5-6 ダブルボス戦
●本編「5-6-2 ダブルボス戦」
https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556834103610
の、改稿前バージョンがこちらです。
「どれ、アルネの仕掛けを崩してやるか」
ゴーレムが右腕を横に突き出すと、手の先に砂がするすると移動して、長い物体の形になった。色も砂色からくろがねに変わって。――長剣だ。
腕を下げると先がかろうじて地面に着いたから、刀身は一・五メートルくらいか。間合いは長い。俺の剣が届くほど近寄るのは、厳しそうだ。重そうな剣だが、もちろんこの野郎はぶんぶん振り回してくるだろう。
「まだか、ラン」
詠唱を続けながら、ランは指をわずかに広げてみせた。あと少しという合図だ。ならここでもう少し無駄話して、マルグレーテの封印を解除する時間を稼ぎたい。幸いこいつ、すぐ襲いかかってくる気配はない。なにか語りたくて仕方ないといった雰囲気だ。俺の誘いに乗ってくるだろう。
俺は、わざとゆっくり話し始めた。
「お前、アドミニストレータだろ。あのときと、姿形は異なるが」
「ほう」
面白そうに、巨大ゴーレムは片方の眉を上げてみせた。
「まだ名乗ってはいないが……」
「アドミニストレータは、様々なモンスターの姿を取れる。そうだな」
「どうかな、それは」
にやにや笑ってやがる。
「なぜならお前は、運営だからだ」
「……やっぱりお前はイレギュラーだ」
唸った。
「この世界にいてもらっては困る。世界秩序を壊して回るバグは、排除せねば」
一歩だけ。左足一歩だけ前に出した。ゆっくりと剣を構える。バッターボックスの打者のように。奇妙な構えだ。
「外れたっ!」
背後で、ランとマルグレーテが立ち上がるのがわかった。
「運営も、案外間抜けだな」
俺は言ってやった。
「マルグレーテを殺さなかったのはわかる。俺とランをここに誘い込む餌だから。そのために、さるぐつわすら使わなかった。助けを求める声を、俺達に聞かせようと」
「女の悲鳴は、いつ聞いてもいいものだからな」
またしてもにやにや笑いだ。
「そもそもマルグレーテの婚姻契約書だって、てめえの仕掛けだ。契約書で縛ってマルグレーテを屋敷に取り込み、俺達への餌にする。俺とランが奪還に来るに違いないからな。てめえの本拠地、てめえが最高に有利な場所によ」
「ほう」
「ノイマン家当主だの侍従だののゴーレムが全員砂に還っていたのも、そうさ。マルグレーテを確保した以上、
「今回のイレギュラーは、なかなか頭が回るようだ」
苦笑いしている。
「口は悪いがな」
「でも俺達が踏み込んだ瞬間に、戦闘に持ち込むべきだろ。チョーカーを外す前なら、まだマルグレーテは魔法が使えない。つまり戦力になってないからな」
俺の指摘にも、野郎は動揺すらしない。またにやにや笑いに戻っている。
「今となっては、てめえ一匹と俺達三人の戦いだ。てめえに勝ち目はないぞ」
なんたって、卒業試験ダンジョンのときとは条件が違う。俺は各種アーティファクトで武装している。それにランもマルグレーテも、魔道士としてのレベルはあのときよりずっと高い。
「モーブ、この地下がこちらにとって有利な場所だと、お前は言ったな。ああ、そのとおりさ。その点、お前の読みは当たっている」
落ち着き払った声だ。
「だが、なぜ地下がこちらに有利なのか、その理由を考えたことはあるのか。それにもうひとつ付け加えるなら……、誰が『独り』だと言った?」
首を曲げた。
ドンッ――。
轟音と共に、大きな土煙が立った。サンドゴーレムの隣に。湿気った土の臭いが周辺に拡散する。小さな土くれがいくつも飛んできて、俺の頬に当たった。
そして土煙の真ん中に、何かが現れた。赤黒い、タコのような姿。ただ目も口も無い。頭こそ一メートルくらいと小さいが、そのの下から、太く長い触手が何本も生えている。鱗の生えた触手も、生えてない触手もある。ざっと見て二十本近いだろう。サイズのバランスからして頭というより、触手自体が本体にすら思える。数本は途中で切れている。俺達が切ったからだ。神狐の洞窟で……。
あのときと同じ生臭さが、砂や土の香りに交じり始めた。
「触手の……本体」
マルグレーテが呟いた。
「こいつが、エリク家の土地を荒らしていた大元ね」
「ご紹介しよう」
腕を胸の前に置き、ゴーレムは仰々しく頭を下げてみせた。
「アドミニストレータだ」
こいつもアドミニストレータ……。くそっ、ダブルボス戦か! 地下に根城を構えるモンスター。だから地下に誘い込んだってわけか。屋敷の地下室に偽装した地下に……。クソ野郎め。
ダブルボスは厄介だ。ボスごとに特徴が異なり、それぞれの特質を生かした連携攻撃をしてくることが多い。それにこちらの攻撃も、役割分担して処理してくるに決まってる。
加えて原作ゲームにはもちろん、サンドゴーレムロードもこのタコ野郎も登場しない。だから俺には攻略のための情報がない。せいぜい、タコと戦ったときの経験でやるしかない。それはおそらく、俺をこの世界から排除するためだ。そのために、情報を得られない新規ボスをわざわざ作ったに決まっている。卒業試験ダンジョンのときのように。
「さて、そろそろ始めるか」
ゴーレム野郎が呟く。ボッという音と共に、地下から青白い炎が噴き出た。このドームの壁に沿って全周。間違いない、闘技場で登場する、シミュレーションバトルのフィールドだ。神狐の洞窟で、サンドゴーレムと戦ったときと同じで。
ダブルボス戦開始か――。
脳の中で、俺は戦略を組み立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます