5-8 「羽持ち」の謎

●本編「5-8-2 「羽持ち」の謎」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556869367666

の、改稿前バージョンがこちらです。




 地面に落ちた俺の頭。血流が止まり貧血状態になって、俺の意識は急速に薄れつつあった。痛みは全くない。痛覚が麻痺しているんだろう。ギロチンで斬首されて脳が働くのは、せいぜい十秒かそこら。残り時間はわずかだ。


「モーブっ!」


 悲鳴を上げたランの体が、太陽のように輝いた。胸のあたり。あれはおそらく、狐のアイテムを入れたポケットか? 炎に似た黄金の輝きが、ランの周囲に巻き起こる。それはまるで翼のように、胴の左右に広がった。


 幻の翼――。


 がっくりと首を垂れたままのランは、空中に舞い上がった。羽ばたいたというより、天から吸い寄せられたかのように。


 首を垂れたままのランから、強い光が放たれた。


 なにが起こっているんだ!?


 意識を失う寸前、信じられないものを見た。轟々と音を立てて、時間が巻き戻ったからだ。動画を逆再生するかのように。俺の頭は宙に浮き、サンドゴーレムロードの剣筋逆回転と共に、胴体にくっついた。そのまま触手のいましめからも外れ、マルグレーテはまたぐるぐる巻きになり、俺はランとふたり後ろ歩きをして……。


          ●


「ここは……」


 ふと気づくと、俺とランは、曲がり角に立っていた。マルグレーテが捕まっている洞窟の角、例のダブルボス戦直前の位置に。


「モーブ……」


 ランは呆然としている。


「私……私……」

「なにがあった、ラン」

「わからない。モーブが死んじゃうって思ったら、急に胸の奥が熱くなって、そこと狐さんのアイテムが繋がって……」

「時間が戻った。そうだよな」

「そうなのかな……」


 ランは、俺の頬を愛しげに撫でてくれた。


「なにがあったにせよ、モーブは生きてる。今……こうして」


 涙がぽろぽろ、ランの大きな瞳から溢れてきた。


「私……私」


 ぎゅっと抱き着いてくる。


「生きてるよね、モーブ。これ幽霊じゃないよね」

「安心しろ、ラン」


 抱いてやった。


「お前を幸せにするまで、俺は絶対に死なないから」

「私はもう幸せだよ。モーブと村を出た、あの日からずっと……。でもうれしい……。モーブ、好き……」


 ランがキスを求めてきたので、応えてやった。唇を離してからも、ランはうっとりとしている。


「ラン。今、時間が巻き戻ったと思うが、どうだ」

「そう……かな」

「しかも記憶は保ったままだ。……狐の鍵は?」


 制服の胸を探ったランが、頭を起こした。


「無い。……消えちゃった」

「多分、起動したからだ」

「モーブ……」

「しっ」


 ランを黙らせると、曲がり角先の気配を探った。


「マルグレーテちゃんの声がしないね」

「俺は見た。マルグレーテの時間も逆回転していた。だから俺達同様、記憶は保ったまま、縛られているはずだ」

「静かにしているのは、なにか考えているからだね」

「決まってる」


 マルグレーテは聡明だ。おそらく事態を把握し、「二周目」の中ボスバトルについて考えているのだろう。俺とランが餌に食いつくまで、敵は動きはしないはず。焦って踏み込む必要はない。


「敵も記憶を持ったままなのかな」

「わからん。だが……」


 俺は思い出そうと努めた。神狐はなんと言っていた。なんと……。


 そうだ。ランのことを「聖なる娘」と呼んでいた。そしてこのアーティファクトは、「聖なる鍵」。狐はわざわざランを指定して持たせてくれた。「鍵」ってことは、なにかを入手するための道具ってことだ。


 アドミニストレータは、ランを「羽持ち」と呼んだ。ランの体から生じた翼は、卒業試験ダンジョンでいかづち丸の体から生えたものに瓜二つ。――つまりこれが「羽持ち」の正体ってことだろう。


 最初に魔道士形態のアドミニストレータと対戦した卒業試験ダンジョンでは、敵はランを「羽持ち」とは認識しなかった。理由はわからない。卒業後のランのレベル向上によって、羽持ち機能が解錠を待つ段階に達したとか、そんな感じなのかもしれない。


 でもあのダンジョンで、最後の宝箱を開けアーティファクトを回収した後、ランは俺の袖を引いた。嫌な予感がするからすぐにこの部屋を出ようと……。


 あのときはラン、変なこと言うなあと思っただけだが、今振り返るとあれ、「羽持ち」の素質から働いた勘だったのかもな。だって実際あの直後、ランの「嫌な予感」が当たったわけで。なんせ部屋の扉が閉鎖されて閉じ込められた挙げ句、モンスター皆無のはずのダンジョンに、中ボス「魔道士形態アドミニストレータ」が湧いて出たし……。


 いずれにしろ狐は「羽持ち」としてのランの能力を看破し、それを解放するための道具を持たせてくれたってことか。


 思い出した。「使うときが来たら、自然と使うであろう」と謎のような台詞を、狐は口にしていた。はるか昔に預かった品で、やっと使える存在と巡り合ったとも……。


 誰から預かった? 狐洞窟の地下で、サンドゴーレムは「羽持ちじゃないか。アルネめ」と毒づいた。あのとき、ランが「羽持ち」と認識したんだろう。そして名前が出た以上、このアイテムは、古代の大賢者アルネ・サクヌッセンムが狐に託したものに違いない。


 ということは、この時間逆転で、敵方の記憶はリセットされている可能性が高い。これまで得た断片的な情報から判断する限り、アルネ・サクヌッセンムはアドミニストレータと敵対しているようだ。となればわざわざ敵方に記憶のギフトを与えるとは思えない。


「ラン」


 小声で呼びかけた。


「おそらく、敵の記憶はリセットされている。俺達は、敵の特徴や攻撃手法を知った上で戦闘できる。二周目だ。その点は有利だろう」

「わかった。どう戦う?」

「俺の無敵技は使えない。敵の罠だからな。つまり正攻法でやるしかない。ダブルボス戦でなにより厄介なのは、二体の連携だ。だから最初に片方を一気に潰す。個別撃破だ」

「どっち」

「タコ野郎だ。触手に巻き取られたら動けなくなるし。幸い野郎にこっちの攻撃が通じることは、狐洞窟で経験済みだからな」

「ゴーレムはさっき、攻撃を全部受け流してたもんね」

「そういうこと」

「残ったゴーレムとは、どう戦う?」

「考えてある。マルグレーテに活躍してもらおう」

「わあ。さすがはモーブ。頭が切れるね」

「おだてるな。そろそろ行くぞ」

「うん」


 ランと俺は、曲がり角に踏み込んだ。


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