第二章――フェンリル⑥――

 彼らは馬以外の家畜を持たず、農耕も行わない。

 そんな彼らの日々の命を繋ぐのは、地の民アマリを襲って得た物品と時々狩る獣や魚、そして、たまに立ち寄る集落で物々交換などして得た食料や物資である。

 いつものことだ。

 しかし、冬の時期にこんなに長く不在だったことはなかった。

 巻いていた布を取り、フェンリルは頭を振った。

 雪焼けを防ぎ、顔を隠すためとはいえ、布の内側に溜まった吐息の露は今や湿って不快である。

 天の民ヴィトの中でも珍しいとされる、柔らかな群青の癖っ毛を振りかぶったその顔は、まだ少年の域を出ていない幼さだった。

 特別に麗しいとはいかないが、フェンリルの容姿は、はっと目を引く物がある。

 鼻筋はすっととおり、ゆるく結ばれた唇は薄く形が良い。肌は日に焼けたことなど一度も無いような白さであり、こめかみや首筋などの青い血管の太さが透けて見えるほどだった。

 一度として、喜びも悲しみも生じたことが無さそうな表情の乏しい顔立ちのなか、頭髪と同じ色の眼光はいやに鋭い。

 だが本人が放つ朴訥とした雰囲気のせいなのか、無表情に妙に馴染んでいた。

 顕わになった青いくせっ毛を見やりながら、トルヴァがぼやいた。


「つくづく惜しいよな、お前って」

「なにが」

「目も青じゃなく、金色だったらなって。じいさんみたいにさ。それで風使いときたら、皆大喜びなのに」

「褒めてるつもりかそれ?だとしたら嬉しくない」


 フェンリルは青い目をすがめた。


「そんな睨むなよ」


 同じように布をほどいたトルヴァが、まっすぐでくせのない、硬い銀髪をかきあげた。

 熱のこもらなそうなフェンリルに対し、トルヴァは明るい印象の凛々しい少年だった。眉尻はきりりと持ちあがり、程良い肉厚の口元は常に、自然と笑みの形を作っている。

 フェンリルと同じ青い瞳はくっきりとした二重であり、短い夏の爽やかな晴天を思わせて、若者らしい生気に溢れていた。


「お前の天王様嫌いはよく知ってるけど、ほとんどの天の民ヴィトがきっと、おれと同じことを言うに違いないんだから」

「やれるもんなら、くれてやりたいよ」


「フェンリル!」


 悪態をつき合う二人の間にするりと、割って入った者がいた。

 あちこちはねる濃い金髪の少年で、トルヴァが盗みを行った五人の中では一番背丈があるのに対し、もっとも小柄な人物だった。

 俊敏と言うよりも落ち着きが無い足取りで、彼はフェンリルに纏わりついた。


「なぁなぁフェンリル、一番大きい積み荷はオレに運ばせてよ!」

「ダイン」


 ダインは返事を待たずに鼻息も荒く積み荷を抱えあげた。

 お伺いを立てはしたものの、きらきらとした晴れた日の湖面のような淡い水色の瞳は、ダメと言われるなど微塵も思ってはいない。

 ダインを連れていくのは今日が初めてだったが、この騒がしい少年にしては忍耐強く、言うことを守っていたほうだった。

 トルヴァが積み荷の重さによろけるダインを見て、にやにやとした。


「ちびには重いんじゃないか?」

「言ってろでかぶつ!オレが運ぶから、もらってもいいだろ?な?フェンリル」

「いいよ」


 フェンリルが許可するとダインはたちまち破顔して、一足先に洞窟の暗闇へと融けていった。そして途中でふりかえり、トルヴァに舌を出すことも忘れなかった。


「……甘いんじゃねぇのぉ」


 フェンリルとトルヴァの背後から不服そうに呟いたのは、かぎ鼻の少年だった。

 まるで鳥の巣のようなくしゃくしゃの金髪に、そばかすの浮いた肌。暗い紫色の垂れた目じりは、優しいと言うよりもいじけているようで、野暮ったい印象が強かった。


「ボズゥ」


 フェンリルが呼ぶと、ボズゥはじとりとねめつけてきた。


「でかい積み荷ひとつだろぉ。あいつが一人じめしちまっていいのかよぉ」


 ボズゥは誰よりもくせの強い金髪を、ぐしゃぐしゃにかき乱した。




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