5-9 三人の婚姻

●本編「5-9-2 三人の婚姻」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556869781952

の、改稿前バージョンがこちらです。




 マルグレーテは、一周目同様、縛られて転がされていた。


「モーブ。ランちゃん……」


 なにか言いたげに、俺を見上げてくる。


「わかってる。なにも言うな」

「うん」


 マルグレーテの体を抱き起こした。先程は震えていたが、今回は違う。安心し切って、俺に体を預けている。


「ラン、チョーカーが先だ。俺は胴のいましめからやる」


 小声で指示した。


「わかった」


 しゃがみ込んだランがチョーカーに手を当て、詠唱に入る。


「一応確認しておくが、覚えてるな」

「ええモーブ。……全部」


 マルグレーテは頷いた。


「いいか、最初にタコを倒す。砂野郎は後回しだ」

「わたくしも、そう考えていたわ」

「よし。偉いぞ」


 頭を撫でてやると、真剣な瞳になった。


「モーブ……今度は死んじゃ嫌よ。モーブが死んだら……わたくしも……」

「言うな。今は勝つことだけを考えるんだ」


 髪をくしゃっと撫でてやった。


「そうね。……ごめんなさい、戦いの前だというのに」

「なに、今回は俺達が勝つ。楽勝さ」

「モーブって……頼もしい。……好きよ」

「ありがとうな、マルグレーテ」


 俺が胴を解放した頃、ランもチョーカー除去に成功した。


「よしラン。お前は脚の縄を切れ。いいか、ゆっくりだぞ。縄を切るまでは、おそらく敵は現れない。俺を油断させ、無敵技を使うよう仕向けるために」

「うん」

「マルグレーテはほら、これを使え」


 魔法力を上げる杖を懐から出すと渡した。


「助かるわ」

「お前を助けようと焦るあまり、さっきは忘れていたからな」

「モーブったら、あわてんぼさんね」


 瞳が緩んだ。


「ふふっ」

「それにこれもだ」


 ポケットから、俺は指輪を出した。マルグレーテの母親に預かった品を。


「ほら。魔力を高めるんだろ、これ」

「えっ……」


 マルグレーテは絶句した。俺の手のひらにある小さな指輪を、まじまじと見つめている。


「これ、どうしたの」

「お前の母親から預かった。必ず俺から手渡してほしいと」

「そう言ったのね」


 マルグレーテの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。


「この指輪を、モーブからわたくしに渡せと。お母様は正確に、そうおっしゃったのね」

「ああそうだ。一言一句間違いない」

「そう……」


 物言いたげに、マルグレーテは俺の瞳を見つめてきた。


「なにかあるのか」

「エリク家はね、モーブ。代々女系。男児はほとんど生まれないの」

「じゃあコルンバは……」

「そう。六世代ぶりに生まれた男児」

「だからあんなアホでも廃嫡はいちゃくされなかったわけか」


 稀に生まれた男子だから、無能のコルンバもある程度大事にしていた。そういうことだろう。


「エリク家は代々、入り婿を取る。そしてその指輪はね、結婚式の日に、母親が結婚相手に渡し、エリク家の嫡女ちゃくじょめさせるのよ。代々受け継いだ、貴重なアーティファクト。つまり代替わりの象徴として。そして……婚姻の証として……」

「それってつまり……」

「お母様は、わたくしとモーブ、そしてランちゃんとの仲を認めてくれたということよ」


 マルグレーテは、俺の手を両手で包んだ。大切そうに。


「わたくしに、モーブやランちゃんと生きなさいと言ってくれているんだわ」


 宝石のように大きな涙が、ひと粒だけこぼれた。


「お母様、わたくしの気持ちに気がついていらしたのね……」

「素敵な話だね」


 ランは微笑んだ。


「マルグレーテちゃん、私と同じで、モーブが大好きだものね。私達三人で、絶対ぜーったい、幸せになろうね」

「ありがとう、ランちゃん。わたくし、あなたが親友になってくれて良かったわ」

「それだけじゃないよ。ふたりとも、モーブのお嫁さんだからね」

「そうね……」


 ランの腕に、優しく触れた。


「ランちゃんは世界一のお嫁さんね。縁談話に焦って混乱したわたくしとは、大違い。モーブといちばんお似合いだわ」

「へへっ。そうかな」


 ランは嬉しそうだ。


「それで、この指輪はどうするんだ」

「わたくしの指にはめて、モーブ」


 真剣な瞳だ。


「わたくしの愛を、モーブに捧げるあかしとして」

「よし」


 左手を取り、薬指にそっと指輪を通した。すっと、無抵抗に指輪が通っていく。


「ちょっと緩いか」

「大丈夫。……見てて」


 俺の手で薬指の奥に挿し込まれた指輪が、微かに赤く輝いた。


「あっ……」


 指輪がすっと小さくなった。ちょうど、マルグレーテの指に合うサイズまで。


「凄いな……」

「魔法のアーティファクトだもの」


 マルグレーテは、うっとりと瞳を閉じた。


「ああ……。祖霊それいの力が流れ込んでくるわ。わたくしの魂に」


 そのまましばらく、なにか口の中で呟いていた。やがて開いた瞳は、輝きを増している。


「凄いよモーブ」


 ランが目を見張った。


「マルグレーテちゃんの魔力、三倍くらいになってる。感じるもん」

「それがエリク家の力か」

「ええ」


 マルグレーテは頷いた。


「モーブの作戦を聞かせて。複数ボスに、どうやって戦いを挑むのか。特に……攻撃を全て受け流すサンドゴーレムロードの防御力を、どのように突き崩すのか」

「よし」


 マルグレーテの脚のいましめはもう外してある。だがまだ手間取っているかのように手を動かしながら、俺はふたりに話しかけた。


「まず――」



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