5-5 マルグレーテ奪還!

●本編「5-5-2 サンドゴーレムロード」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556834017150

の、改稿前バージョンがこちらです。




「モーブ!」

「ああ」


 階段を下り切ると、すぐにわかった。助けを求める声が、地下の長い廊下の向こうから微かに聞こえてくる。マルグレーテの声だ。誰か助けて――と。


「急ごう」

「うん」


 地下は奇妙だった。階段の近くの廊下には、倉庫や食料庫と思しき大きな扉が並んでいる。廊下を照らすランプは補給がされておらず油切れしたようで、光を放っているのは半分もない。だから幽霊屋敷のように暗い。


 ランとふたり廊下を進んだのだが、これがやたらと長い。どう考えてもおかしい。屋敷の母屋の地下を越えたとしか思えない。しかもいつの間にか廊下でもなんでもなくなって、ただの岩肌、くねくね曲がりくねった洞窟になっている。


 ランプなどないから、真っ暗だ。ランのトーチ魔法を最小限だけ灯し、音を立てないように注意しつつも、早足で進んだ。マルグレーテの呼び声が、次第に大きく聞こえ始めた。


 角を曲がると、先が明るかった。はるか先で、岩肌に横からの光が当たっているのだ。マルグレーテの声は、その先からだ。


「気をつけろラン。マルグレーテがあそこでとらえられているなら、敵もそこにいる可能性が高い」

「そうだね」


 小声で返してきた。


「いきなり戦闘になるとして、魔法の組み立てを考えておくよ」

「頼むぞ」


 ヘクトール制服の上にまとった装備のスキルを、俺は改めて確認した。




銘「業物わざものの剣」:長剣

特殊効果:戦闘時敵HP吸収および敵速度ダウン。ただし敵にダメージを与えた際の限定効果


銘「冥王の剣」:短剣

特殊効果:必中。AGLとCRIにボーナスポイント。


銘「支えの籠手」:ガントレット

特殊効果:戦闘時HP自動回復および戦闘速度アップ。ただし装備者に限る


銘「狂飆きょうひょうエンリルの護り」:アミューレット

特殊効果:レアドロップ固定




 ランの装備は、魔力を増幅させる杖。それに神狐にもらった、よくわからん消費アイテム?「聖なる鍵」だ。


「さて……」


 マルグレーテの声に気が急くが、装備選択は重要だ。


「やっぱりこっちか……」


 サンドゴーレムが大群でいるかもしれん。初手で即死させられる「冥王の剣」を、俺は抜き放った。


「行くぞ、ラン」

「モーブ」


 光の直前まで来た。すぐ先で洞窟は右に直角に近いほど曲がっていて、そちらから強い輝きが漏れている。


 角で止まると、様子を窺った。背後のランは、小声で詠唱に入っている。振り返って合図を送ってから、角に踏み込んだ。


 眩しい。


 思わず目を細めてしまった。そこは小さな体育館くらいのドームだった。その丸い天井から壁にかけての岩肌が、魔法と思われる白い光で輝いている。床には大量の砂。そして……。


「マルグレーテ!」

「モーブ! ランちゃん!」


 部屋の中央に、マルグレーテが転がされていた。脚と手を縛られて。エリク家を後にした服のままで。コルンバと異なり、目隠しやさるぐつわはされていない。


「今行く!」


 駆け寄ると、抱き上げた。


「マルグレーテ」

「モーブ……」


 いつも寝台で抱き寄せていた体だが、今日はとりわけ華奢に感じる。マルグレーテの心を反映したかのように。マルグレーテの体は、恐怖からか、小刻みに震えていた。


「ごめんなさいモーブ。わたくし……」


 俺を見つめるマルグレーテの瞳から、涙が次々溢れてきた。きらきらと、頬をつたう。


「ご、ごめん……なさ……い」

「いいんだ。家のため、俺のためを思ってくれたんだろ」

「わたくし、浅はかだったわ。ノイマン家の裏を見抜けなくて……」

「自分を犠牲に……なんて考えるな。自分をもっと大事にするんだ。俺もランも、お前が大好きだからな」

「わたくし……」

「とにかく、これからはもう、なんでもひとりで勝手に決めるな。俺やランと一緒に考えるんだ」

「うん……。そうよね。わたくし、これからは絶対そうするわ。ありがとうモーブ。……大好き」


 縛られたまま俺の胸に顔を擦りつけてきたから、強く抱いてやった。


「ラン、この縄、ほどけるか」

「切ったほうが早いよ、モーブ」


 護身用の無銘短剣を、ランが抜いた。


「動かないでね、マルグレーテちゃん」


 脚の縄を、ランが切り始めた。マルグレーテの腕は、体といっしょにぐるぐる巻きにされている。必中の剣を、縄に差し込んで切っていった。なぜかいくつもの縄で別々に縛られているので、一箇所切っただけでは解放できない。時間がかかりそうだ。


