四、怪異の謎



 まだ寝る時間には早いが、村の灯りはほとんど消えていて、月明かりだけがぼんやりと辺りを照らすのみ。


 怪異が起き始めたのは四日前からだという。一日一人、まるで生贄かなにかのように殺されているという。


 しかも身体の一部を引き千切られて殺されていることから、到底人間の仕業ではないと解る。


 妖者の中でも人を喰らう殭屍きょうし妖鬼ようきなどは、喰い散らかすことがある。解せないのは、一部だけ持っていかれているところ。


 今まで見てきた死体は、身体にたくさんの噛み痕があったり、欠損している部分があり、人の形を保っているものは稀だった。


 だが今回この村で殺されている死体は、その一部の欠損だけで、他はほとんど目立った傷はないのだという。


 ただ、死体の顔はどれも驚愕した表情のまま固まっており、よっぽど死ぬ間際に怖い思いをしたのだろうと店主は言っていた。


「なぜ一部を持っていく必要があるのか・・・・しかもそれぞれ違う部分を」


 最初は右腕、次は左腕、その次に右脚、最後に左脚。この怪異はどうも奇妙なところがある。しかも人の身体を引き千切るほどの腕力だ。


「まるで呪詛の前の下準備みたいだね。死体を実際に見てみない事には確かではないけれど、」


 辺鄙な地にある村だからこそ、烏哭うこくの連中に目を付けられてもおかしくはない。奴らは妖者ようじゃ妖鬼ようきを操り、人を襲わせる。


 自我のない野良の妖者ようじゃたちとは違い、命令に忠実な妖者ようじゃならば、一部だけ奪うことも可能だろう。


「呪詛や禁呪にはあまり詳しくないけど、この村にはなにかあるのかも」


 村の端から端までの暗い道はほぼ一本道で、一軒一軒立ち並ぶ民家の間隔も広い。


 宵藍しょうらん黎明れいめいはひと通り村の中を見て回ったが、特に変わったところはなく、宿の前に戻って来た。


 宵藍しょうらんが軽く衣の袖を引く。こく、と黎明れいめいは言葉を返すように頷く。たぶん、同じことに気付いたのだろう。


 合図もなく同時に振り向くと、それ・・は驚いた顔で一瞬立ち尽くし、慌てて姿を隠そうとしたが、遅かった。背を向けた矢先、黎明れいめいに衣の襟首を掴まれて、片手で持ち上げられた。


「子供が、こんな時間になにしてる」


 黎明れいめいの表情が怖かったのか、低い声音に驚いたのか、掴まれ地面に足が付いていないことに不安を覚えたのか、全身から力が抜けたように動かなくなった。


 村中を歩き回っていた時から、ずっと後ろをつけて来ていた者の正体。それは、まだ幼い子供だった。


「そんな怖い顔で迫ったら、何も答えられないよ?ねぇ?」


 屈んで、幼子おさなごの顔を覗き込み、首を傾げる。


「君の、その眼・・・・」


 はっと幼子おさなごは思い出したかのように、じたばたと短い手足を動かし抵抗する。宿の屋根に下がっている小さな灯が、唯一の灯りだった。


 歳は四、五歳くらいだろうか。手足が細く、髪もぼさぼさで、着ている衣も薄汚れていた。よく見れば履物も履いておらず、足も傷付いている。


「綺麗だね、お月様みたい」


 こちらに顔を近づけて、汚れている顔に躊躇いなく触れてきた宵藍しょうらんに、幼子おさなごはじたばたしていた手足を止める。


 長い前髪で隠されていた敵意のあるその眼は、金色をしていた。まるで月のような、瞳。


 先ほどまで狼みたいに目の前の敵を睨んでいた幼子おさなごは、突然涙を浮かべた。


「だめだよ、黎明れいめい、小さい子を泣かせるなんて」


「いや、俺はなにもしていないが・・・・」


 どちらかと言えば、宵藍しょうらんのせいだろう。


「とりあえず下ろしてあげて?」


 ふふっと小さく笑って、宵藍しょうらんは見上げてくる。やれやれと肩を竦めて、黎明れいめいは仕方なく短い足が地面に着いたのを確認してから、衣の襟首を放してやる。


 幼子おさなごはさっと素早く宵藍しょうらんの後ろに隠れて、自分を捕まえた黎明れいめいを見上げて睨み、べーっと赤い舌を出す。


(・・・・こいつ、)


 表情には全く出ていないが、内心は憎たらしいその態度に苛立ちを覚えた。


「君は、この村の子?」


 後ろに隠れたままの少年の頭はちょうど宵藍しょうらんの腰の辺りで、遠慮がちに両手で衣を掴んでいた。ごわごわした黒髪を撫でてあげると、少年は犬か猫のように、気持ちよさそうに少し上を向き眼を細めている。


「こんな時間に外に出てはダメだよ?お家はどこ?」


 ふるふると幼子おさなごは首を振る。身なりから予想はしていたが、やはりこの幼子おさなごは身寄りがないようだ。この村の誰かの子なのか、それともどこかから流れてきたか。


 外で騒いでいたからか、宿屋の店主がどうされましたか?と顔を覗かせる。しかし宵藍しょうらんの後ろに隠れている幼子おさなごを視界に入れた途端、あからさまに驚いた顔で、ふたりの返答を待たずに外に出てきた。


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