十九、始まりの神子


 少しずつ息を整え、落ち着かせるように瞼を固く閉じる。しばらくそのままの状態で抱きついていた宵藍しょうらんが、ゆっくりと顔を上げた。


 薄闇の中でさえ蒼白と解るその顔色に、黎明れいめいはあたためるように両手で頬を包んだ。泣き出しそうなその大きな瞳を、ただ静かに見守るしかない。


「・・・前に話したよね?繋がっている夢の話。私と、もうひとりの、」

「なにかあったのか?」


 唇を噛みしめ、宵藍しょうらんは俯く。苦しそうなその表情に、何もしてあげられない自分を悔やむ。


 神子みこがその夢をみるようになったのは、紅鏡こうきょう烏哭うこくに攻め入られた半月前から。


「始まりの神子みこが自分の魂を半分に分け、その半分である私に、神子みことして転生を繰り返させ、邪神が生み出している穢れを鎮めさせているって」


「だが、それは夢の中の者が言っているだけで、真意は解らない。君を晦冥かいめいに誘い込むための罠かもしれない」


 ふるふると首を振り、宵藍しょうらんはそれを否定する。


「・・・そうだったら良かったけど、わかったんだ。夢の中で出会った時、手を重ねた時、私がずっと感じていた、欠けていたなにかがぴったりとはまったのを」


 それはまるで初めからそこにあったかのように、不思議と溶け合うように、意識を共有することができたのだ。


「さっき、夢で・・・逢魔おうまの真名を、私に預けてきた。逢魔おうまは、もうひとりの私の、」


「・・・そんな偶然、」


 しかし、出会った時、幼い鬼子だった逢魔おうまが、記憶がないのにも関わらず、無意識に宵藍しょうらんを慕い、くっついて離れなかったのは、面影を追っていたからなのかもしれない。だが、夢の中のもうひとりも少年だと聞いた。


「始まりの神子みこの特殊な体質を媒体にして、鬼子おにごを孕ませたんだと思う」


 この身体は魂を宿して生まれたその時から、特殊な体質になる。神と名の付く存在のみが、善でも悪でも子を宿せる。


 孕ませるにはその霊気を注ぐ必要があり、女でも男でも例外はない。善であれば神子みこの眷属が生まれ、悪であれば闇の化身が生まれる。


 逢魔おうまがどちらに該当するのか、宵藍しょうらんには解らない。邪神に孕ませられたのだとしたら、と途中まで考えて止める。


「どちらにせよ、人は生まれない。国ができる時、神は神子みこの身体を使って四神と黄龍を産ませた。それはのちに土地を守護する聖獣となり、その地で一番霊力の強い者にその血を飲ませたことで、今の五大一族が各地を統べることになる。直系だけが特殊な力を持つのはその名残なんだ」


「ならば、あの烏哭うこくの宗主や四天たちは、」


「陰と陽は隣り合わせ。神はもちろん光と闇を創った。晦冥かいめいを統べているのは、始まりの闇。黒曜こくようという神だよ」


 黎明れいめいは正直、今語られている真実を咀嚼できそうになかった。それこそお伽噺としか言いようがない。そしてそれを自分が聞いても良いのかとも思う。こんな、きっとこの国の誰も知らない重大な秘密を。


「君には、すべて知っていてもらいたい。その上で、頼みたいことがあるって言ったら、卑怯だって・・・君は私を嫌いになるかも」


「嫌いになど、ならない」


 宵藍しょうらんがどうしてこんな話を自分に聞かせているのか、なんとなくだが察しは付いていた。

 

 烏哭うこく黒方士こくほうしと呼ばれている始まりの神子みこと意識を共有するようになり、ほぼ毎日のように夢を見て、青ざめた顔で目覚める。


「なにも知らずに君が目の前から消えてしまうくらいなら、知っていた方が覚悟もできる」


「・・・・黎明れいめい、」


 何かを終わらせようとしているのだと、黎明れいめいは感じていた。その理由は解らないが、いつものように笑っていても、どこか思い詰めている宵藍しょうらんの表情は、隠しきれないくらい暗かった。


 そして、その後に宵藍しょうらんが告げた言葉と自分に対する頼みに、黎明れいめいは即答することはできなかった。


 神子みことして宵藍しょうらんが下した決断は、黎明れいめいが受け入れるのは容易ではなく、むしろなぜ今なのかと反対する言葉を口にしてしまいそうで。


 その返事を先延ばしにしたところで何も変わらないと解っていながらも、少しでも繋ぎとめておきたいという願いがあった。


「君には、私たちがいなくなった後のこの国を、守って欲しいと思ってる。もちろん、ちゃんと対策を練ってから託すから、心配はないよ?今、ふたりで色々と準備もしているんだ。四神のことや、この地の穢れのこと、それに、」


 向かい合っているのに俯き、目も合わせずに早口で明るく話してみせる宵藍しょうらんの言葉を遮るように、黎明れいめいはそっと右手で頭を掴んでそのまま自分の右肩に顔を埋めさせた。


「わかったから、もう、なにも言わなくていい」


「私は、本当に酷い神子みこだよね・・・君に、こんな、残酷なお願いをしておいて、・・・君が、そんなことは止めて傍にいてくれって言ってくれるのを期待してたんだ。でも、君は優しいから、ちゃんと話を聞いて、考えてから答えを出してくれるっていうのも解ってた」


 肩口が薄っすらと濡れているのが解る。どうしたら、その涙を止めてあげることができるだろう。本当の意味で守ってあげられるだろう。


「私は、君のことが、本当に愛おしい。離れたくない。この命が消えるその瞬間まで傍にいたい」


 祈るように吐き出されるその声に、黎明れいめいは顔を歪める。そしてもう片方の腕を背中に回して、強く強く細い身体を抱きしめる。


 しがみついてくるその指先は衣を固く握りしめ、離れたくないと言った言葉の通り、必死だった。


(君に伝えたいことがたくさんあるのに、俺は、なにひとつ言葉にできなくて)


 それでも何も言わずに笑ってくれる宵藍しょうらんに甘えていたのたど気付かされる。真っすぐに想いを伝えられたなら、どんなに楽だろう。


 しかし現実の自分は、あいしてる、というひと言さえ、上手く紡げないのだ。


 ただ、その涙が止まるまで、抱きしめてあげることくらいしか、できなくて。そうやってお互いを支えるように長い時間抱きしめ、気付けば外は仄かに明るくなっていた。


 落ち着いたのか、宵藍しょうらん黎明れいめいの衣を握ったまま静かな寝息を立てていた。



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