5-10 二周目

●本編「5-10-2 二周目」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139557001523848

の、改稿前バージョンがこちらです。




「さて……」


 抱くようにしてマルグレーテを立たせると、俺は砂の山に向き直った。


「そろそろ姿を見せろや、誘拐犯」




「これはこれは……」




 砂の山が盛り上がり、サンドゴーレムロードの姿となった。


「とんでもない言われようだな。マルグレーテは自らこの屋敷に赴いたというのに」


 体の凝りをほぐすかのように、首を鳴らし、腕を伸ばしている。


「コルンバを焚き付けてお前が作らせた、偽造契約書のせいだろうが」

「はて、なんのことやら……」


 面白そうに、瞳が笑っている。


「ところでお前は誰だ。こんなモンスター、見るのも初めてだが」


 さりげなく、確認を入れておく。


「サンドゴーレムとは前に戦ったことがあるだろう、モーブ。屋敷の内外でも砂に還りかけのゴーレムを見たはずだが」

「ああ。あのゴーレムがデカくなっただけのアホウか」


 よし確認できた。野郎には「一周目」の記憶はない。二周目だと知っていたなら、相手側からこちらの記憶を確認しにくるはずだからな。それがない以上、「知っていてしらばっくれている」線は薄い。


 ふたりが静かな詠唱に入っているのを、背後に感じる。あと数十秒だけ確保すれば、初動魔法の準備は整うはずだ。


「おっさん。『羽持ち』ってのは、なんなんだ」

「おや……まだ掴んでなかったのか。……まあ、それもそうか」


 サンドゴーレムロードは、片方の眉を上げてみせた。


「お前が知る必要はない。どうせここで死ぬんだし」

「アルネ・サクヌッセンムとてめえの関係は、どうなってる」

「アルネ……」


 唸った。


「知ってどうする、モーブ」

「俺は別にアルネなんちゃらの味方でもなんでもない。知らん奴だ。お前が対立してようが構わんが、その揉め事に俺達を巻き込まないでくれ」

「巻き込まれているのではない。お前が巻き込んでいるのだ」


 判じ物のような言いようだ。


「時の琥珀こはくってのは、どこにある」

「やけに質問攻めだな」


 目を細めた。


「なぜだ、モーブ……」


 じっとこちらを見つめている。一周目の謎であんまり攻めては、なにかがおかしいと警戒されてしまう可能性がある。このくらいにしておいたほうがいいだろう。


「お前、アドミニストレータだろ」


 俺は、切り札を切った。


「卒業試験ダンジョンのときとは、姿形が異なるが」

「ほう」


 面白そうに笑う。


「どうしてそう思う」

「アドミニストレータは、様々なモンスターの姿になれる。そうだろ? ……なぜならお前は運営だからだ」

「やはりお前はイレギュラーだ」


 サンドゴーレムロードの顔が歪んだ。


「ここで潰しておかないとな。世界に混乱が広がる前に。世界の管理も、これはこれで大変でな……」

「隠し玉も出してこいよ。地下に誘い込んだってことは、地中深くから触手を伸ばしてくる、例のあいつもいるんだろ。……もうひとりのアドミニストレータも」

「ほう……」


 ほっと、ひとつ溜息をついた。


「そこまで見破られていては、仕方がないな」






 ドンッ――。






 轟音と共に、大きな土煙が立ち、土くれが飛び散った。サンドゴーレムの横に、例の触手野郎がのそのそ這い出してくる。


 一周目とまるまる同じ。相も変わらず、気持ち悪いくらい生臭いな、こいつ。


「覚悟はしたか、モーブ。時と時空の狭間はざま、永遠の無に還る覚悟は……」


 ぼっという音と共に、部屋の周囲に青白い炎が噴き上がった。闘技場フィールド戦の。


「そもそもモーブ、お前の――」


 俺は駆け出した。一直線に、タコ野郎の頭に向かって。敵の能書き、戯言たわごとなんか、聞く必要はない。タコさえ出てくれればいいんだ。


 これから、このクズどもをぶっ潰す!


