結『始まりの終わり』

 今までの自分の信念が、まるで嘘だったかのように、腹の底から出た本音。


「ぶっ倒してやる……‼︎」

「それはコッチの台詞セリフだ。蛆虫」


 狩斗はネクタイをガッと掴み、無造作に外した。それを後ろに放り投げ、シャツの第一ボタンも外す。


「はあッ‼︎」


 渉が念動力を放ち、狩斗に迫る。しかし狩斗は体を極限まて低くしてそれを回避。


「な⁉︎」


 そのままグングン加速していき、一瞬で渉の真前に辿り着く。その勢いのまま拳を渉の腹に叩き込み、渉は吹っ飛んでいった。


 渉は地面に転がりすぐまた立ち上がる。腹を抑え、狩斗を睨みつける。


「運動神経とは……」


 狩斗は渉を殴った右手をプラプラと振り、話し始めた。


「運動神経とは、正確には脳でイメージした動きをどれだけ正確に体に伝えるか、というものだ。私の能力は自分の脳内で作った動きを寸分の狂いもなく完璧にトレースする。簡単に言えば運動神経を極限まで高める能力だ」

「……」

(……それにしたってあの速度はいくら能力者といえどもそうそう出せるものじゃない……エネルギーによる身体能力強化が凄まじいのか……)


 渉は拳を構え、狩斗に向かって走り出した。狩斗も構えを取り、受けの態勢に入る。直後、両者の間の地面が迫り上がってきた。


「ッ⁉︎」


 渉はその土の塊に触れると、能力を発動。触れていた付近の土が狩斗に向かって射出された。


 狩斗は拳を振り抜きそれを破壊。反対の腕で直後に突っ込んできた渉の拳を受け止めた。


 瞬間、狩斗の腕に衝撃が走った。一箇所を何発も殴られた感覚。


「な……⁉︎」

(念動力を高速で打ち出したのか‼︎)


 両者はお互いに後ろに跳び、一旦距離をとる。


(こいつ……さっきまで蟻1匹殺したこともないような奴だったのに、一瞬でエネルギー操作の勘を掴みやがった‼︎)

「……この非国民がァ‼︎」


 狩斗が地面を蹴った……その時、空気が揺れた。地面が割れ、爆音が響き、狩斗が一瞬で渉に接近する。


 狩斗が放った拳を、渉はかろうじて掲げた腕で受けた。しかしそのパワーは凄まじく、渉は踏ん張ることもできずにまた吹っ飛んでいった。


「グアッ‼︎」

(速い‼︎ さっきの台詞セリフは本当だ‼︎ 並の自動車どころか、最低でも時速80……下手したら100キロは超えてる‼︎)


 渉が姿勢を正して顔を上げた時、目の前にあったのは狩斗の拳だった。渉が吹っ飛んでも狩斗は足を止めず、渉を追いかけていたのだ。


 嫌な衝撃と共に、渉の顔面に狩斗の拳が直撃した。そのまま地面に振り下ろし、渉の頭を地面へと叩きつける。直後に地面に走る大きな亀裂。


「ガッ‼︎」

「死ね売国奴‼︎」


 地面に倒れた渉に向かい、狩斗は凄まじい拳のラッシュを叩き込んだ。拳が一回渉を殴る度、血が撒き散らされる。


 狩斗が右の拳を振りかぶった時、狩斗の動きがビタッと止まった。さらに一瞬間を置いて、上空に吹っ飛んでいく。


「グアァッ‼︎」

「はあああ‼︎」


 渉はさらに狩斗の向かって手を伸ばし、上空の狩斗を捉えた。上に吹っ飛んでいた狩斗がまたピタリと止まり、今度は地面に向かって落下していく。渉の念動力で狩斗を下に落としているため、その加速度は地球の重力加速度など裕に超えていた。


 しばらくして狩斗は地面に激突。渉は尚も力を解くことなく、狩斗を投げ飛ばした。狩斗は自分の車に激突。


「ゴハアッ‼︎」

「ウッ‼︎ ハア、ハア、ハア……」


 力を解いた直後、渉の頭がズキズキと痛んだ。能力を酷使しすぎた反動か、はたまた酸欠か、意識も少し朦朧としている。


 狩斗は身体中から血を流し、白いシャツが紅く染まっている。よろよろと立ち上がり、渉を睨む。


「国の意思である私に、これほど傷をつけるとは……絶対に許さんぞ蛆虫が‼︎」

「……確かに、この能力は決して善いものではないのかもしれない……けど! 俺も角美さんも銅板さんも海も! これで世界をより良くしようと努力している! これからの可能性を潰し、仲間を傷つけるお前達が正しいとは俺は絶対に信じない‼︎」

