夢は終わった。


そこから派生する夢もいくつか見る。


私が孤独死して事故物件となった部屋が、怪奇現象があるとしてネットの動画でとりあげられていたり、事故物件を取材するユーチューバーがインタビューで私を嫌っていた奥様に「あの部屋には偏屈なオバサンが住んでいたのよ」と言わせていたり、といったものだ。




私は常々、最悪の悪夢は今生きるこの現実だ、と思っている。


だが、この夢を見た後は、現実けっこう恵まれているな、とほっと胸をなでおろす。








「イカちゃーん」


いつの間にか、私はグエンくんをイカちゃんと呼ぶようになっていた。


グエンくんは、他の人の食事の介助を終えると、ちょっと困ったような苦笑をその顔に浮かべながらこちらに小走りできた。


「まーちゃん、僕はイカ(烏賊)じゃないよー」


と言っている。




私は碇グエンくんを特別な存在だと思い、イカちゃんと呼んでいる。


「碇くん」と呼ぶと、他の「碇」姓の人間を思い出すので、親しみを込めてそう呼んでいるのだ。




碇陸翔主任を思い出すのは良いのだが、碇藤久、私の元カレを思い出すのはなんだか嫌だった。




「イカちゃん、今日はわし、孤独死する夢を見て気分が落ち込んでいるんだよ。励ましとくれ」


「孤独死。まーちゃん、この国で生きているんだから、孤独死なんてしないよ。心配しないで」


「怖かったんだよ。励ましとくれ」


「う、うーん」


と困ったグエンくんは、他の介護士に何か耳打ちをされると、パッと顔色が明るくなった。




「まーちゃん、今日はまーちゃんの教え子さんたちがまーちゃんに会いに来てくれるんだね。楽しみだね」




そうだ。二週間前くらいだったろうか。社会福祉士の方から、私と共に世界と、国と戦っていた私の同志、教え子たちが私を訪ねてくると聞いていた。




私の部屋のドアをノックする音がした。


「どうぞ」






「真澄先生」


「真澄ちゃん、年取ったな」


「まるっきりバーちゃんじゃん」




最初に声をかけてくれたのが松沢。私の姿を観て率直な感想を伝えてきたのが野村。野村に乗っかって弄ってきたのが笹田だ。


そして、その後から渋々来るしかなかったというような雰囲気を醸し出しながらやってきたのが、森下だ。


森下アリサ雪乃。


「先生」




「皆、よく来たね」


私は四人に笑いかけた。


すると、雪乃が何の前触れもなく、何かの脈絡もあったのかと問いたくなるようなことを言った。


「真澄先生、あなたのお陰で、私の人生は不幸でした。どうもありがとう」



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碇くんと私 久保田愉也 @yukimitaina

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