第53話 お家に帰りましょう


 舐められたら殺す。

 1000年前の蛮族が運用してした力の原理ですが、残念ながらいまの貴族社会にも適応されております。

 チクロさまとそのお父さまの処分は終わりました。


 次はわたくしの家を没落させた国王陛下とその重臣たちに償っていただく番です。ただお父さまが王妃さまと密通してた事実は、心情的には国王陛下にご同情差し上げます。


 男のかたは自分の妻が寝取られたのなら、間男に報復すべき義務があると戯曲でもうたわれておりました。

 自分の妻さえ守れない腰抜けと評判がたつと、自殺しかねないほどの屈辱なのだとか。


 国王陛下にとっては真偽はともかく、そのようなうわさが広まった時点で、お父さまを処断しなければならなかったのでしょう。

 血でつながりを保っている支配権をないがしろにする行為ですから、間男の血が王族の家系を乗っ取るかもしれないなど、権威に対する最大限の愚弄ですもの。


 やはりお父さまは死んで当然ですわ。


 それはそれとして、わたくしは家名を立てるために報復せねばなりません。

 情報を集めますと、すでに免罪されたお姉さまたちはともかく、おばあちゃまや、お屋敷で死んだ召使いのかたがたの名誉は地に落ちたままです。


 その恥を雪ぐためには、チクロさま一党を処分しただけでは足りません。

 わたくしはその想いを胸に王城を偵察に出かけました。

 これは骨が折れますわ。堅固で奥深い防衛機能をみて引き下がりました。


 遠目には丘の上にある壮麗なお城です。

 ですが片側が崖で、もう片方のなだらかな道はじぐざぐにうねり、左右が城壁で囲まれております。

 この通路を攻め上るのは自殺行為ですわ。

 愚直に攻めたとすれば、城門にたどり着く前に、この通路に屍を並べるでしょう。

 

 では何らかの方法で壁を破壊するしかありませんが、硬質な石材のあいだに、魔法耐性レンガを縫うように混ぜて造られたハイブリッド城壁は、遠目に見ても物理、魔法に対して堅固な防御力を示しております。


 せり出した城塔の上では常に兵隊さまが周囲を監視しておりますし、城門の上にいるガーゴイルは明らかに魔法で制御された魔導生物です。

 わたくしは内部にお招きされた経験はありませんが、お話では常駐している近衛騎士さまは、みな物樹大会の常連になるほど手練れで、魔導士団も常駐しております。


 これは軍が必要なレベルですの。

 それも大国が組織する大軍が、ですわ。

 わたくしが忍んで内部に入り、主要人物を暗殺するなど不可能ですの。


 崖そのものを破壊して基礎から切りくずす方法も考えましたが、魔力の発生源を突き止められた時がわたくしの最期です。

 

 ならばむしろ、どこかにお出かけなされた機会を狙って、襲撃計画を練ったほうが、無駄に命を散らさずに済みますわ。


 そこでわたくしは考えました。

 目的は家名を立てることですが、復権を認めていただく必要などありませんし、むしろ完全な敵となったほうが良いです。

 負け犬ではなく侮りがたい敵となれば、恥も雪げましょう。

 ならばやることはひとつですわ。


 その日から、妖精には1日1回、市街地で魔法攻撃を行わせました。

 職人通りの貴金属店や鍛冶屋、警備隊の馬屋といった軍務にかかわる場所を選んで破壊させました。

 土地勘がありましたので、南で行えば翌日は北といった具合に、次の襲撃を予測させないターゲットを選びました。

 王立劇場は少々もったいなく存じましたが、妖精の魔法が骨組みを吹き飛ばして半壊させました。 


 予想通り、連日の攻撃で王都は剣呑な雰囲気になりました。


 治安の不安定さは権威の失墜です。

 庶民の皆さまは治安機構の無能を疑い、税金を収めている無意味さを感じ始めております。

 兵隊さまは庶民のなかに犯人が紛れているのではないかと疑い、疑心暗鬼に捕らわれて無実のかたをとらえて投獄、尋問なさっておいでです。

 

