十八、夜泮


 息をするのも忘れるくらい、何度も口づけを繰り返していた時、豹変したように黒曜こくよう黒方士こくほうしの唇を噛み、とろりと血が顎を伝った。


 黒方士こくほうしはそれでもされるがままに行為を許し、衣を脱がされ生白い肌を乱暴に露出されても文句ひとつ零すことはなかった。


 何百年も前から存在し、外に出てきては黒方士こくほうしに闇を孕ませ、烏哭うこくの四天を創り出した邪神。表に出てくる間隔がどんどん短くなり、この十数年、黒曜こくよう自身抑えきれなくなっていた。


 首筋に思い切り噛みつかれ、血が滲んでもなにも感じず、また新しい傷跡がひとつ増えたと心の中で呟く。


「そうだよなぁ。お前はなにをされても何も感じない死人しびとだから、表情のひとつも歪まない。いっそ、腕の一つでも切り落としてやろうか?」


「・・・お前にはできない」


 細い首を右手で掴み、力を入れる。爪が食い込み、そこからまた血が滲む。黒方士こくほうしは仮面の奥の瞳ひとつ、唇ひとつ、眉ひとつ動かさず、まっすぐに彼を見つめる。


 衣を剥がれた上半身には無数の傷があり、それはすべて目の前の者によって刻まれ、消えない痕となった。


夜泮やはん、お前は私を蹂躙したいんでしょ?その身体で手で私を従わせて、隣に置いておきたいはず。いつも命令するでしょう?俺を抱きしめろ、と」


 首を掴んでいる指から力が抜け、黒曜こくようの顔で夜泮やはんは歪んだ表情を浮かべる。


 黒方士こくほうしは唇から滴る血を拭うでもなく、首を掴まれている手を解くでもなく、ただ静かに笑みを浮かべて見つめる。


「お前は黒曜こくようを壊すために私を傷付けて、従わせて、喜んでる」


「お前は俺のものだ。当然だろう?それに、お前も実のところ満足しているのだろう?こいつはお前に口付けはするが、抱かない。いつだって俺に黒曜こくようを重ねて抱かれているだろう?けど残念だな。あれをしてる時はこいつの意識は完全に遮断してる。つまり、結局のところ俺に抱かれてるってことだ」


 首から手を離し、細い腰に腕を回す。青年のように落ち着いているが、身体は少年のように華奢で幼い。


 少女のような声音だが、黒方士こくほうしは少年だった。その身体に刻んだ傷をひとつひとつなぞるように指を這わせて、夜泮やはんは満足そうに笑みを浮かべる。


「孕んだ鬼子おにごをどこに隠したんだ?」


 耳元で囁くように夜泮やはんは言った。その言葉に、黒方士こくほうしは眼を細める。ずっと、もう十数年もなにも言わなかったくせに。どうして今になって口にするのか。


「隠してなどいない。あれはとうに死んだ。私が殺した」


「下手な嘘を付いても無駄だ。脈も心臓も音が聞こえなくても解る」


 ゆっくりとじらしながら右手を胸に這わせて、心臓がある場所で止める。嫌な笑みを浮かべて夜泮やはんが顔を近づけてくる。


「まあ、いい。俺はそれに興味はないが、使い道はいくらでもある」


 その口を塞ぐように、黒方士こくほうし夜泮やはんに口付ける。首に腕を回して、絡みつくように唇をんで肌を寄せた。


 それに満足するように、夜泮やはん黒方士こくほうしの身体を抱き上げ立ち上がると、そのまま玉座の後ろにある奥の扉を開け、宗主の部屋へと連れて行く。


(・・・どうか、あの子はここに連れて来ないで)


 祈るように、黒方士こくほくしは希う。この命より、そう、なによりも大切な子なのだ。黒曜こくようのためにも。


 邪神に利用されるなど、そんなことは絶対にあってはならない。


 だから、どうか。


 この声が届いているなら。



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