最終話 新しい明日に向けての戦いですわ

 

 王都で政治的な目的のために行う暴力行為を終えたわたくしたちは、チクロさまのお隠れになったお父上が経営していた領地に到着いたしました。

 使い魔ファミリアによる通信が送られているならば、すでに領主さまが王都で襲われお亡くなりになり、その娘のチクロさまも錯乱してしまったと伝わっているでしょう。


 この領地に残っているかたには面識がありませんので、恨みという恨みもありません。

 ですが、記憶に残る恐怖を与えて心胆を寒からしめるために、破壊と略奪を行る必要があります。


 ウェインライトさまの操る巨鳥ロックのうえから、眼下に見えるコの字型のお屋敷に向かって、精霊魔法を精錬します。


「わたくしが南、あなたは北からですわ。多少の被害は仕方ありませんが、やり過ぎないようにしなさい」

「いいよ。やりすぎないようにしてあげる」

「では行きますの。血竜巻ブラッドサイクロン

「えーい!」


 わたくしと妖精のお声がかさなり、ふたつの竜巻が生み出されました。

 ひとつは赤く、もうひとつは緑です。

 ふたつの竜巻がチクロさまのご実家の頭上から発生し、先端を屋根に付け、バリバリと轟音をたててはがしてゆきます。

 

「上からならばお部屋が把握しやすいですわ」


 ふたつのねじ曲がった合流した時、お屋敷の屋根は砕け散り、内部の間取りがさらけ出されておりました。

 寝室や衣裳部屋、ゲストルーム、倉庫など、一時的にすがたを表したお部屋が、家具を巻き上げられて何もない床にかわってゆきます。


「ねえ、どこに降ろすの?」

「お庭の中央でいいですわ」

「はーい」


 竜巻に巻き上げられた雑多な品物を、妖精が小竜巻ですくい上げ、着地させます。

 予想していた事態ですが、激突音が聞こえると悲鳴も消えました。

 ぱらぱらとヒトが落ちてきます。


「見て見て! かっこいい死にかた!」

「……あなた、ニンゲンも助けてあげなさい」


 妖精は手を叩いて笑っております。

 棚やチェストを軟着陸できるならば、一緒に舞い上がった人間も同様にすくえるはずですが、他の生き物をおもちゃ程度にしか考えていない妖精に期待しても無駄でしたの。

 

 熟した果実が地面に落ちて崩れたような死体が、あちらこちらに花を咲かせておりました。


「……敵のかたですし、仕方ありませんわ」


 実のところ、わたくしも次々に地面に当たって血の花が開く様子は、とても珍しい光景に見えて、感心してしまいました。

 お荷物の集積地を囲んで落下したひとたちは、血の三日月を形作っております。


 妖精の分際で意匠を凝らした演出ですわ。


「これはシットニンゲンの夜のかみさまの形! すごいでしょ」

「なかなかの出来栄えですこと。あちらに植物のあしらいがあれば、さらに良かったですわ」

「つぎからそうするね」

「……」

 

 素直な感想を述べていましたら、ウェインライトさまが何か言いたげなご表情でこちらをチラチラとご覧になっておりました。

 もしかして教団の紋章を気軽に作ってしまってご気分を損ねられたのかしら?


「ウェインライトさま申し訳ございません。わたくしたちは部外者ですが、あの形に親しみを覚えていると申し上げたかっただけですの。それ以外の意図はございませんのでご容赦くださいませ」

「ありのままに言いますと……引きました」

「そういうお考えもありますのね。あとでお酒をお飲みくださいませ」

「お酒……ですか?」

「気分がよくなれば些細な問題ですわ」

「はい」


 納得されないご表情で、納得していただきました。

 支配魔法に感謝ですわ。

 

 象掴鳥ロックを降下させていただき、おみやげになりそうな品物を選びました。

 品物を手に取り、良質な付与エンチャントがついていそうな品物や、単純に価値のある貴金属を拾い上げ、手あたり次第ウェインライトさまのお鞄にしまいます。

 

