第一章――カザド⑤――
カザドはその鮮血の量を見て、青年がもはや助からないのだと悟った。
「そうだ。気をしっかり持てよ、じきに俺のいた集落から仲間がやってくる」
いいや、そんなものは来ない。
カザドに帰るべき集落は無い、仲間などいない。
青年は達観した口調で言った。
「……助けがいるのは……おれじゃない……」
「なに?」
青年は渾身の力をふりしぼって、己の腕をあげ、柵を指差した。よく見れば、小さな血の跡が続いていた。
「逃がしたのか。――お前の身内か?」
「そう……」
とぎれとぎれの息で、青年はささやいた。
「……その後を、
「俺が行こう、お前はここで待っていろ。きっと連れてくる」
「たのむ、たのむ……まだ……ほんの……こ……ちぃ……ヘ、イル……ン…リ……」
青年はふいに言葉をとぎらせると、それきり、もう、何も語ることはなかった。
細切れの呼吸をいくつかくり返した後、細く長い吐息をもらし、それきり。もう二度と。
カザドは何物も映さなくなった青年の目を、柔らかく閉じさせた。
「……天王の息吹の、あらんことを」
とうの昔に捨て去ったはずの祈りの言葉を呟き、カザドは腰の短剣を引きぬいて、柵を飛び越えた。
森を形成する木々は、いずれも雪をかぶり、暗い色をしていた。その木と木の間、根元の雪に、滲む火明かりでもそれとわかる血のしみが、点々と続いている。
複数の足跡も見られた。地面を睨みながら、カザドはわれ知らず短剣を握る手に力を込めていた。外に繋いできた馬を、取りに戻るべきだったかもしれない。
嫌な予感がしていた。誰であれ、逃げきれるものだろうか。
相手は馬を持ち、武器を携えているのに。
だがそれを考えると答えはひとつしかなく、こうして後を追うのは、無意味なことのような気がしてしまう。
カザドの予感を裏付けるように、森は静かだった。背後で火の爆ぜる音や、足元の雪を踏む音、自分の息使い以外拾える音はなく、凍える森に命の気配は微塵も感じられなかった。
それでも歩む足を止められず進んでいると、集中して歩き回った足跡と血だまりを見つけた。
背筋がひやりとするのを感じながら、カザドはこの血の主を探した。求める者はすぐに見つかった。
血だまりからはいずるような蛇行の先、雪が踏み荒らされ土壌がめくれ上がった木立の根元に、金の髪を散らしてうつぶせる少女がいた。カザドからすればずっと幼い背丈の少女だった。
まだ、十二、十三の年頃の――あの青年の身内に違いなく、妹と思われた。
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