二十、君を守るために



 そっとその指を一本一本丁寧に離して、そのまま身体をゆっくりと寝台に寝かせる。黎明れいめいは寝台に座ったまま、疲れた表情で嘆息する。


(俺は・・・どちらを選べば君を守れる?)


 現在いまを守るか、その先の未来を守るか。


 邪神を封印し、その力を抑えるために眠りにつくと言ったが、いったいどのくらい?何年、何十年、何百年、それ以上?


 そんな永遠ほどの時間を、彷徨い、生きていく覚悟が自分にはあるだろうか?


 たとえ目覚めても、その時自分は違う顔で声で存在で。それでも魂は同じ。生まれて死んでを繰り返し、その度に希望を持っては絶望し、もし巡り会えたとしても神子みこに自分だと告げることができない。


 けれども始まりから現在まで、神子みこはそれをずっと繰り返してきた。


(仮に禁呪を施し、永遠の輪廻転生を手に入れたとしても、君を捜し出せるかどうかもわからない。この国は広い。たったひとりを捜し出すなんて、俺はできるのか?しかも同じ時代に存在しているかどうかも解らないのに)


 始まりの神子みこ黒曜こくようと共に闇の中で生きることを選んだ。自分の魂を二つに分け、死人の身体になっても傍にいることを選んだのだという。


 この国を守る神子みこでありながら、闇の化身を生み出し、それをもうひとりの自分に押し付けなくてはならないその矛盾に、どれだけ苦しんだことだろう。


 黒曜こくようがその身に取り込み続けていた穢れは、やがて自身では手に負えない邪神を生み出した。


 本来の役目であるこの国の穢れや陰の気をその身に留めることが難しくなったため、それを放出する自己防衛が働いたのだろうと、始まりの神子みこは言っていたらしい。


 つまりはこの国のためにその身を削っていたはずが、今やこの国を闇で覆いつくそうとしているのだ。なんという皮肉だろう。


 それをすべて元に戻すためには、始まりの神子みこと今の神子みこである宵藍しょうらんがひとつになり、その身を捧げて邪神ごと黒曜こくようを封印するしかないと、そう結論に至った。


 神子みこが眠りにつくということは、この国の四神が機能しなくなる可能性がある。


 それをなんとかする術をあちらの神子みこが考えていると言っていたが、もし不可能な場合、この国はどうなってしまうのか。


 たとえ烏哭うこくの四天がその宗主と共に封じられたとしても、他の術士たちはただの人間。それらは野放しになるのではないか?


神子みこが目覚めるまでこの国を守る。目覚めた時に平穏であるように、守り続ける。それが、神子みこを守ることに繋がる)


 永遠の先に、いつか出逢えると信じて生きるのは、愚かだろうか。


(・・・答えなど、最初から決まっていたのに、なにを悩むことがある)


 禁呪の制約として、自分が転生をしていることを神子みこを含め他の者に伝えてはならない、自害してはならない、というものがあるらしい。


 それをひとつでも破れば永遠の転生を止められるが、代償として二度と魂が輪廻することもなくなる。


 つまり、耐えきれなくなってそれを破ってしまえば、二度と巡り会うことは叶わないという事。


 黎明れいめいは姿勢を正したまま、明るくなっていく部屋の隅をじっと見つめていた。ひとつだけ、気がかりがあった。


逢魔おうまには、なにも告げないつもりだろうか、)


 自分の生みの親のこと。神子みことして宵藍しょうらんがやろうとしていること。


 なにも告げずにその時が来たら、いくら逢魔おうまでも心がもたないだろう。指を祈るように交差して握りしめ、黎明れいめいは俯く。


 今日は早い時間から宗主たちが集まって話し合いをするらしい。神子みこももちろんその席に招かれている。


 せっかく眠りについたのに、すぐに起こさなければならない罪悪感と、このまま三人でこの碧水へきすいから離れ、何にも関わらずに穏やかに過ごせたらと思う気持ちが交差する。


 そんなことはできないと、知っていながら。黎明れいめい宵藍しょうらんの方へ身体を半分向けて、涙の痕をそっと拭うのだった。



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