「それではごきげんよう。お恨み言は略奪をお許しになった国王陛下までお願いいたしますわ」

「……」


 生き残った皆さまが呆然とわたくしたちを眺めるなか、ふたたびお空に飛びました。

 

「まあ、ご覧ください。こちらの曲刀ファルシオンは雷龍の喉に100年間も引っかかっていた品物で、稲妻を呼ぶ効果がありますわ。ウェインライトさま、お試しになってはいかがでして?」

「はい。降りた時に試してみます」

「川でお試しになれば、楽にお魚を捕まえられますわ」

「やってみます」

「おもしろそう!」

「くぁぁぁ……」



   ###



 行きは大陸の北よりを飛びましたが、帰りは南寄りの海岸線を通って戻りました。

 風の関係でそちらのほうが早く進めるのだとか。


 ──戻るまで1年かかりましたの。


 海岸部にある町と要塞化された島をつなぐ大橋の上を通りかかったとき、蛇のように長いお身体をした風竜に襲われ、下の要塞からは大量の攻撃魔法を撃ち込まれました。

 風と水のフィールドをまとった風竜はとにかく頑丈で、なんとか脱出できましたものの、傷ついた象掴鳥ロックの翼が途中でへし折れて、そのままきりもみしながら海に墜落しました。


 気絶したウェインライトさまを抱えて島に向かって泳ぎましたが、海のお魚の魔物に食べられなかったのは奇跡ですわ。

 

 小舟で漁をしていた漁師の少年に助けていただきました。

 わたくしたちは翼が完治するまで小さな島にとどまりました。


 その場所で失われた食料を補充するためにお買い物をしようとしたら、島の領主さまの子飼いの兵隊さまに絡まれたり、わたくしたちを匿ってくださった少年がリンチを受けていらしたのでお助けしたら、実は少年は少女で、網元が娼婦に産ませた妾腹の超被差別階級でしたので、追い払った漁師のかたに逆恨みされて命を狙われたりいたしました。


 魔物とリンクして身体の弱ったウェインライトさまが謎の熱病にかかられ、安静にできる場所が必要でしたので、平穏をたもつのに時間がかかりましたの。

 その結果人口1800人程度の島の人口のうち、100人程度が失われましたがご容赦くださいませ。


 島の女性を自由に召し上げる権利をお持ちになってた領主さまは、最終的に泣きながら謝られておりました。

 半壊した宮殿に島民のかたがたが押し寄せ、収奪された伴侶を奪い返すお姿は、胸に迫るものがありましたわ。


 反乱は中央に伝わり、悪政を改善するとのお約束を取り付けられ、生真面目な代官さまが派遣されて事は終わりましたの。

 ウェインライトさまが快癒なさるまでのあいだは島にとどまりましたが、一挙手一投足におびえられ、いつ噴火するかわからない火山のような腫れ物扱いをされたのは若干閉口しましたわ。


 わたくしたちをお救いくださった少女だけは変わらない扱いをしてくださいましがが、さい疑の眼が少女にも向けられましたので、出発するときに連れ出しました。

 このままではわたくしたちが去った後、何らかの理由をつけて処分されてしまう予感がいたしましたの。


 その日の夜のキャンプの時、お魚をミニ竜巻で巻き上げて、海面に叩きつける遊びをしていた妖精とけんかになりました。 

 妖精とニンゲンの倫理観の違いをお話しすると腑に落ちないお顔をしておりましたが、ウェインライトさまが少女を見つめ、左右に首を振られたとき、納得した表情をしておりました。



 紆余曲折の戦いののち、メルクルディさまのいらっしゃるチウ市にようやく帰り着きました。

 一年ぶりの土地の香りは焦げた香りでした。

 

 湾口には向かい合った三日月の旗を掲げた艦隊が停泊しており、街中には黒い鎧をつけた、いかにも暗黒騎士といった格好をなされたかたが闊歩していらっしゃいます。

 

 街中で説教をなさっている黒く染め抜かれたローブをお召しになった神官のかたは、あからさまにフィリーエリ教団のかたです。

 

