第一章――カザド⑧――
後ずさってカザドは、子供のふりまわす木の枝を避けた。一撃、また一撃と避けるたびに、カザドに血が跳んだ。
子供が襲いかかってくるたびに、足元に赤い滴りができた。その血は暖かい。
やっとカザドは、子供の衣類の汚れの訳に気付いた。
「やめろ……おい、やめないか!」
カザドは子供の突き出した腕を脇で挟み、幻が消える前にと羽交い絞めにした。すると子供は地団太を踏んで、逃れようともがいた。
思わず、カザドはその小さな体を抱きしめた。
すると子供はひどく暴れた。折れんばかりに体をのけぞらせて、がらがらにしゃがれた声で悲鳴をあげた。
「暴れるな!けがをしてるんだろう?」
子供は全身でカザドを拒絶していた。カザドが腕に力を込めれば込めるほど、その身がちぎれそうな程に声を張り上げた。
「大丈夫だ!」
ほとんど怒鳴りつけるように、カザドは叫んでいた。
「お前は助かった!大丈夫、大丈夫だ!お前は助かったんだ!」
カザドは子供に負けじと叫び続けた。優しくなだめるということが、彼にはできなかった。腕の中にある小さなぬくもりにおおいに戸惑い、どうすればいいのかわからなかった。
そうしているうちに、夜の帳を引き裂くような悲鳴も、子供の体力と共に薄れていった。段々と息継ぎの合間が長くなり、やがてそれは、か弱くてか細い、すすり泣きに変わっていった。
「大丈夫だ……大丈夫だ……」
それにつられるように、カザドの声も小さく、優しくなっていった。これまでこのように誰かを抱きしめたことなど一度もなかったと、ふいに気がついた。
燃え残ったあり合わせの物をかき集めて、カザドはどうにか
外に繋いでいた愛馬は勢いの強くなる火に怯え、なだめるまでに苦労したがどうにか言うことを聞いてくれそうだった。
破壊のみが目的だったのだ。
(やはり、ここは地帝に見つかったのだ……)
使える物や食料をあらかた積め終えると、カザドは簡易的に作った寝床へと向かった。そこでは摘みこまれた荷物に混じり、子供が青白い顔をさらして眠っていた。
子供はカザドが思ったよりもはるかに重症だった。
胸を肩から大きく切り裂かれていた。命を断つつもりで、容赦なく刃が振り下ろされたのは間違いない。
さらに体のあちこちに、打撲や裂傷も見られた。
カザドの脳裏に、あの半裸の少女の姿がよぎった。この子供もまた、苦痛のなかで殺されたのだ。そして、息を吹き返した。
何が子供の命を繋ぎとめたのかは、不明だった。
寒さで傷口が凍ったのか、致命的な部分を逃れたのか。そのどちらとも言えた。
それにまだ助かったとは言えない。血を多く流した子供の体力は、著しく低下していた。一応傷を縫いはしたが、発熱はまぬがれない。
膿をもったらもうおしまいだろう。
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