第二章――フェンリル⑧――

「すごいねぇダイン」


 その隣では目蓋を閉じた小柄な少年が、ダインがおろした戦利品に手を這わせていた。

 もう片方の手には火の灯った油皿を掲げていたが、それは、ちいさなロッタのための灯りだった。

 この少年自身に、灯りは意味がなかった。盲人なのだ。


「お前も持ってみろよルクー」


 ダインに押しつけられた戦利品を、端から端まで撫でて、ルクーは柔らかく微笑んだ。


「初めてなのに、こんなに大きな物を手に入れたの?大手柄だね」


 素直な賞賛にダインはふんぞり返った。背後から、トルヴァが野次をとばした。


「調子のって荷物を落とすなよダイン。割れものが入ってたら手柄はおじゃんだ」

「おかえりなさい。ヘルガとボズゥはまたけんか?」


 まだ姿の見えない二人の様子を言い当てたルクーに、フェンリルは小さくため息をついた。


「ルクーを連れていったほうが、静かでいいかもしれないな」

「ぼくはどうしたって足手まといになるよ。馬番くらいしかできない」

「え、おい、やめてくれよぉ、おれは留守番なんてなんてごめんだぞ!ロッタの子守りまでおまけされるだろぉ?」


 慌てて割り込むボズゥをトルヴァが笑い飛ばした。


「誰もお前を置いて行くとは言ってないと思うぞ」


 トルヴァに続き、ヘルガもここぞとばかりに便乗した。


「こうるさい自覚あるんだね、陰険そばかす」

「陰険そばかす、陰険そばかす!根暗のボズゥ!」

「きゃははは!」


 そこに兄妹の野次が加わり、洞窟の壁にロッタの甲高い笑い声が反響する。


「てめぇブス!男女言われたこと根に持ってんだろぉ!」

「ダインもロッタも、そんな風に人のことを言っちゃいけないよ」


 笑い転げる兄妹をルクーがいさめ、顔を真っ赤にしたボズゥはヘルガに再び食ってかかろうとしていた。

 フェンリルとトルヴァは、そんな二人をそれとなく引き離して荷運びを続行させた。

 移動中フェンリルが払いのけてきた雪が、今や重く水気を含んだ物に変わりだしている。このような日は、夜の支度を早めてこもるに限るのだった。

 まだ雪深い季節、本来なら彼らもほかの天の民ヴィトにならい、冬の野営地でひっそりと春の芽吹きを待つのが当然だ。

 だが彼らは皆何らかの理由で寄る辺を失った子供達であり、そういった集落での仕事や取り決めなどは意味を成さなかった。

 若い彼らを身内として引き入れたいと言う集落もある。

 けれど彼らにとっての長にあたる老人が、いずれの申し出にも良い返事をしないため、今のところはどこにも属さない流れ者の生活だった。

 全ての荷物を運び終えると、フェンリルは二、三度手を打った。


「ほら、今日はもう飯にするぞ。食ったら片づけてさっさと寝る」

「えぇ―――!」


 ダインとロッタが声をそろえて叫んだ。うるさい盛りの兄妹はまだ眠くないと訴えたが、それを制してフェンリルは続けた。


「荷物は明日ほどいて確認しよう。多分今夜は荒れる。明日も吹雪くかもしれないから、俺は馬の方で寝る。何かあれば声をかけろよ」


 各々返事をしながら作業に執りかかった。

 フェンリルは馬の天幕に火種と寝床用の毛皮を持っていき、トルヴァとボズゥは洞窟の入り口を雪で狭めて固めていった。ヘルガはダインと運んだ荷物を整えて、眠れる場所を確保する。

 ルクーは器用な手つきで魚の干物をほぐし、豆と一緒に鍋にいれて煮立てた。

 その隣ではロッタが、火加減をルクーに伝えながら今日の襲撃で手に入れたパンを人数分に割っていく。

 それぞれが作業を終えてから、スープとパンの簡単な食事をとりかこむ。大きな荷物が多かったため、膝を伸ばすのがやっとの狭さだった。

 馬の天幕で早めの就寝につく頃、フェンリルは老人がいつ戻ってくるのだろうとぼんやり考えこんでいた。


(次に戦利品をさばきに行く時は、おれもついて行くと言ってみよう。これだけ放っておいたんだ、駄目だとは言わせない……)


 ガキを連れていてはなめられると、かたくなに拒否し続ける老人の眉間のしわを思い出しながら、フェンリルは眠りについた。

 結局その日も翌日も、老人は戻ってこなかった。

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