十六、隠し事



「ふたりとも、お疲れ様」


 宵藍しょうらんを視界に入れた途端、逢魔おうまは小さな子供のように笑顔を浮かべ、すぐに駆け出したかったが、思い出したかのように修練をつけてくれた師父しふに対しての礼をしなければと雑に拱手をして終わらせ、それからやっと駆け寄った。


「おかえりなさい。難しい話は終わった?」


 縁側に座る宵藍しょうらんの左横に座り、甘えるようにその白く細い指を握った。逢魔おうまも色白だが、宵藍しょうらんはそれ以上に儚く見える。


 遅れて黎明れいめいが右側に座る。無言で頭を撫でなられ、宵藍しょうらんはふふっと小さく笑った。


 今、五大一族は一丸となって烏哭うこくの一族を一掃しようとしていた。この数年、各地の怪異の被害は大きく、一番に目を付けられたのが紅鏡こうきょうだった。


 半月前。金虎きんこの一族の持つ、術式を無効にする力は彼らにとって脅威で、故に烏哭うこくは物理的な侵略で一族のほとんどを亡き者にした。


 一族で生き残ったのはふたりの公子と数人の術士たちのみ。民たちの半分以上はなんとか逃げのび、他の一族たちがそれぞれ受け入れていた。


 公子や術士たちはここ、碧水へきすい白群びゃくぐんの敷地内に保護されている。


 今や、紅鏡こうきょう烏哭うこくの者たちが操る妖者や妖獣によって四六時中監視されており、誰も近づけない状態になっていた。


 晦冥かいめいの地に一番近く、本来ならこちらが攻めるための結集の地になるはずだった。


金虎きんこの公子たちの傷も癒えたし、皆交えて話をしたよ」


 他に、雷火らいか姮娥こうがのそれぞれの一族の代表として、宗主たちが集まっていた。


「私も近い内に戦いに加わることになると思う。もちろん最前線でね」

「なにそれ。なんで私たち・・・じゃないの?」


 その言い方に違和感を覚え、逢魔おうまはすかさず問いかける。もちろん自分も傍にいるつもりだし、黎明れいめいだってそれを良しとしないだろう。


「私は神子みこだから、死んでもまた生まれる。始まりからずっと追加されている記憶を保ったまま。でも君たちは違う。一度失ってしまえば二度目はない」


「なんで失う前提なの?そんなのまるで、」


 烏哭うこくには勝てないと神子みこが肯定しているようなものだ。


「これは、私が提案したこと。君たちはそれに従って後方で事が収まるのを待っていて欲しい」


 握っていた手に力が入る。逢魔おうまは訳が解らず眉を顰めた。しかしそれ以上神子みこはこの件について語る気はないらしく、何を聞いてもはぐらかされてしまった。


 黙って聞いているだけの黎明れいめいに、逢魔おうまは苛立ちを覚える。いつもなら、神子みこが無茶なことを言う時は必ず反対するはずなのに、なぜか黙り込んでいるのだ。


師父しふ、あんたはそれでいいのか?華守はなもり神子みこを守るために存在するんだろう?」


逢魔おうま、お願いだから、もうこれ以上なにも聞かないで?」


「・・・そんなの無理だよ。俺にとって神子みこはあなただけだ。せめて理由を教えて欲しい。なにをしようとしているのか」


 宵藍しょうらんは懇願する逢魔おうまの頬をそっと撫でる。すっかり自分より大きくなり、幼さはこれっぽっちも残っていない、整った顔立ち。それでも逢魔おうまは我が子同然で、いつまで経っても子供なのだ。


 撫でた頬の横の左耳にある、銀の細長い飾りがシャラシャラと涼しい音を奏でる。


「約束する。その時が来たら、必ず話すと。だから、どうか、」


 触れている手に自分の手を重ねて、逢魔おうまは仕方なく頷く。本当は今すぐにでも話して欲しかったが、その悲し気な表情に言葉が出なかった。


 黎明れいめいはもしかして知っているのだろうか。だからなにも言わないのだろうか。


 逢魔おうまは甘えるように宵藍しょうらんの腰に抱きつき、顔を腹に押し付ける。昔からこうするとなんだか落ち着いた。まるで母親の腹の中にいるような、そんな安らぎ。憶えてもいないそんな感覚を、錯覚するほどに。


(俺を生んだひとは、俺を捨てたけど、神子みこは俺がなにをしても見捨てないで見守ってくれていた)


 これからもずっと三人でいるのだと思っていたのに。いつか来る終わりのことなど知りたくもない。このままずっと、このぬくもりを感じていたい。


 よしよしと、そんな甘えたがりの大きな子供の頭を撫でて嬉しそうに微笑む宵藍しょうらんを、黎明れいめいは静かに見守っていた。


 こうなることを、ずっと予感していた。数日前、神子みこが語ったことは、黎明れいめいには衝撃的な話であり、同時に絶望を覚えた。


 この国の根底を揺るがすような、そんなお伽噺のように実感のない昔話は、ただただ空想のようで。しかし、虚構ではないと知る。


(だが、俺は・・・その時が来たら、)


 きっと、その手を離さないだろう。誰が何と言おうと、最後まで傍にいる。たとえそれが間違いであっても。誰からも理解されなかったとしても。


 黎明れいめいは、秋の薄い雲が広がる空を見上げて、ひとり、目を細めた。



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