二十一、逢魔が知りたいこと



 逢魔おうまは昼間の神子みこの言葉に従い、それ以上問い質すのを止めたが、どうしても黎明れいめいのあの様子が気になり、とにかくじっと観察することにした。


 しかし相変わらずの無表情が、ここにきてそのすべてを覆い隠すことに役立っているようだ。


 神子みこ神子みこで、傍でいつものようにほとんどひとりでしゃべっていて、時折黎明れいめいが「うん」とか「そうだな」とか返答している。


(よく神子みこはこんな面白くない男と何十年も一緒にいられるよね)


 自分がもし相手だったら、三日で音を上げるだろう。たが、黎明れいめいが善い男であることは知っている。言葉は少ないが行動力があり、なにより認めたくはないが尊敬している。


 ただ、逢魔おうまとしては共有したいことがたくさんあるのに、伝わっているのかどうかさえかなり謎である。


 箸を咥えたまま、逢魔は頬を膨らませる。少し遅い昼餉だが、先ほどまでの不穏さはどこにいったのか。


 何事もなかったかのように、目の前に仲良く並んでお膳の料理を食べているふたりは、不自然なくらいいつも通りだった。


「ねえ、ふたりはいつから一線を越えたの?」


 ぶっと神子みこは思わず汁物を吹き出す。こほこほと気管に入ったものを吐き出すように咳き込み、苦笑いを浮かべた。その背を心配そうに黎明れいめいが擦る。


「あの村を訪れた時はもういちゃいちゃしてたから、もっと前かな?俺が幼い時はがまんしてたの?十二歳までは三人で一緒に寝てたし。俺の前では口付けすらしなかったよね?」


「お、逢魔おうま・・・君は何の話をしているのかな?」


「興味があって。ほら、俺ももう大人だし。ふたりは目合まぐわいの時どうしてるんだろうって思っただけ」


「な、なにもご飯を食べながらする話じゃないと思うけど・・・?」


 咥えていた箸を離し、ふたりを指すように向ける。行儀が悪い、と黎明れいめいが眉間にしわを寄せて視線だけ送って来る。


 胡坐をかいていた逢魔おうまは、背筋はぴんと伸びていて、なんでもないという顔で話を続ける。


「俺が神子みこの頬とか指に口付けしたり、抱きついてるの見て、師父しふはいつもどう思ってた?幼い頃は疑問にも思わなかったけど、今思えば、俺のこと嫌だったんじゃないかって」


 申し訳なさそうに顔を作って、本当はわざとやっていたということは隠す。実のところ、それをやっている時にちらりと黎明れいめいを見ていたが、まったく表情が読めなかったのだ。しかしよく目は合ったので、何とも思っていないなんて答えは嘘だと解る。


「そうなの?嫌だった?嫉妬してた?」


 逆に神子みこがそれに興味を持ったらしく、黎明れいめいの顔を覗き込んでじっと見上げていた。


「・・・幼子になぜ嫉妬するんだ?」


 しかし、黎明れいめいの反応は予想通りではなく、首を傾げていた。どういうことだろう?と逢魔おうまは顎に手を当てる。


「普通、自分の恋人が他のやつといちゃいちゃしてたら嫉妬するでしょ?」


 黎明れいめいはその時の様子を思い出して、ひとり物思いにふける。


(・・・最初は確かに嫉妬のようなものがあったかもしれないが、それ以上にふたりのその様子が愛らしいと思っていたのだが、答えを間違ったか?)


 宵藍しょうらんが頬を膨らませてじっとこちらを見てくる。

 

 黎明れいめいはそれすら愛らしいと思い、思わずその頬の膨らみを和らげようと人差し指と親指で同時に押した。


 そうすると口を尖らせたような形になり、思わずふっと笑みを浮かべる。その表情に、神子みこ逢魔おうまは顔を見合わせて、同時に声を上げて笑った。


 指を離した黎明れいめいは不思議そうにそんなふたりを交互に見ていたが、宵藍しょうらんが左腕を自分の腕で絡めるように抱いて微笑する。


「ふふ。そんな君が本当に大好きだよ」


「あーはいはい、ご馳走様。邪魔者は退散しまーす。でも答えはまだ聞いてないから、あとで教えてね?」


 ひらひらと右手を振って、いつの間にか膳を平らげ立ち上がっていた逢魔おうまが気を利かせて部屋から縁側の方へ出て行く。


 腰に差した黒竹の横笛に付いている飾り紐がふらふらと揺れていた。


「なんなんだ、一体?」


「彼なりの気遣いだと思うよ?本当に聞きたいことが聞けなくて、でもいつも通りでありたいっていう」


 気持ちの整理が付いたら、伝えなければならないことは伝えたい。宵藍しょうらん黎明れいめいの腕を抱いたまま、身体を寄せる。


 ふたりはしばらく逢魔おうまが出て行った縁側の方を眺めていた。



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