「敵行動速度二十パーセントダウン」

「行動速度二十パーセントアップ」

「詠唱速度向上」

「魔力増大」


 決めておいた手順に従い、ランの補助魔法が、次々飛んでくる。


「風の刃、レベル九」

鎌鼬かまいたち、レベル八」

「風の刃、レベル九」

「風の刃、レベル七」

「鎌鼬、レベル十」


 斬撃系の個別魔法――しかも高レベル――を、ものすごい速度でマルグレーテが撃ち出す。俺を掴もうと伸びてきた触手が、ことごとく寸断される。俺を掴むどころか、切断された触手は、雨上がりのミミズのよう。ただただ無意味に、地面をのたくるだけだ。


 祖霊の指輪でエンチャントされているだけあるな。マルグレーテの攻撃力は、一周目とは桁違いだ。


「エリク家の土地を傷め、土地神を苦しめた罰だ。受け取れっ!」


 懐まで走り込んだ俺は、「冥王の剣」を振り下ろした。タコ野郎の頭にまっすぐ。




 ぐにゅっ――。




 気味の悪い手応えとともに、頭が切り開かれる。さすがは必中剣。気持ちいいくらいに肉を捌ける。プリンをスプーンですくっているくらいの感触だ。


「死ねっ!」


 何度も何度も、頭に斬りつける。触手はほとんどマルグレーテに切断され、残った触手も、生気を失い、ぐったりとし始めた。


「速い……」


 焦ったような声が、サンドゴーレムロードから漏れた。


「これで止めだっ!」


 頭の奥の奥、白い筋肉の中にわずかに見えていた赤黒い中核に、俺は剣を突き通した。


「ぐうおおおっ!」


 口すらないのに、呻くような音を残し、タコはぐったりとなった。


「くそっ!」


 ゴーレム野郎が毒づいた。


「敵行動速度二十パーセントダウン」

「敵行動速度二十パーセントダウン」


 休む間もなく、ランの魔法が、サンドゴーレムロードに重ねがけされる。この手の補助魔法は効果時間こそ短いが、重ねがけできる利点がある。特に今回、相手はボスのみで取り巻きの雑魚は居ない。補助魔法を生かせる最高の舞台だ。


「だがお前は、初手を押さえただけ。二手目で『詰み』だ」


 AGIをめいっぱい下げられているのにも関わらず、サンドゴーレムロードは素早く剣を振り上げてみせた。


「お前を排除する、この世界から」


 剣を振り下ろそうとする。


「氷結、レベル十二っ」


 マルグレーテの魔法が飛んできた。藍色のスプラッシュに包まれたかと思うと、ゴーレム野郎は、剣を振り上げた形のまま固まった。


「なにっ!」


 冷却され砂が凍りついたんだ。もはや野郎は、大理石の間抜けな彫刻と同じ。一周目のように自由自在に砂に逃げることで攻撃をかわし、また元の形に戻るなど、もう無理だ。狙い通りに決まったわ。


「ラン」


 叫ぶと同時に、俺は高く跳躍した。


「浮遊、レベル八っ」


 白銀の魔法がランから飛んできて、俺の体を包む。一気に持ち上げられた。サンドゴーレムロードの頭の高さまで。


「消えろやあああっ!」


 必中効果を持つ「冥王の剣」で、首筋を真横にいだ。草の束を斬るような感触と共に、刃が野郎の首に食い込んでゆく。一直線に。端から端まで。野郎の首が飛ぶまで。




 ――ごとり――




 鈍い音と共に、首が落ちた。


「つ……強い……」


 転がった首が呻く。


奸計かんけいでマルグレーテを苦しめた罰だ。……一周目で俺の首を落とした、そのお返しもな」


 首が落ち、まるで銅像が引き倒されるかのように、胴体も倒れ込んだ。


「さて、コアはどこかな」

「よせっ!」

「もう諦めろ、アドミニストレータ」


 微動だにしない胴体、特に胸からみぞおちにかけてを、冥王の剣でざくざく刺しまくった。それこそ砂袋か土嚢を刺すような感覚だが、みぞおちと胸の間あたりを刺したときだけ、感触が違った。なにか、かき氷を貫いたかのような、ジャリジャリした手応えがあった。


「ぐ、ぐああああーっ!」

「ここだったか……」

「モ……モーブ……まだ……終わりでは……ない……ぞ」


 悔しげに、唇が動いた。


「じ……次回こそ……、他のイレギュラーの……ように……無……に」



 憤怒の表情を浮かべ憎らしそうに俺を睨んだまま、アドミニストレータの首は沈黙した。目を見開き、口を大きく開けた形のまま、微動だにしない。


「冥王の剣」を、俺は鞘に収めた。


「ふん。捨て台詞は陳腐だな。仮にも運営なら、もう少し気の利いた台詞、用意しとけっての。ゲーマーに飽きられるぞ、こんなんじゃ」


「業物の剣」を抜いてつついてみると、生首はざっと砂に還った。


「よし、俺達は勝ったぞっ!」


「業物の剣」を天に突き上げて、俺は宣言した。


「モーブっ!」

「モーブ」


 ランとマルグレーテが、飛び着いてきた。

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