5-1 騎乗

●本編「5-1-2 騎乗」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139556213368750

の、改稿前バージョンがこちらです。




「急ごう、モーブ」

「わかってる、ラン」


 いかづち丸といなづま丸に騎乗して、俺とランは駈歩かけあしで進んでいる。街道を、ノイマン家領地に向かい。


 スレイプニールに乗ってマルグレーテが消えたことを、両親は知らなかった。自分が嫁入りしてエリク家を守ると、両親宛の置き手紙があった。きちんと段取りを踏めなくて申し訳ないが、急ぎノイマン家に入る。それでないと、未練と心残りで心がバラバラになって苦しいから――。と書いてあったそうだ。


 父親は憮然としていた。幸福な結婚でないことを、誰よりもよく知っているからだろう。昨日の口ぶりからしても、「最悪の展開というほどではない」「政治的に考えるなら、残念だが縁談を進めるしかない」だったし。


「俺がノイマン家に向かう」――と告げても、父親は止めなかった。実際の式次第交渉などを通じ、マルグレーテが少しでも幸せになれる道を模索するつもりだったと俺に告白して。


 交渉無しに家庭に入れば、マルグレーテの扱いが酷くなる可能性がある。だから一度マルグレーテを家に戻すよう、ノイマン家を説得してほしいとのことだった。当主たる自分が出て険悪になれば、その後の婚姻交渉が難しくなる。悪いが使者として矢面に立ってくれと懇願された。


 父親は父親なりに、戦略を考えていたんだな。ただただ成り行き任せの男というわけじゃないとわかったわ。そりゃそうか。無能無戦略では、長年領地運営なんかできないもんな。


 俺がエリク家を出発する寸前、母親は、こっそりと俺にアイテムを託した。父親も使用人も居ないところで。エリク家先祖伝来の魔法の指輪という奴を。必ず俺の手から直接、マルグレーテに渡してくれと。なんでも、マルグレーテに力を与える品だそうだ。


「ねえモーブ。話を聞いてくれるかな、ノイマンさん」


 馬上のランは、心配そうな表情だ。


「わからん。だが聞いてもらう。こっちはマルグレーテの幸せが懸かってるんだ」

「そうだよね。マルグレーテちゃん、家の決まりに押し潰されて苦しそうだったもん。なんとしてでもそこから解放してあげないと」

「そのとおりだ」


 食材買い出しで地理に詳しいヨーゼフさんに、ノイマン家領地への道のりを聞いた。万端整えて俺とランが飛び出したのが十時前。馬には悪いが限界で飛ばせば、夕暮れ前にはノイマンの屋敷に着くはずだ。


 そこからは出たとこ勝負。俺は、エリク家の使いとは名乗らないと決めた。とりあえず同級生が届け物に来た体で攻めて、感触を探る。そのために俺もランも、ヘクトールの制服を着ている。もちろん武器防具も携帯してある。装備するかどうかは、現地の状況次第だ。


 雰囲気が良さそうなら、マルグレーテを実家に引き上げさせる。そこから後は、俺の作戦に則って、ヘクトールでもなんでも使う。


 実家への引き上げが難しそうなら、剣で脅してでもマルグレーテを取り戻す。そのまま逃げちまえばいい。俺はそこまで覚悟を固めた。


 だってそうだろ。婚姻契約に従い、エリク家は娘をノイマン家の嫁に出した。それから先は、預かり知らぬこと。嫁を賊にさらわれたとしても、それはノイマン家の問題だ。俺はエリク家の使いとは名乗ってないからな。昨日の夜、マルグレーテに提案された夜逃げ案より、こっちのほうが優れている。


 ノイマン家からはエリク家の謀略を疑われるだろうが、俺がエリク家の意図を汲んで動いた証拠はない。実際にエリク家の依頼とは違う展開だし。それにそもそも、謀略を巡らしたのは、ノイマン家が先だ。コルンバを篭絡して家長印を持ち出させたんだからな。ノイマンの野郎に文句つけられる筋合いはない。


 ノイマンが騒ぐようなら、裁判でコルンバの動きもバレるはず。だからノイマンは表立っては騒がない。そう、俺は踏んでいた。


 もちろん俺は手配されるだろうし、マルグレーテも二度と実家には顔を出せない。それでもいい。昨日、俺に抱かれて清らかな涙を流していた娘を救ってやれなくて、どうするってんだ。それにこれなら、エリク家も領地も救われる。娘がエリク家を離れた後の話なんで、支度金返還の義務すらないから。


 逃げた後のことは、後でゆっくり考えるわ。俺は即死モブ。与えられた能力は低いし、主人公補正も無い。人生の難関は、その場その場で切り抜けていくしかない。これまでもそうだったし、今後も変わらん。


 俺はランとマルグレーテを守り抜く。今はそれだけ考えていればいい。決意を新たにすると、いかづち丸の手綱を握り締めた。




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