十四、ふたりがくれたもの



 姮娥こうがの一族の邸は竹林の中にあり、いくつかの邸が同じ敷地内に建てられている。正門には門番がいたが、黎明れいめいの姿を見るなり宗主の元へと案内してくれた。


 一番奥にある大きな邸が宗主の住む邸で、黎明れいめいが宗主が座する間に足を踏み入れた途端、薙刀の形をした霊刀を向けてきた。


 そのまま繰り出される剣技を受け流しながら、庭の方へと降り立つと、姉であり女宗主である暁明きょうめいがふっと口元を緩めた。


 黎明れいめいも眉目秀麗な顔立ちだが、暁明きょうめいもまた、それ以上の美人である。


 血筋なのか、切れ長の眼で、表情はあまり変化がない。黙っていても威厳があり、細身で背も高く迫力美人である。


 宗主が纏う特別な装飾が付いた藍色の衣を纏い、薄茶色の綺麗に纏められた髪や耳、首や手首に銀や綺麗な色の石が付いた宝飾をつけている。


「相変わらずの朴念仁ぶりだな、黎明れいめい

「・・・姉上、お久しぶりです」


 雪が積もっている地面に躊躇いもせず跪き、黎明れいめいは腕を前で囲って姿勢正しくゆうする。


「相変わらず激しい挨拶だね、君たち姉弟は」


神子みこ殿、お元気そうで何より。愚弟はご迷惑をおかけしていないか?」


 暁明きょうめいは縁側に立つ神子みこに腕を囲って頭を下げる。そしてその後ろに隠れている金眼の幼子おさなごに、灰色の眼を向けた。


鬼子おにご・・・なぜ神子みこ殿が?」


 庭から邸の中へ戻り、一同が座してから黎明れいめいは簡潔に村での出来事を話す。興味深そうに暁明きょうめいは話を最後まで聞いていた。


神子みこ殿が決めたことに私ごときが口を出すことはないが、黎明れいめい、お前の考えている通り、ここで保護することもできないのが実情だ。だが雪が溶けるまでは好きにするといい。お前の邸は綺麗にしてあるし、従者も付けるから不自由もないだろう」


「姉上、感謝します」


 本邸を後にし、三人はかつて黎明れいめいが使用していた邸へと移る。そこで待っていたのは、もうひとりの姉である聖明せいめいであった。


 こちらの姉は宗主とは真逆で、賑やかしく穏やかなひとだった。活発そうな明るい表情の女性で、誰からも愛されそうな大きな瞳の可愛らしい顔をしていた。


 背は神子みこと同じくらいで一族の中では低く、霊力もそんなに高くない。一族の中で一番頭がよく、戦うよりも頭脳面で宗主を支える存在であった。


黎明れいめい久しぶりね。神子みこ殿、それに小さなお客様、自分の邸だと思ってゆっくりしていって下さいね」


「・・・姉上、ここでなにを?」


「あなたが玉兎ぎょくとに帰って来たと聞いて、逢いたくて文字通り飛んで来たのよ。ああでも邪魔をするのは無粋だから、顔も見たし今日はもう帰るわ。また明日遊びに来るわね」


 しばらくは賑やかしくなりそうだ。


 もうひとりの姉を見送った後、はあと嘆息し、黎明れいめいは先に座していた宵藍しょうらんの横に座る。


 疲れたのか、逢魔おうま宵藍しょうらんの膝を枕にして眠っていた。その手には大事そうに横笛が握られていて、微笑ましい。


「しばらくはお言葉に甘えてゆっくりさせてもらおう。もし逢魔おうまが望むなら、ここで色々学ぶのもいいかもね、」


「・・・・そうだな、」


 肩を抱いて、静かに頷く。外はもう真っ暗で、ちらちらと雪が舞い始めていた。


 外を眺め、寄り添って見つめ合う。ふたり重ねた手を逢魔おうまの手に添えて、同じ感情を分け合った。



****



 夢の中で、ふたりに姿を暴かれた時の景色が鮮明に蘇る。


 あの時、宵藍しょうらんがくれた言葉。


 綺麗だと、言ってくれたその言葉が、純粋に嬉しかった。


 自分が自分の意志で選んだ名前。それは黎明れいめいがくれた名だった。


 その瞬間から、逢魔おうまのセカイは眩しいくらいの光に満ちていた。ずっと灰色のセカイの中で生きてきたから。


 それは本当に小さな、けれども強烈な太陽の光のようで。

 それは、眼が開けられないくらいの輝きに満ちたセカイ。



 燦々とした時間の始まりだった―――――。



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