第一章――カザド④――

 長の居住だと思われる長屋は、天の民ヴィトには決して珍しくない造りだった。厳しい寒さと風をしのぐため、芝土で固めた屋根と壁。

 窓は少なく、襲撃に備えるように、入口は小さく狭い。この長屋も幅はあるが、近くで見ればたいして他の家と格差はなくささやかだった。

 一国を築いた者の住まいなら、もっとどこか特別な気がしていた。少なくとも、昔くらした地の民の館くらいはしっかりしていると思っていた。

 おまけに遠目からではわからなかったが、窓の内からちりちりと燃えだしている。

 火に囲まれる場所に飛び込んでしまったと気づいて、カザドは長屋の裏にまわった。長屋の向こうは雪壁と、柵で阻まれた森があり、燃え移るにはまだ時間がありそうだった。だが愕然とした。そこには複数の骸が横たわっていたのだ。

 同じことを考えて、脱出を図ったのだと言うことが見て取れた。柵にたどりついてる者は一人もいなかった。その骸の中で唯一首の無い人物がいた。

 着てる物は長の文様が施された衣であり、かたく剣を握りしめていた。


(これが長か)


 戦いの跡が体のあちこちに見て取れた。馬に翻弄され、追われた足跡があった。死しても放さない剣の切っ先には、誰のものかわからない血が付着していた。

 かなわなかったが、少なくとも彼は一矢報いたのだった。それだけでも称えることができる気がして、カザドはあたりに散らばった長の物とおぼしき琥珀玉を集めて、その遺骸の胸にのせた。

 再び見まわせば長より数歩先に二人、かばい合うように倒れこんでいる者がいた。同じ文様の衣を着ているので、長の血縁であることがわかる。

 一人はまだ若く、下に倒れる女性を覆うようにうつぶせていた。背中に数本の矢が突き刺さっている。

 長の妻と、その息子だろう。その下の雪は赤黒く滲んでいた。

 落胆しかけたカザドだったが、ふと、その青年の体が動いた気がした。最初は見間違えたと思ったのだが、息をつめて見つめみればやはり、かすかに上下している。

 カザドは駆け寄り、青年の肩をゆすった。


「おい?生きているのか?」


 青年はうつむいていた頭をわずかに持ち上げ、声の主を見極めようとした。


「……誰だ……だれ……」


 青年の顔には血と苦痛がこびりついていた。


「誰でもいい、しっかりしろ。お前は長の息子だな、そうだろう?」

「……天の助けか」


 青年はカザドの質問には答えず、笑顔を作ろうとして、激しく咳きこんだ。ごぼりと水音の交じった耳障りな音と共に、青年の口からは新たな血が吐き出された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る