 最後の仕上げとして、貴族のお屋敷が並んだ地域を目指しました。

 国家の運営にかかわっている宰相さまや財務長官、軍務長官さまなど、確実にわが家に対する軍事行動をお認めになったかたたちですわ。


「偉大な精霊さまのお力を、ご存分に味わいくださいませ。爆炎雷渦フレイムスピン


 財務長官さまの壮麗なお屋敷に、回転する炎の渦を発生させました。

 熱と白い稲津が西棟に襲い掛かり、お屋根が避け、窓が吹き飛び、大規模な火災が始まりました。


 召使いたちが叫びをあげて逃げ惑い、消火にいらした水魔導士かたも落雷におびえてお逃げになりましたので、魔法が消えた後も延焼した火災は、財務長官さまのお屋敷を灰にしました。


 わたくしは混乱した群衆に紛れ、つぎは軍務長官さまのお屋敷にゆきます。

 普段ならば城砦並みの警備を敷かれていたでしょうが、治安活動の支援に兵隊さまを回されていたので、壁を飛び越えてあっけなく忍び込めました。


 わたくしの目的は敷地内にある兵隊さまの宿舎です。

 王都の警備隊の5割を軍務長官さまが担っておいでですので、そこを攻撃すれば威信を失墜させられます。

 斜め前のお屋敷に無音サイレンスを張り巡らせて忍び込みました。

 兵舎がよく見える位置にゆきます。


 普通ならば魔法耐性の建材を攻撃しても多頭竜ハイドラの魔法障壁のごとく打ち消されてしまいます。

 ですがお屋根は木造でした。

 長く続いた平和にかまけて、防衛をおろそかにしております。


 わたくしがつぶやいた血竜巻ブラッドサイクロンの精霊魔法で、屋根は積み木のごとくばらばらに砕けて巻きあがり、上層階にいらした人や家具を砕いてお空に連れてゆきます。


 風の精霊さまのお力が、巻き上げたあらゆるものを細かく刻んで攪拌してゆきますので、人間は血煙に、木や石は茶色や灰色の煙となってゆかれました。

 めりめりと音を立てて、血竜巻ブラッドサイクロンが一段下の階層に入ってゆきますと、破壊音が一層大きくなり、わたくしの正面のガラスが砕け散りました。


 対魔法効果のある石材は外壁だけで、内部は普通の木と耐火煉瓦です。

 軋みと破砕音が激しくなり、耳を撃ちます。


「わぁぁぁぁ──」

「助けてくれぇ──」


 破壊音の隙間にまざった悲鳴は、妙にくっきりと聞こえました。遠ざかってゆくむなしさの余韻を残して竜巻に吸い込まれてゆきます。


 また一段、内部に潜り込みました。

 1階ですわ。

 地面までたどり着きましたの。赤い竜巻は蛇のようにうねって、建物の中身を蹂躙しております。渦がいっそう赤く発光しました。


 獲物のおなかに頭を突っ込んで内臓を食べる肉食動物を連想させる竜巻は、Lの字になった兵舎の端から端まで動かしたところで魔法が切れました。


 巻き上げられた元ニンゲンのチリが、赤い霧となってしっとりと降ってまいりました。幻想的な光景ですわ。


 立て続けの大規模魔法の発動は、精神に負担がかかります。

 わたくしは路地裏の壁を背にして深呼吸しました。


「精霊さま、やり遂げる力をどうかお貸しください」


(貪婪な夢の終わりに消えゆく命を道標にせよ)

(もっと派手にやれ! 戦え! 命という命をはじけさせろ!)


 また幻聴ですわ。

 ですがおかげで冷静になれました。最後までやり遂げろと、信念がおっしゃっいました。

 