 街は信者であふれかえっておりました。 

 どう見ても暗黒神の拠点ですわ。


 わたくしたちはお名前を告げて、刺激しないように控えめな態度でメルクルディさまへの謁見を求めますと、騎士のかたが執務室に案内してくださいました。

 テーブルの向こうでは、お痩せになって、目に深いクマを作られたメルクルディさまが、わたくしを見て頼りないほほえみを浮かべました。


「おかえりなさいですぅ……」

「ただいま戻りましたの。──メルクルディさまご苦労なさいましたのね」

「アテンノルンさまがいないのでぇ、代わりに仕事をがんばりましたぁ……」

「わたくしのわがままを聞いていただき、深く感謝いたしますわ」


 元気にあふれていらっしゃったお身体は見る影もなく、不健康に骨が浮き出て、目だけが意思をやどしております。

 ふいに涙が溢れました。

 わたくしが留まればこのようなお姿になりませんでした。

 

「泣かないでください。今の私は闇の大司祭アルシェヴェックに出世しましたぁ。フィリーエリさまのおそばに近づけて嬉しいのですよぉ」

「ですが、こんなにもお痩せになって……たくさんお食べください」

「今日からはそうしますねぇ」

「今すぐ参りましょう。少々のご休憩もお許しにならなくて?」

「そんなことはないですぅ」


 よろよろと立ち上がったメルクルディさまをお支えし、にこにこと儚げに笑うお姿は、妖精さえも黙らせる悲壮感がありました。

 机のうえに積みあがった羊皮紙の分量的に、おひとりで処理し、指示を出すには多すぎます。


 わたくしたちは専用のダイニングルームでお話し合い、現状と近況を報告し合うだけで、かなりのお時間がかかりました。

 

 このありさまは、かつてベルナールさまがお呼びになった本部神殿への増援要請が受け入れられ、半年後にやってこられたそうです。

 フィリーエリ教団ダー王国派遣軍の戦力は、


 軍船       77隻

 重装歩兵  15000人

 暗黒騎士   3000人 


 とのことです。その他輸送船や輜重のかたがたも盛沢山で、全力出撃をなさった結果だとか。

 神殿にいる闇の第一使途さまは1000年ぶりの聖戦を宣言なされ、盛大な犠牲の儀式のあと、派遣軍を送り出されたそうです。


「あのひとたち加減を知らないですぅ。いちばん熱心で敬虔なひとたちだから、改宗させるか奴隷に落とすかしか頭にないですぅ」

「まあ、過激ですこと」

「この国の半分以上は占領しましたけどぉ、残りの人たちの抵抗心がすっごいですぅ。進むたびに全滅する勢いで抵抗されますぅ」

「改宗がお嫌で、奴隷もお嫌でしたら、戦って自由を勝ち取るか、死ぬしかありませんわ」


 妥協点がなく追い詰めすぎるとお相手も必死になりますわ。


「もっと柔軟に考えて戦ってほしいですぅ」

「お金を払ってお味方に付けても、攻め落とした後お味方に付けても結果的には同じですわ。力押し一辺倒では疲弊するだけですの」

「さすがはアテンノルンさまですぅ! 近くにいてくれれば、もっと……ううん、なんでもないですぅ」


 メルクルディさまのお酒の進みがお早いですわ。

 おみやげにあった魔導覚醒酒を混ぜますと、さらに酔いは加速いたしました。

 

「私の中のつながりが消えていくのがわかるのですぅ。支配魔法でつながっているあの子がいなくなった、あの子も消えたって。日常を過ごしていると、おだやかな恐怖が突然襲ってきますぅ」


