5-11 レアドロップ「則天王の指輪」

●本編「5-11-2 レアドロップ「則天王の指輪」」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139557001560510

の、改稿前バージョンがこちらです。




「よし、俺達は勝ったぞっ!」


「業物の剣」を天に突き上げて、俺は宣言した。


 嫌な再戦予告を最後に、サンドゴーレムロードは沈黙した。わかってる。敵はアドミニストレータ。登場してくる仮の姿など、何度倒しても、一時的な平穏が訪れるだけ。この世界の外部に存在しているだろうから、そこを根絶しない限り、おそらく何度でも挑んでくる。またぞろ面倒な罠でもしつらえてな。


 でもそれがなんだ。俺は勝った。何度でも勝ってやるさ。俺は即死モブ。そうやって人生を切り拓くしかない。


「モーブっ!」

「モーブ」


 駆け寄ってきたランとマルグレーテに飛び着かれた。


「おっと。危ないぞ、まだ剣を持ってる」

「大好き」

「わたくしもっ」


 俺を左右から抱くうちに、いつの間にかふたりとも大泣きになっている。


「どうした、ふたりとも……」


 俺のヘクトール制服に、涙の染みが広がった。


「勝ったんだぞ、俺達」

「でもさっき……モーブ……死んじゃって……」

「終わったら急に実感が出てきて……。あのとき……ランちゃんが居なかったらモーブ……」


 マルグレーテは、俺の制服に顔を押し付けた。そのまま、声を殺して泣いている。


「泣くな、ふたりとも」


 強く抱いてやった。


「俺は死にやしない。お前達を残して」

「本当?」


 ランが俺を見上げた。


「ああ、本当さ」

「なら誓って。今」

「誓う」

「わたくしとランちゃんに、誓いのキスをちょうだい」

「ほら」


 まずラン、次にマルグレーテと、時間をかけてキスを与えた。ふたりが落ち着くまで、何度も。涙が止まり笑顔になるまで、何度も……。


「モーブ……好き」

「わたくしも……」


 ふたりは、ようやく落ち着いた。体をこすりつけるようにして、甘えてくる。


「よしよし」


 背中や腰をさすってやりながら、戦いの跡を確認した。すでにタコもゴーレムも死体は煙となって消えている。


「あれは……」


 漂う煙の中、一瞬、なにか輝くものが見えた。煙の奥、部屋の明かりを反射している。


「見ろ」


 ふたりと一緒に、しゃがみ込んだ。サンドゴーレムロードが倒れたあたりの砂に、なにかが半ば埋もれている。


「これは……」


 拾い上げてみると、指輪だ。あのばかでかいゴーレムサイズではない。人間サイズの。


 宝石の類は嵌められておらず、塊から削り出したような、一体型の青白い金属製。サイズの割に重い。凝ったデザインながら線の細い印象で、よく見ると細かな文字がびっしり彫り込まれている。