 3番目に訪れた宰相さまのお屋敷は、立てつづけに起こった魔法攻撃を警戒してか、兵隊さまが詰めておいでです。 


 外門から正面玄関のあいだに、騎乗騎士さまと槍持ちの兵隊さまがお並びになって、防衛線をはっていらっしゃいました。


 わたくしは下女の恰好で、焦げた臭いをまとわりつかせながら、門に走りました。


「お助けください! ご主人さまのお屋敷がフィーエ教団に襲われております!」


 近隣に住まわている貴族のかたの名前をお借りして、悪のカルト狂信者が50人以上もやってきて、邸宅を襲っていると嘘をつきました。


「なにっ! 詳しく話せ!」


 門のおそばにいた騎士さまは信じてくださいました。

 わたくしは騒動に紛れてカルトが門を突破して、暴徒のごとくお屋敷のなかで戦っているとお伝えして、今すぐ支援してくださいとまくしたてました。


「一連の騒動はきゃつらの仕業か! 許さん!」


 宰相さまの盟友の貴族さまの名をかたって正解でしたの。

 ほどなくして騎士さまの一隊が兵卒をつれて出撃なさいました。お屋敷は一気に手薄になりました。


 これだけ簡単に信じてくださった理由は、日々の酒場通いで王都にカルトが復活したと噂を流したかいもありましたわ。

 執事さまの計らいで、事が済むまでわたくしをお屋敷にかくまってくださいました。


 フリル付きのメイドキャップで髪を隠し、お化粧でつくったシミと目のクマ、服に焦げと灰と火事の匂いをつけたわたくしを憐れんでくださったのですわ。


 奥に通されたお部屋でお着替えを持ってきてくださった執事のかたに、わたくしはにっこりと微笑みました。

 短剣を引き抜き、目についたかたがたをことごとく刺しました。


「フィーエさま万歳、フィーエさま万歳!」


 狂信者を装ってカルト神の名前を叫びながら刃物を振り回します。

 申し訳ございません。

 あなたたちは何も悪くありませんわ。

 ただ、仕えた主人が悪いのです。


 武器を持っていらっしゃらないかたは、せめて致命傷を避けて攻撃します。

 後ほど神聖魔法で癒されてくださいませ。剣を引き抜かれたかたはお気の毒ですが、お亡くなりになっていただきました。


 そのままお屋敷の端から端まで往復して、途中で見つけた調度品や絵画をことごとく破壊します。

 金庫やチェストのあるお部屋には火を放って、せめて回収の手間がかかるように破壊します。

 そのうち騎士さまたちがお屋敷の中に押し寄せましたので、わたくしは逃げ惑うメイドの役を演じて裏口から脱出しました。


 騒ぎを起こしたあとは貧民街に向かいました。

 王都の恥部とも呼べるこの場所で、メイドの恰好で酒場に入って、お屋敷の出来事を触れ回りました。

 さらにカルトの背後にいる黒幕のうわさも騙りました。 

 お屋敷に勤めていた時に旦那様から聞いたというていです。


『1年前に反逆罪で処罰されたセスオレギーゼ伯の娘が戻ってきている。しかも邪悪なカルトと手を組んで国家転覆をたくらんでいる』


『宰相さまの家でたくさん人が殺されて、王都を守る軍務長官さまの警備隊もおおぜいやられてしまった』


『裏切り者が手引きしないとこんなに手際よく襲ってこない。最近アルバレビ男爵の娘のチクロが狂乱した事件もカルトに入ったから。彼女が招き入れたのではないか?』


 6件ほどの酒屋で噂話を振りまいたあたりで戒厳令が敷かれましたので、わたくしは闇に紛れて王都の外に出ました。

 いかがわしいお薬屋さんで忘我の縁にいたウェインライトさまと合流しました。


 最後の仕上げです。

 朝、わたくしたちは魔導窟に続く丘から王都の城壁を望みました。


 わたくしは深呼吸しました。

 最も立派な大門に向けて、


熱核焼夷撃ニュークリアストライク


 対象範囲を最小限に抑えた熱核攻撃を撃ち込みました。


 巨大な門がねじ曲がり、爆発に耐えております。

 城門塔のひとつが溶けて崩れ落ちました。

 

 対魔法石材を惜しんで作りましたわね。

 ばらばらと砕けて街に向かって瓦礫が飛び散りました。

 

 白熱化した半径20メートルの火球は、10秒ほど輝いて消えました。

 大門は壊れこそしませんでしたが、周囲は黒く焦げております。

 