「……ああそうかい。お前の考えはよーく分かったよ。だから早く死ね‼︎」


 瞬間、ゾッとするような悍ましい気配が狩斗から発された。同時にまた空気が震え、時速100kmを超える速度で狩斗が走り出す。


 渉は9割勘で念動力を狩斗に伸ばした。繋がった瞬間に狩斗の動きを止めようと能力を発動する。しかし。


(グッ……抑えきれない‼︎)


 一瞬狩斗の動きは遅くなったものの、電気のスパークのような音と共に狩斗は念動力を弾き飛ばす。再び加速し、渉の頭を地面に叩きつけた。


「ガハッ‼︎」


 さらにその速度はそのままに、渉を地面に押し付けたまま直進。アスファルトを砕きながら突き進む。


 狩斗は最後に渉を上空へと投げ、落ちてきた渉を蹴り飛ばした。渉は大量の血を撒き散らしながら吹っ飛び、地面に転がる。


「グアッ‼︎ ガッ‼︎ ハア、ハア、ハア……ガハッ!」


 地面に倒れたまま血を吐き、渉は荒い息を続けていた。


「……渉」

「……角美さん……‼︎」


 渉が倒れている場所は、角美がいる場所のすぐ近くだった。苦しそうな角美の声が、渉の耳鳴りが酷い耳に届く。


「すみません……‼︎ 捉えきれない……‼︎」

「……渉も全力を出して」

「え……?」

「ずっと……アタシの止血をしたまま……戦ってたでしょ?」

「そ、それは……」

「アタシは大丈夫……数分なら生きられるから……」

「でも……‼︎」

「貴方が負けるということは、この先の能力者が国に虐げられることと同じ事……‼︎ 銅板さんも海も、きっと苦しい思いをする……これはただの喧嘩じゃないんだよ」

「……ッ‼︎」

「だから……ね?」


 角美は渉と初めて会った時のような、悪戯っぽい笑みを浮かべた。見開いた渉の目には決意が漲っている。


 しかしその直後、渉の横っ面を狩斗の拳が打ち抜いた。渉が吹っ飛んでいった直後、角美の傷口から血が流れ出した。


「グ……ッ‼︎ ……勝てよ……渉」


 渉は空中で身を捩り、地面に着地。すぐ目の前まで接近していた狩斗の腹を殴る。同時に辺りの地面からアスファルトを剥がし、直径1メートル強の塊を6つ生成する。


 渉の頭上に浮かんだアスファルトを、狩斗の頭上に叩き込む。他の5つは周囲をグルグルと周り、速度が上がっていっていた。


「ゴアッ‼︎」


 渉は狩斗の方に人差し指と中指を向け、能力を発動。指を上に振り上げると同時に狩斗の体が宙に浮いた。


 そこに前後左右あらゆる角度から5発、アスファルトをぶつける。


「な……ッめんなァ‼︎」


 最後のアスファルトは狩斗の回し蹴りで砕かれ、念動力も切断された。地面に降りた狩斗は渉の方を向きながらバックステップで距離をとっていく。渉は狩斗目掛けて念動力を伸ばした。


「学習しろゴミ虫がァ‼︎」


 狩斗は右に跳躍し、念動力を回避。しかし渉は尚も念動力を伸ばし続けた。しばらくして伸ばした両の拳を握り、弓を構えるように後ろに引く。


「……あああああああ‼︎」


 渉の脳がズキズキと痛む。腕が重くなり、息が荒くなっていく。


 ……その瞬間、空気が唸る音が辺り一帯に響いた。狩斗の付近が陰に覆われ、ガサッという音が後ろから聞こえる。振り向くとそこにはポテトチップスの袋が落ちていた。


「……は?」


 狩斗は上空を見上げた。


 そこに浮かんでいたのは、地面に埋まる配管ごとくり抜かれたコンビニエンスストアだった。


「な……⁉︎」


 渉が能力を全力で酷使することで成し得た芸当だ。このような小規模店舗は軽量鉄骨造(S造)という構造で作られており、その重量は50tは下らない。


(まずい‼︎)


