第10話 くらげ

「フランメル王が処刑された」

 ゾルマのしもべ、行商人エーミールが告げた。

 エーミールの役目は食糧などの物資調達、だけではない。いまこの国がどうなっているのか、常灰の森から出ることのないゾルマのために情報収集してくるのも、「しもべ」たるエーミールに課せられた使命である。

 ジークが淹れたハーブティーと、エーミールが仕入れてきたお菓子でテーブルを囲む。エーミールの話は、レーダが盗み聞きしてしまった内容通りのことが起こったことを証明していた。

「いまこの国は宰相が牛耳っている。宰相に従うのをよしとしない国王派の諸侯たちが懸命に抵抗しちゃいるが、勝ち目はないだろうな。何せ宰相は民衆を味方につけているから」

「そりゃあそうさ。国王派のやつらなんて、代々国王にべったりで甘い汁を吸ってきただけのやつらだ。くらげみたいに骨なしさね」

 ゾルマがハーブティーをくいっと飲み干した。

 くらげって何? ――普段のアレックスなら、無邪気に疑問を差し挟んだだろう。しかし、この日ばかりは何も言えなかった。

「……国王に近しい人たちは、どうなりましたの?」

 レーダがいくらか青ざめた表情で尋ねた。アレックスもまた、同じ事を気にかけていた。

「いまのところ処刑されたのはフランメル王と、ふたりの王子だけだ。抵抗して投獄された者もいるようだが、宰相は概ね寛大に対処している」

「侍従長は? 侍従長ハインリヒ・フォン・シプナーはどうなったの?」

「ちょっと、アレックス」

 レーダがたしなめたが、もう遅かった。エーミールは疑わしげに眉をひそめている。

「なんで侍従長のことが気になる? ……もしかして君ら、行方不明になってるっていう侍従長の子どもか?」

「アレックスのばか」レーダが小さな声でなじった。

「ごめん。でも、お父様とお母様のことがどうしても気になって……」

 仕方なく、レーダがここに来た経緯を全員に聞かせることになった。こないだ夜中に、アレックスがジークに話したのと同じ内容だ。

「こいつはえらいことだぞ」

 エーミールが無精髭の伸びた顎をさすった。

「いま、王都じゃ君らの人相書きが出回ってる。君らを生け捕りにして城に連れて行けば、宰相閣下が大金をくださるそうだ」

「僕たちを捕まえる気!?」

 アレックスは震え上がったが、エーミールは笑って手を振った。

「いやいや、俺は確かに金が大好きだが、子どもを売って金をもらうような下種げすじゃねえよ。それに、俺たちゾルマのしもべ仲間だろ? 仲間を裏切るやつは、もっと下種だ。……宰相みたいにな」

 宰相ヴァルター・フォン・グローバーは、フランメル王の臣下で、しかも親友だった。それなのに、彼は親友を殺してしまったのだ。

「侍従長は夫妻ともども城に幽閉されているようだが、いまのところ危害は加えられていない。宰相の友人だから、比較的厚遇されているようだ」

 それを聞いて、姉弟はひとまず胸をなで下ろした。

 しかし、レーダにはなおも疑問がある。

「なぜ宰相閣下は、そうまでしてわたくしたち姉弟を見つけ出したいのかしら? お父様ならともかく、わたくしたちは無力な子どもにすぎないのに」

「そこまでは分からん。とにかく、君らは絶対にこの森から出るな。宰相の息がかかった兵隊が、あちこち探し回ってるみたいだからな」

 姉弟は素直に頷いた。

「心配いらない。ここは安全だ。人間も動物も、この常灰の森を恐れて誰も近寄らないからね」

 ジークが全員にハープティーのお代わりを淹れてくれる。温かみとハーブの優しい香りが、いくらか強張った心にやすらぎを与えてくれた。

 ゾルマは二杯目もすぐに飲みきって、強い口調で言い切った。

「フン。せっかく見つけたしもべなんだ、こいつらは私のものだよ」

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