5-2 門前の人影

●本編「5-2-2 門前の人影」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556213399691

の、改稿前バージョンがこちらです。




 予定通り突き進んだ。途中一度道に迷ったのでちょっと遅れ、夕方……というより日没直後にはなったが。なんとか真っ暗になる前に館が見えるところまで来られて良かった。


 いやむしろ、遅れて好都合かも。夕方なら、怒涛の勢いで駆けている俺とランは、遠くからまるわかりだ。日没だいぶ経ってからだと騎乗にランのトーチ魔法が必須だから、これもまた目立つ。でも日没直後なら明かり不要でなんとか駆けられて、向こうからは気づかれにくい。ベストの時間帯だ。


 ノイマン家の屋敷は、なんての、妙にトゲトゲ尖った建物だった。向こうの世界で言うならゴシック建築的な。見た感じ三階建てだが、家屋中央だけ塔のように高くなっているから、その部分だけはさらに上階があるはずだ。


 屋敷が見えてからいかづち丸といなづま丸を速歩はやあしにさせ、最後、常歩なみあしで屋敷門前に着けた。


 ここで馬を待機させ、暗闇に紛れて前庭を突っ切り、屋敷へとアプローチする。


「見て。扉の前にスレイプニールがいる」

「ああ。間違いない。マルグレーテはここにいる」


 見慣れた黒馬が、所在無げに立っている。いつものようにがつがつ草を食べたりもしていない。


「どうする、モーブ」


 前庭を歩きながら、ランが俺を見上げた。


「さっき話したとおりだ。俺達はエリク家と無関係と思わせないとならない。近在の村から結婚のお祝いを、特に姫様に持ってきたと称して、なんとかマルグレーテを呼び出させる」

「後は逃げちゃうんだね」

「多分そうなる。どこの誰ともわからない俺達が『この婚姻は家長印が悪用されており無効だ』とか騒いでも相手にされないからな。むしろそれだとエリク家との繋がりを疑われる。あくまで人さらい路線でいこう」

「じゃあ私もモーブも、これでお尋ね者だね」

「そうだ。……悪かったな、ラン。お前まで犯罪に巻き込んで」

「いいんだよ、モーブ。モーブは悪い事してるわけじゃない。……それにモーブが悪い子でもなんでも私、モーブのことが好きだから」

「よしいい子だ」


 ランの頭を撫でてやった。


「ふたりでマルグレーテを救おうな」

「うん」


 そっと屋敷に近寄る。と、玄関前に人影が見えた。


「しっ」


 ランの手を掴んで止まらせた。


「使用人かな」

「そう見えるな。服装は」


 侍従服っぽい。扉前のランプに照らされ、後ろ姿が黒く抜けている。だが……。


「動かないね」

「ああ」


 おかしい。五分は観察しているが、ぴくりともしない。館に向かい、歩いているかのような体勢なのに。


「近づいてみよう」

「わかった」


 近づいてみた。俺達の足音は聞こえているはずだが、振り向くどころか身じろぎすらしない。体型からして男。多分おっさんだ。


「止まれ、ラン」

「うん」


 念のため、二メートルほど間合いを取って止まらせた。大丈夫とは思うが、念には念をだ。


「なああんた、ここはノイマン家の屋敷だろ」


 返事はない。動きもしない。


 ゆっくり、間合いを保ち円を描くようにして、前に回った。


 やはり男だ。いかにも忙しそうな表情で、凍りついたように動かない。見ていると、まばたきすらしていない。マネキンのように。


「ラン、一応詠唱を始めておけ」

「うん」


業物わざものの剣」を、俺は抜いた。ゆっくり注意深く、剣を近づける。


「おい……」


 剣の先で、服をつついてみた。


「あっ!」


 ――男の姿は、ざっと崩れた。砂糖菓子のように。後に残ったのは、砂の山と抜け殻の服だけ。


「こいつは……」

「モーブ、これ……」

「そうだな、ラン。サンドゴーレムだ」

「あの、エリク家領地の地下に居たのと同じだよね」

「ああ」


 こいつ、どう見ても侍従姿だった。てことはこのノルマン家、ゴーレムが入り込んでいたってことになる。


「大丈夫かな、マルグレーテちゃん」


 不安げな声だ。


「なんでノイマン家にゴーレムが居たのか、その理由による。こいつひとり入り込んでスパイでもしていたのか、あるいはノイマン家自体、ゴーレムと関係があるのか」

「どういうことだろう」


 考えた。ノイマン家は最近、この土地をトードル家から買い取った新興領主だ。荒れ果てていたトードル家領地は、そのときから一気に回復し、豊かな土地になったという。


「こいつらが来たのは、いつだ」

「十五年くらい前って、言ってたよね。お父さん」

「ああ。十五年前――。ちょうど、エリク家領地の荒廃が始まった頃だ。そしてエリク家領地の荒廃は、地下に棲み着いたモンスターが地脈水脈に寄生していたせいだった。そしてそのひとつには、サンドゴーレムがいた」

「これって……偶然じゃないよね」

「もちろん偶然の可能性はある。だがどうだ。たとえば触手野郎がサンドゴーレムを生み出し、この近辺の土地を荒れさせては乗っ取って回る。――それなら話の筋が通る。まずトードル家領地を十五年ほど前に乗っ取った。次に目をつけたエリク家領地の地下で、地脈水脈を吸血し始めたとしたら……」

「そうだよね」


 ランが眉を寄せた。


「でもそれなら、なんでマルグレーテちゃんをお嫁さんにしたんだろ。人型モンスターならともかく、あの触手の本体がお嫁さんを欲しがるとは思えないよ」

「たしかに」


 餌というのも考えづらい。食人モンスターなら、あれこれ算段して貴族の娘を取り込む意味がない。そこらの山で誰かとっ捕まえて巣に引きずり込むだけで済む。


「それにこの人、人間のフリをしてたんでしょ。あの村にいたゴーレムと同じで」

「そうだな」

「ならどうして、化けるの止めたんだろ。この人、歩いてる風のまま、砂の人形に戻ってた」


 たしかに。こいつはノイマン家に入り込んだサンドゴーレムだ。もしかしたらコルンバを口説いたのも、こいつかもしれない。なら、そのまま化けていればいいだけの話だ。なぜここで、仮初かりそめの姿を放棄して砂に還っていたのか。そこには理由があるはずだ。


「とにかく、マルグレーテはここにいる。モンスター絡みでなんらかのトラブルに巻き込まれていると考えた方がいい。話が変わったぞ、ラン。ここからは強行突破だ」

「戦闘だね。心積もりしておくよ」


 顔を引き締めた。


「まずは武装だ。積んできた剣や杖を装備しよう」

「わかった」


 ふたり装備を整えた。


 やはり使うことになったか。荒事を覚悟しないと。マルグレーテを救うためだ。命の危険があろうが、戦うしかない。


「ちょったけ待ってて、モーブ……」


 ランがスレイプニールに近づいた。ランの姿を認め、嬉しそうに近寄ってくる。


「危ないから、門の外に行っててね。いかづち丸といなづま丸がいるから」


 スレイプニールは頷いた。


「そこで待ってて。呼んだら来るんだよ」


 もう一度頷くと、スレイプニールはゆっくりと門に向かい進み始めた。


「これでよし……」


 ランが俺の手を取った。


「行こうモーブ。マルグレーテちゃんを救わないと」

「だな。いつ攻撃されても対処できるよう、気を張っておけ」

「わかった」


 厳しい顔で、頷いた。


「モーブ、頑張ろうね」


 扉に手を掛けた。鍵は掛かっていない。俺達は屋敷内に踏み込んだ。


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