「これは……」

「ボス戦のレアドロップ品だよ、きっと」

「そういやそうか」


 俺が装備するアーティファクト「狂飆きょうひょうエンリルの護り」の効果で、戦闘ドロップがある場合、必ずレアドロップになる。


「きれい……」


 俺の手のひらの上の指輪を、興味深げにランが覗き込んだ。


「目が吸い込まれそうなくらい、高貴な輝き」

「待って。わたくし、鑑定してみる」


 マルグレーテが、手を伸ばしてきた。


「鑑定スキルあったっけ、マルグレーテ」

「さっき祖霊の指輪を、モーブに嵌めてもらったから……」

「ああ、あれでレベルが上ったからか」

「ええ」


 マジ、母親があの指輪を託してくれて助かった。あのレベルアップがなかったら、たとえ二周目とはいえ、ダブルボス戦ははるかに苦戦していたはずだ。


「試してみるわね……」


 指輪に手をかざすと瞳を閉じ、なにか口の中で呟く。呟きがやんでも、しばらく動かない。閉じたまぶたの裏で、瞳が激しく動いているのがわかった。


「……」


 やがて瞳を開くと、ほっと息を吐いた。


「……わかった」

「なんていうアイテムだった、マルグレーテちゃん」

「そうねランちゃん、これは……そう、『則天王そくてんおうの指輪』という銘だって」

「則天王の指輪!? マジか!」


 それ、知ってるわ。


「効果はね、即死回避、それに状態異常無効化。あと――」

「HPMP無限回復だろ」

「なんだ」


 驚いたように、マルグレーテが目を見張った。


「知ってるの、モーブ」

「聞いたことがあるんだ、このアイテム」

「あらそう。わたくし、知らなかったけれど」

「私も。……有名アイテムなのかな」

「いやラン。たまたま俺が知ってただけさ」


 なんせ「則天王の指輪」は、原作ゲーム裏ボス七種のレアドロップ、そのひとつだからな。アドミニストレータの奴、裏ボスってわけじゃないのに、いいもの落とすじゃないか。……まあ裏ボスよりヤバい奴なのは確かだが。


 いずれにしろ、これで「エンリルの護り」「冥王の剣」「則天王の指輪」と、俺の手元に、裏ボスレアドロップ七種のうち三種も集まったことになる。


「いいものが手に入ったわね、モーブ」

「ああ」

「よかったね、モーブ」


 無邪気に喜んでいるランの手を取った。


「なあに、モーブ」


 首を傾げている。


「この指輪は、ランに装備してもらおう」

「えっ……」


 目を見開いて絶句した。


「もらえないよ。そんな大事そうなアイテム」


 首を振った。


「いいんだ。さっき、装備効果を聞いたろ。ヒーラーに最適じゃないか。ヒーラーが状態異常に陥り自分を回復していたら、パーティー全体が危なくなるからな。状態異常や即死を回避できるアイテム、自動回復系のアイテムは、ヒーラー系魔道士が装備してこそ、パーティー全体が強くなれるんだ」

「そうかな……」


 俺に手を握られたまま、ランはしばらく黙った。それから、俺を見る。


「でも……たしかにそうかな」

「そうよランちゃん」


 マルグレーテも頷いている。


「モーブがいいと言ってるんですもの。もらっておきなさい」

「マルグレーテちゃんがそう言ってくれるなら……」

「じゃあ決まりだな」

「ほらモーブ、早くランちゃんに着けてあげて」


 マルグレーテに促され、俺はランの左手を取った。


「モーブ……その……」


 言いにくそうに、ランが口ごもった。


「どうせなら……マルグレーテちゃんと同じ指に……。三人、仲良しのあかしとして」

「そうだな、ラン。それがいい」


 ランの薬指を、指輪にそっと差し入れた。ずっと奥まで。


「あっ……。この指輪……なんだか熱い……」


 うっとりと、ランが瞳を閉じた。


「感じる……モーブの心を……」


 爪先、第一関節、第二関節と貫いて、指輪はランの指、その一番奥まで達した。


「ああ……体の中にモーブを感じる……」


 こらえきれないのか、抱き着いてきた。


「体の奥が熱いよ……」


 息が荒い。


「どうしちゃったんだろ、私……」


 すがりつくようにして、はあはあ言っている。


「大丈夫? ランちゃん」

「うん……平気……」


 そうは言うものの、ぐったりしている。ランの額に、汗の玉が浮かんだ。


「モーブ……好き……」


 譫言うわごとのように呟く。ランの頭上に、微かに赤い光が生じた。天使の輪のように……。いよいよフラグが立ったか。おそらくは……最後の恋愛の……。


「ランちゃん、かわいいわよ。……素敵」


 マルグレーテが、俺とランに腕を回してきた。


「わたくしたち三人、きっと仲良くやっていけるわ。これからもずっと」

「そうだな」

「私も……そう……思う」


 ランが、首筋に唇を着けてきた。無意識にか、唇を動かしている。なにかを欲しがるかのように。


「ラン……」


 顎に手を添え、上を向かせた。


「……んっ」


 キスを与える。ランは自ら、口を開いて俺を迎え入れた。


「モーブぅ……」


 おずおずと俺に応えるランの舌は、これ以上ないほど熱くなっていた。

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