 出発前に予想しておりましたが、魔物使役兵ビーストコマンドの半分は戦死か行方不明になっておりました。

 奇襲や暗殺に強くとも、対策されるとただの強力な個人であると露見してしまいます。

 使役者を狙われればどうしようもありませんわ。


「そういえばアテンノルンさまと一緒にミンワンシン市を降伏させたメスキータも、王都攻略戦で戦死しましたぁ」

「まさか──!? 深緑多頭竜ディープクリーンハイドラが敗れましたの?」

「はいですぅ。耐火と対装甲の貫通付与エンチャントをつけた王国騎士団と相打ちですぅ。1500騎も倒したので、あの子はよくやりました」

「そうですの……」


 思ったよりもショックを受けました。メスキータは生意気な子供でしたが、大人になる前に亡くなってしまいました。

 わたくしが勧誘しなければ、もっと生きられ……いえ、考えたくありません。


「あのときはすごく危なくて、前線がベイジーシン市まで下がりましたぁ。各地に派遣していた魔物使役兵ビーストコマンドを集める時間を稼がないといけなかったので、村の人たちが捨て身で戦いに行きましたぁ。そのときライゼさんもいなくなってしまいましたぁ」


 村の警護をお任せした獣人のライゼさまは、村を開放した時にお手伝いしてくださった大切な仲間です。


「お亡くなりになりまして?」

「わからないですぅ。ライゼさんは敵を止めるために毒をたくさん使ったので、ベイジーシン市の東側はいまでも汚染されていて、確かめられないですぅ。でもライゼさんは帰ってこなかったですぅ……」


 見知ったかたがどんどんいなくなってしまわれます。

 わたくしも連れていっていただけないかしら?


「……根本的に、どうしてそんな事態になりまして? わたくしが出発した時点では、3都市を占領しておりましたが、そのあとは交渉で和平を結べませんでしたの?」

「半年間は平和でしたけどぉ、増援が来たから引き返せなくなりましたぁ」


 なるほど。理解できましたわ。

 血の気の多い遠征軍のかたがたが、現地の融和的な勢力を無視して、領土拡張を始められましたのね。


 そのための軍勢なのですから当たり前ですが、現状で満足していたわたくしとしては、迷惑なお話ですの。

 どなたが戦争なんてはじめられたのかしら?


 元々はベルナールさまが名代さまに反抗を企てたのが最初ですが、その原因はわたくしが犯罪者扱いされないためでした。

 そして、ベルナールさまを仲間にして、村をお任せしたのはわたくしですし、村を手に入れたのもわたくしが依頼を受けたからですわ。

 

 お酒──強いお酒をくださいませ。


「そんなに一気に飲まないでください。身体に悪いですぅ」


 全てを曖昧にしないと耐えられません。



 メルクルディさまとのお話は夜が更けても続き、朝になって終わりました。

 強い情動はアルコールで溶かしてしまい、怒りも悲しみも後悔も、曖昧な感情でごまかしました。


 結局、戦わなければ終わらないと結論付けられました。

 まだ頑強に抵抗している残り1/3の土地を奪えば、ひとまず戦争は終わります。

 わたくしは一番不利で、一番戦線が膠着している地域の援軍になりました。


 山岳都市に立てこもっている敵を粉砕して、さらに敵の領地の深部にある都市という都市を攻撃する役割をいただきました。


「敵も考えることは同じですねぇ」


 こちらの領地にも敵の魔獣使いビーストマスターが侵入して、村や住民といったソフトターゲットを攻撃しております。

 全面戦争になると軍と軍の戦いだけではなく、それを支援する一般民衆も攻撃されて悲惨ですわ。


「すぐに終わらせて、また酩酊した生活に戻りましょう」

「はいですぅ」


 メルクルディさまは地位が上がられ、もう以前のような関係には戻れないと存じますが、せめて恩返しをいたしましょう。

 

 出撃の日がまいりました。

 中庭では象掴鳥ロックを使役するウェインライトさまが待っていらっしゃいます。

 

 平穏な生活を手に入れるためには、戦争に加担して終結に導く必要があります。

 平穏と最も遠い行為なのが皮肉でもあり、みなさまを巻き込んでしまった罰にふさわしいと存じます。


「やってください」

「はい」

「また楽しい遊びができるね!」

「くぁん!」


 人外や獣だけがわたくしに付いてきてくださいます。

 わたくしに親和性があるのは、つまるところ人間社会の外だと世界がお示しになっているのかしら?


 精霊さま、わたくしを、どうかお見捨てにならないでください。





 終わり


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