二、ふたりの距離
竹林に囲まれた
丁度大きな怪異を鎮めた後だったが、そこから近いこともあり、ついでに寄って行くことにしたのだった。今はどこの術士も各地で起こる怪異で忙しいのだ。
冬。雪がちらつく中、村の入り口と思われる粗末な造りの扉のない門をくぐり中に入れば、十数軒の家がぽつぽつと間隔をあけて立ち並んでいた。唯一の宿もだいぶ年季が入っており、とりあえず休息のために身を寄せることにした。
笠を脱ぎ、積もった雪を外で掃い、ふたりは並んで中へと入る。
「店主、部屋をひとつ用意できるか?」
「これは、
「そのつもりだ。話も後ほど詳しく聞きたいが、その前に連れを休ませたい」
「お連れ様の顔色が優れないようですね?私が調合したものでよければ、薬もお持ちしますが・・・、」
助かる、と
「ごめん、手を貸してくれる?」
「かまわない」
手を貸してと言われたが、
「・・・・無理をしすぎだ」
「ごめんね、」
この数年で、ふたりの距離はずっと親密になった。お互いの知らいところがないとも言っていいほどに。同時に、
「あとで食事もお運びします。ゆっくり身体を休めてください」
腰を曲げてお辞儀をし、店主は扉を閉めた。
部屋はしっかりと掃除が行き届いていて、置かれている物も年季が入ってはいるが、逆に風情があった。少ない荷物を部屋の隅に置き、それから火鉢の炭に火を入れて、部屋を暖める準備をする。
「この村の怪異は、自然なものか、それとも
「怪異に遭った者は、皆どこかの部位が引きちぎられていたと聞いた。
寝台の端に置いてあった少し厚めの大きな布を、
「・・・・この怪異を鎮めたら、
そっと頬に触れて、
布を頭から覆わせたのは、上から下まで凍えていたからだった。この辺りはこの季節になると雪が降り積もる。今はまだ降り始めだから道が少し白くなる程度で済んでいるが、これからひと月もせず一面雪景色になるだろう。
元々この地の出なので、寒さには慣れている。だがこの季節にここを訪れたのは、
厚手の布だけでは足りないのか、暖を取るために
高く見上げたせいで頭にかかっていた布がはらりと肩に落ちた。そのままじっと見つめてくる大きな翡翠の瞳に耐えられず、肩に落ちた布を引き寄せ無言で頭に被せた。
「・・・すぐに店主がくる」
ぽんぽんと布越しに頭を撫でて、警告する。表情はいつものようにほとんど変わっていないが、内心はかなり動揺していた。それを隠すように、口元を覆う。
「あの店主はそんなに早くは来ない。気の利くひとだと思うよ」
言いながら、
「・・・・・・だめ?」
腹の辺りに顔を埋めて、甘えたような声で言ってくる。しかし、体調が悪いことを知っているため、ここで折れるわけにはいかなかった。
「駄目だ。ほら、横になって身体を休めて?」
腰に抱きついている腕を解き、そのまま押し倒すように寝台に仰向けにした。肩からはらりと薄茶色の長い髪が零れ、寝床に沈められた
両の手首は掴まれたまま顔の横に置かれ、起き上がることはできない。
見下ろされ組み敷かれたまま、視線も外さない。言葉とは裏腹に、
それが合図とでもいうかのように、
優しい口づけだったはずのそれは、次第に深く荒くなっていく。
「・・・・ふっ・・・んんっ・・・」
貪られる度に色の薄かった唇が赤く染まっていく。息継ぎができず、声が漏れる。しばらくそれが続き満足したのか、それとも自分がしたことに今更気付いたのか、
「・・・・ゆっくり、眠れそう」
濡れたままの唇で小さく笑って、潤んだ瞳を細める。それがやけに妖艶に見えて、思わず組み敷いていた身体から離れた。誤魔化すように
(・・・自制しろ、馬鹿っ)
人の気も知らずにすやすやと寝息を立て始める
最初は
望みを叶えてあげたい。笑顔を見たい。あの顔を、もっと見たい。
ずっとこのひとの傍にいたい。
上手く言葉を紡げない自分を責めることもなく、いつも
(薬と食事を貰いに行こう。起きたら食べさせて、それから怪異を調べて・・・・)
邪な考えを断ち切るように、自分のやるべきことを淡々と頭の中で何度も繰り返して並べていく。そして無言で部屋を出た。
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