「なにがあった。マルグレーテ」

「屋敷に着いて応接に案内され、そこで当主と面通りを……」


 マルグレーテの涙は、ようやく止まった。


「それから三階の居室に案内されて、『ノイマン家の宝』というチョーカーを首に巻くよう指示されて」


 そう言えば、マルグレーテの細い首に、青銀、金属製のチョーカーが巻かれている。正面に、複雑な模様の飾り付きの。


「今考えると変だけれど、ここまで当主と侍従しか会っていない。それにチョーカーを身に着けた途端、当主の態度が急変して……。侍従と当主が襲いかかってきて、わたくしをぐるぐる巻きに。……魔法は撃てなかった」

「魔法を封印されたんだな。だから反撃できなかった」

「うん……うん」


 マルグレーテは魔道士、メイジ枠だ。ヘクトールで最初に会った日に俺の腕から逃げられなかったように、魔法なしではろくに抵抗できなかったに違いない。


「このチョーカーが魔法封じの罠だった。わたくし……バカね……」


 また涙がこぼれた。


「自分を責めるな。悪いのはコルンバ、そしてあのアホを操ったここの連中だ」

「縛られるとここに担ぎ込まれ、転がされた」

「そいつらは?」

「それが変なの。わたくしを放り投げるとみんな、急に凍りついたようになって……。次の瞬間、ざっと崩れて砂になった」

「それでか、ここに砂がいっぱいあるのは」


 改めて見回すと、あちらこちらに砂の山ができている。なにより不気味なのは、部屋の一番奥に、ひときわ大きな砂の山があることだ。高さ二メートルほどもある。


「あの砂は違う」


 俺の視線を追って、マルグレーテが付け加える。


「あれは最初からあった。他の砂よ」

「砂に還ったということは、エリク家領地にいたサンドゴーレムと同じなんだね」

「ランちゃんの言うとおり……」

「よし、縄はこれでいい」


 胴を巻いていた縄を、俺は放り投げた。


「いや、まだ立つな」


 動こうとするマルグレーテを止めた。


「今、チョーカーを外す」

「うん」


 俺に抱かれたまま、じっとしている。


「なんだ……これ、うまく外せないな」


 首の後ろにチョーカーのロック機構がある。見たところ単純な仕組みだが、なぜかうまく外れない。


「モーブこれ、魔法のロックだよ」


 覗き込んだランが眉を寄せた。


「リーナさんなら解錠スキルですぐなんだけど……。でも魔法を弱める術を掛けたら、なんとかなるかも。……やってみるね」


 しゃがみ込んだランが、ロック部に指を置いて、低い声で詠唱し始めた。






「これはこれは――」






 声が響いた。大声が。どこからともなく。


「なに?」


 マルグレーテが見回す。


「ラン、続けろ」


 黙って頷くと、ランは詠唱を続けた。




「イレギュラーに、噂の『羽持ち』か。同時に排除できるとは、ラッキーなことだ」


 哄笑こうしょうが響く。


「アルネの奴も、時の琥珀こはくの中で悔しがることであろう……。今回も私の勝ちだ。あっさり罠にかかりおって」




 イレギュラーだと……? その呼び名、もちろん聞き覚えがある。卒業試験ダンジョン、最後の宝の部屋で。ということは、こいつは……。


「姿を現せ。このド外道が」


 俺は叫んだ。ランとマルグレーテの前に立って、油断なく周囲を窺う。




「ご所望しょもうなら……」




 しばらく、なにも起こらなかった。……と、例の大きな砂の山が、動画逆回転のように盛り上がり始めた。高く。次第に人の形に。


「サンド……ゴーレム」


 でかい。三メートルくらいだ。半裸の男で、分厚い筋肉が体を覆っている。


「どれ……」


 ゴーレムは動き始めた。体の凝りをとるかのように、首を鳴らし、腕を伸ばして。


「モーブ!」


 マルグレーテが叫んだ。


「こいつ、ただのゴーレムじゃない。魂が入っているもの。サンドゴーレムロードよ。サンドゴーレムを操っていたのは触手の本体じゃない。きっとこいつよっ!」


「ほう。さすがはマルグレーテだ。うまく設計されている」


 ゴーレム野郎が唇の端を曲げてみせた。笑いのつもりらしい。


「どれ、アルネの仕掛けを崩してやるか」


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