 狩斗がそれを認識した途端、上空のコンビニが落下を始めた。当然渉もそれを下に叩きつけようとしてちるわけで、ドンドンと加速している。


 狩斗は咄嗟に前方に跳ぶため足に力を込めた。しかし狩斗の足は巨大な氷に覆われており、それは叶わなかった。


「は⁉︎」

「へへ……連携プレイってやつよ……」

「このクソアマッ……‼︎」

 

 狩斗がそれをどうこうする隙も無く、50t以上の質量をもつコンビニエンスストアが、狩斗に落下した。


 凄まじい音が響き渡り、地面が割れる。土煙が辺りを包み込む。渉はすぐさま角美に駆け寄っていった。


「角美さん……‼︎」


 射程距離に入った瞬間、能力を発動。血溜まりの広がりが止まった。


「……ほら、言ったでしょ、大丈夫だって……」


 その時、ガラスが割れる音が木霊した。見れば商品が飛び散ったコンビニの上に、狩斗が立っていた。しかし狩斗は頭から大量の血を流し、これではあまりにも……


「……」

「テメェら……絶対に……ぶち殺……‼︎」


 そう叫ぶと狩斗は地面に落下した。それからはピタリとも動くことはなく、血が垂れるだけであった。


「……死んだ……?」

「いや、気絶しただけかと……恐ろしい人だ」


 それからは、無音の時間が訪れた。戦いの余韻を噛み締めながら、2人は銅板と海が来るのを待った。









 狩斗が渉に敗北して以来、国の刺客は来ていない。角美、渉共に科学エネルギーの力も相まり一日で完治。銅板らは場所が割れている現在のSELを放棄し、移動することを決定した。


 3月28日。旧SELにて、渉ら4人と海と戦った男、新相にあいたけるは資料を整理していた。


「な、なんで俺まで……」

「国から逃げられるようにしてやったのはアタシ達なんだ。こんぐらい手伝いな」

「へいへい」


 渉は資料が詰まった段ボールを3つほど抱え、外の車へと運ぶ。


「ち、ちょっと渉、さすがに3つは……」

「大丈夫だ! 海もまだ体調が優れないのなら、休憩をしておくといい!」


 渉が扉から外に出ると、建物の壁に腕を組んで寄りかかっている銅板がいた。銅板は真剣な表情で空の一点を見つめている。


「……銅板さん?」

「あ、ああ。すまない、少し考え事を……これからも能力者は増え続けるだろう。仮に国が能力者の殲滅を望み続けるのなら、今回のこともある、かなり強引な手段を取ると考えられる。もしそうなったなら、一般人への危害も出てくるだろう」

「……大丈夫じゃないですか?」

「え?」


 車に段ボールをドンと起き、渉は銅板の方を振り返った。


「そうならないために、俺達がいるんですから。能力者はこれからの世界をより良くできる存在です。俺がいるかぎり、そんな未来は訪れません!」

「……フッ、ああ、そうだね。今はそんなことを考えてもしょうがない。と言うより研究所の再建のめどが立っていないことの方が大変だ」


 その時、角美と海も資料を抱えて外に出てきた。


「ていうかさ、能力者って言うの長いから他の名前考えない?」

「い、いきなりですね……」


 と、海が呆れ顔を作る。渉と銅板も「確かに」と腕を組む。しばらくして渉はパッと顔を上げた。


「……これからの社会を形作るものという意味で……『原子』……てのはどうでしょう」

「原子か……いいね! かっこいい!」


 角美がそんな呑気なことを言った時、少し強い風が4人の頬を打った。ふと空を見上げると、東から昇った太陽が、雲を押し退けるように光を放っていた。それは試練を乗り越えた原子達への祝福のようであり、またこれからの未来を表しているように渉は感じた。

 

 この時期は新しい生活が始まり、陰気が貯まる時期だ。しかし春に入っていくにつれ、空気は暖かくなり人々の心も穏やかになっていく。4人はふと、そんな穏やかな未来が訪れればいいな、と心の中で呟いた。



※※※※※



私の近況ノートに裏話やキャラクター名鑑のあるあとがきがあります。よければ。


https://kakuyomu.jp/users/ScandiumNiobium/news/16817139558657261904

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開闢の原子 Scandium @ScandiumNiobium

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