 もう一発。


 今度は門の片方が内側にねじ曲がり、閂が破壊され開きました。

 内戦以外では突破されなかった王都の堂々たる守りが、ねじ開いております。 

 ガラス化した大門の舗装路は無残にえぐれ、隠しようのない襲撃の跡が刻まれております。

 これでよいでしょう。


 風の反響ウィンドエコーの範囲をできるかぎり拡大、範囲化します。

 お別れの挨拶ですわ。

 

「不浄な土地に暮らすものどもよ、お聞きなさい。不当な理由で反逆のそしりを受けた父に成り代わって、このアテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼが、王都に蠢く神敵どもを、ことごとく絶やして差し上げます!」


「腐敗した王がこの地を納める限り、またその王に仕える愚昧なものどもがこの地を汚し続ける限り、真なる神フィーエがお与えくださる神罰が、永遠に続くとお覚悟なさいませ! 神に敵対する不信心者に死を! 不信心者の巣に死を!」


 そう言い終わりますと、何の見当もつけずに城壁に向かって撃ちこみ続けました。


「来たる日にはさらに苛烈な神罰が不信心者を襲います! 悔い改めなさい! 真なる紋章に跪きなさい! さもなければ、わたくしはいつでもここに参りますわ!」


 最後にもう一発、大門がら出撃し始めた騎士軍に撃ち込んで終わりにしました。


「ふぅ……義務は果たしましたわ。これでいつ来るともしれない襲撃に、当分は怯えてくださるでしょう」


 これだけやれば家名は立てられましたわ。国王陛下とその軍の面子も傷つけられました。

 意趣返しとしては十分です。

 王都からの帰りがてら、チクロさまの所領を荒らして終わりといたしましょう。


「……おめでとうございます。素晴らしい魔法でした」

「ありがとう存じます」

「ねぇねぇ、夜に地面につくった絵を見に行かない? いちごパイのかたちにニンゲンを落としたの」

「今戻ったら殺されますわ。今度にしなさい」

「えー」

「ではメルクルディさまのもとに帰りましょう」

「はい」


 巨大な象掴鳥ロックが地面にしゃがんで首を垂れ、ウェインライトさまがひと撫ですると、頬ずりして甘えております。

 わたくしの足元には灰黒狐がふらふらと歩いておりました。

 酔ってますわ。


「くぁぁん!」

「あなた、たくさん魔導覚醒酒を飲んでいますわね。良い経験を得られまして?」

「くぁぁぁぁ」

「……あのお酒はすごかったです。清々しい気持ちになって、存在のほんとうの美しさが理解かりました」

「それはよかったですの。おみやげのお金は足しまして?」

「はい。たくさんいただいたので魔物使役兵ビーストコマンドのみんなのぶんまで買えました」

「それでは出発いたします。長い道のりですが、よろしくお願いいたしますわ」

「はい。……今度はむちゃくちゃしないでください」


 象掴鳥ロックのお背中にあるハーネスで止められた御者台の奥、階段状の座席に座りました。

 席に座ると酔っぱらった灰黒狐がわたくしの膝の上を占領しましたので、うなじをくすぐって、ごわごわした毛をなでつけました。

 妖精も灰黒狐をベッドにして寝ころびます。


「いきます」


 巨鳥が空に舞い上がりました。

 みるまに王都が小さくなってゆきます。妖精が肩にとまり直して鼻歌を歌い出しました。


「ごきげんですこと」

「森のばらが歌っていたほうじょうの歌なの」

「植物が口をきけるなんて知りませんでしたわ」

「そうでしょ。いちばんいい日に歌うのよ」

「おかわいい歌ですわ」


 お耳がくすぐったくなる妖精の歌をじっと聞きました。

 景色が流れ、雲と同じ高さに鳥が舞い上がります。


「アテンノルンさまお寒くありませんか?」

「ええ」

「もし寒く感じましたら速度を落としますので、いつでもお申し付けください」

「その時はお願いいたしますわ」


 向こうに戻りましたら何をいたしましょうか。

 これまでお世話になったのですし、何か恩返しする方法を考えなくてはいけません。

 

「北東にある男爵領には、引退した冒険者のかたお屋敷があります。今まで収集したアイテムがあると聞き及んでおりますので、みなさまのお土産に略奪しにまいりましょう」

「……はい」



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