第一章――カザド⑥――※ぬるいですが性描写を匂わす表現があります。

「なにを」


 背後の火明かりから照らされた少女は半裸だった。

 衣のすそは引き裂かれ、上半身はほとんどの肌をさらしていた。

 カザドは少女の身にふりかかった災いに身震いし、全身が冷え冷えと凍りつくのを感じた。

 目眩がした。

 少女は死ぬまでの間に、カザドがかつて味わった物と同じ屈辱を受けたのだ。

 カザドは雪に膝を落とし、両手をついた。

 逃げようとあがいていたであろう少女の細く白い腕は、樹の幹にすがったままもう動かない。きっと美しかったはずの濁った紫の瞳は、もう決して輝くことはない。

 誰も彼もが、間に合わなかった。

 地の民アマリたちの、女神の嘲笑う声が聞こえてくるようだった。

 息をしなければと、カザドは肺いっぱいに凍てつく空気を吸い込んだ。

 それを細く、慎重に吐き出そうとしていると、どういう訳か、喉元から引きつくような笑いが込みあげてきた。

 なにがおかしいのか。止められない。よくよく考えてみると、別に止めたいわけでもない。

 この場で好き勝手に振る舞ったであろう地の民アマリに対して、嘲笑わらえてきた。


「……はっ……馬鹿共め……」


 よくやる。


「小娘一人を相手に、ここまで」


 執拗に。


「大勢で」


 寄ってたかって。


「この寒さの中で」


 よくやれるものだ。


「馬鹿共め」


 よくやる。


「よく、やる」


 ――よくもやってくれたな。


「……女神よ……大地のアマナ女神よ。お前は我々から、天王と、天空を奪った。誇りを、魂を奪った」


 やがて、くっくっと鳴る喉の奥から、堪え切れない訴えが搾り出てきた。

 神に祈りを向けたことなど無い。

 そもそも信じてすらいない。

 神が何をしてくれた?

 恩恵など受けた覚えは無い。

 痛みすら、与えられた事は無い。

 カザドを嬲った者も、少女を殺めた者も、神ではなく人間だ。

 地の民アマリ天の民ヴィト、皆等しく人間だろうに。

 神は何をしている?


「やっと築いた楽園も奪い獲った……次はなんだ?」


 カザドはうめいた。

 いたと言うなら。

 祈りを聞き届けると言うなら。

 これが神の御心だと言うなら。

 かつて存在し、君臨し、この世界を創り上げたと言うなら。

 この叫びを、神よ、聞くがいい。


「いったいこれ以上何を奪えば満足するんだ!見て見ぬふりの神共めが!」


 カザドの叫びはすぐさま静寂にかき消され、わずかの余韻すら残さなかった。

 静けさに取り残されたカザドは、しばらく俯いていた。

 もはやここにいる理由はなく、去らなければと思うのだが、気力がわかない。争い、奪い、追われ、疲れはてて楽園を求めた。ひと目見てみるだけで良かった。

 確かなものを目にすれば、この先、どうとでも生きていける気がした。

 しかし、もはや何もない。

 カザドの良く知る破壊と殺戮のあとしか、残ってはいないのだ。


「……あんまりじゃないか」

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