三、視線と気配
下の階に降りて宿の調理場に向かおうとした頃、何かの気配を感じて、
丁度、店主が調理場から顔を出したので、
「俺たち以外に客はいるか?」
「いいえ。ここも少し前まではある程度の客が来ていたんだが、怪異が起こるようになってからは客足が遠のいてしまってね・・・・困ったもんですよ。ああでも食事はちゃんとしたものを出しますから、安心してください」
温泉も傷を癒すと有名なんですよ、と店主は付け加える。話を聞くと、この宿は温泉宿で、春夏秋冬その温泉と料理を目当てに客が来ていたそうだ。今はしんとしていて見る影もないが・・・。
それからこの村で起こっている怪異について、詳しく話を聞いた。聞き終えた頃、ちょうど料理が出来上がったようで、料理を作っていた男が膳を並べて置いた。店主は先に煎じていた、薬が包まれた紙と白湯を、片方の膳の上に置く。
「薬は疲れが取れるような漢方を煎じておいたので、食事の前にでも呑ませてあげてください」
「感謝する。食事は俺が運ぶので、気を遣わなくていい」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます。お膳はここに置いておいてもらえれば結構ですので」
わかった、と
お膳を置き、
色のない白い頬に触れて、それからまだ腫れのひかない、自分が色づけた唇に触れた。だいぶ時間が経っているのに、つい先ほどまで口づけをしていたかのように、その部分は薄い色を浮かべていた。
ゆっくりと開かれた虚ろな瞳が、自分に触れている指先に気付いて細められる。
「・・・足りなかった?」
そいう冗談は返しづらい。照れ隠しなのか、時々こういう風に煽ってくる。
「起きられそうなら、店主が薬を煎じてくれたから吞むといい」
「うん、そうする」
頷いたのを確認して、背中に手を添えて身体を起こすのを手伝う。膳の上から薬を取り、白湯も一緒に持っていく。手渡して吞むように促すと、大人しく口に入れ、白湯で流し込んだ。
「すごく効きそう・・・」
苦そうに眉を寄せて、呟く。
「食事も食べた方がいい。数日、まともな物を口にしていなかったから、」
ある程度は食べずともなんとかなるが、これから夜通しになるかもしれない調査のことを考えると、食べておいた方がいいに決まっている。
食べながら先ほど店主に聞いた怪異の話を共有する。食事を終わらせ、膳を下げに
部屋に再び戻ると、
「じゃあ、行こうか」
任務の顔になって、
「くれぐれも無理はしないで、」
幸運なことに、雪は止んでいた。肌寒さは変わらないが、視界がはっきりしているのはありがたい。
ふたりは並んで月明かりも朧げな村の中を歩いて行く。
しん、としている静寂の中、
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